「学校の人骨標本」がなぜ問題になるのか?

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鹿のはく製

最近、「全国各地の学校で本物の『人骨標本』が相次いで見つかっている。警察が鑑定中のものも含め、少なくとも鹿児島県や大分県など4県の計10校で確認された。いずれも、入手経緯はわかっておらず、学校現場では対応に苦慮している」というニュースがありました。

私には、なぜ今そのようなことが問題になるのか、またニュースにするのか不思議で仕方がありません。この記事を書いた記者は、「殺人事件との関連性」を考えたのでしょうか?

私の通っていた高校は、明治28年(1895年)に旧制中学として創立され、2019年は創立124年になります。

「博物学教室」の廊下には、多くの動物のはく製や骨の標本が飾られていました。「生物」の授業の時、先生が「ホルマリン漬けの人間の脳みそ」を保管庫から出してきて、皆に見せてくれました。そして、「この脳みそも、生きていた時は考えたり泣いたり笑ったりしていたのでしょうね」と話されました。

私は、「これが本物の人間の脳みそなのか?!」と少し驚きましたが、先生の説明が妙に印象に残っています。

東京大学医学部には、現在も夏目漱石の脳みそがエタノール漬けにして保存されています。これは、漱石が「自分の遺体を解剖してほしい」と遺言していたからです。「死んだあとに、すぐデスマスクを取られたり、解剖されたりと大変だな」と私などは思ってしまいます。

しかし弟子の岡栄一郎氏のエッセイ『夏目先生の追憶』には、次のような記述があります。

己(=私)が天命尽くる期がきたら、己は喜んで死を迎える。死は己に取って慰楽の境地である(略)己の柩の前に集って『万歳』を叫んで貰いたい

漱石はエッセイの中でも、「死んだら意識が途切れるだけだから、霊魂なんてものはない」と述べています。

余談ですが、アインシュタインの脳の標本は、世界各地に保存されていて、日本では新潟大学に切片が二枚あるそうです。

国立科学博物館人類研究部の坂上和弘研究主幹は、次のように指摘しています。

人骨は法律上の扱いが明言されておらず、遺体だと見なされれば死体解剖保存法に基づいて事件性の有無を調べることになる。一方、文化財と見なされ保管対象になる場合もあり、教育機関が教育上の財産だとして所有を希望すれば文化財保護法に基づいて持ち続けることも可能だと思う。歴史のある学校では人体標本が本物であることも多く、いつのまにか来歴が分からなくなった標本が全国に多く存在しているのではないか。

これが、真っ当な意見だと私は思います。今、全国の高校などの教育現場が来歴を調べるような無駄な作業をしたり、右往左往したりする必要は、全くないのではないでしょうか?