漢字発祥の国だけあって、中国の「四字熟語」は、人生訓にもなるような含蓄に富んでおり、数千年の悠久の歴史を背景とした故事に由来するものも多く、人類の叡智の結晶とも言えます。
そこで今回は、「暮らしぶり」を表す四字熟語のうち、「風流な暮らし」を表す四字熟語をご紹介したいと思います。
1.風流な暮らし
(1)一竿風月(いっかんふうげつ/いっかんのふうげつ)
釣り竿を手に、風流を楽しむ意から、俗事を離れ自然に親しみ悠々自適の生活を送ることのたとえ。
「一竿」は、一本の釣り竿。「風月」は、自然の風物を味わうこと。
(2)一丘一壑(いっきゅういちがく)
俗世から離れ、自然の中に身をおき、風流をたのしむこと。
「一」は”あるときは”という意味。「丘」はおかのこと。「壑」は谷のこと。
(3)一觴一詠(いっしょういちえい)/一詠一觴(いちえいいっしょう)
酒を飲みながら詩を歌って、風流に楽しむこと。ひとさかずきの酒を飲み、一つの詩を歌う意から。
「觴」はさかずき。「詠」は詩を作ること、詩を歌うこと。
(4)花鳥風月(かちょうふうげつ)
自然の美しい景色。また、自然の風物を題材とした詩歌や絵画などをたしなむ風流にもいう。
(5)閑人適意(かんじんてきい)
世間から離れて、のんびりと風流な生活をすること。または、そのような人のこと。
「閑人」は特にすることのない、暇な人。または、風流な人。
「適意」は思うままに振舞うこと。
(6)吸風飲露(きゅうふういんろ)
仙人などの清浄な暮らしのこと。
人間の食べている五穀を食べずに、風を吸い露を飲んで生活する意から。
「風(かぜ)を吸(す)い露(つゆ)を飲(の)む」と訓読します。
(7)曲水流觴(きょくすいりゅうしょう)/流觴曲水(りゅうしょうきょくすい)
屈曲した小川の流れに杯を浮かべ、それが自分の前を流れ過ぎてしまわないうちに詩歌を作り、杯の酒を飲むという風雅な遊び。
もと陰暦三月三日(また、「上巳(じょうし)の日」)に行われた風習。
「曲水」は曲折した小川の流れ。「觴」は杯の意。
中国晋(しん)代、王羲之(おうぎし)が、会稽(かいけい)の蘭亭(らんてい)で文人を集めて催したものが有名。
(8)琴歌酒賦(きんかしゅふ)
世間離れした優雅な遊びのたとえ。また、名誉や私欲と縁のない隠者の生活のたとえ。
「琴歌」は、琴を弾いて歌を歌うこと。「賦」は、詩を作ること、詩を歌うこと。琴を弾いて歌を歌い酒を飲んで詩を作る意から。
(9)琴棋詩酒(きんきししゅ)
文化人の風流な楽しみや遊び。昔の中国で知識人の風流なたしなみとされていた。
「琴棋」は琴を弾いて、囲碁を打つこと。「詩酒」は詩を作って、酒を飲むこと。
(10)琴心剣胆(きんしんけんたん)
風情を楽しむ心があり、勇ましい力があること。
琴を奏で楽しむ心があるが、剣をとって戦う力強さもあるということから。
(11)行雲流水(こううんりゅうすい)/流水行雲(りゅうすいこううん)
空行く雲や流れる水のように、深く物事に執着しないで自然の成り行きに任せて行動するたとえ。また、一定の形をもたず、自然に移り変わってよどみがないことのたとえ。
「行雲」は空行く雲。「流水」は流れる水。諸国を修行してまわる禅僧のたとえにも用いられることがある。
(12)傲世逸俗(ごうせいいつぞく)
世間を軽く見て、世間から逃げること。
「傲世」はおごり高ぶり、世間を甘く見ること。「逸俗」は世間から逃げること。
現実から逃避することをいう。
(13)孤雲野鶴(こうんやかく)
世俗から遠ざかった隠者のたとえ。
「孤雲」は、ちぎれ雲。「野鶴」は、群れから離れて野にたわむれる鶴。どちらも隠者のたとえ。
(14)採薪汲水(さいしんきゅうすい)
自然に囲まれた環境で質素に暮らすこと。山で薪(たきぎ)を集め、谷川の水を汲んで生活すること。
(15)山棲谷飲(さんせいこくいん)
世間から離れて隠居すること。
山の中で暮らして、谷川の水を飲むということから。
(16)山中暦日(さんちゅうれきじつ)
俗世間を離れて、山の奥深くで悠々と生活すること。「山中(さんちゅう)暦日(れきじつ)無(な)し」という句の略で、人里離れた山の中で暮らしていると、月日の過ぎるのも忘れてしまうという意。
「暦日」はこよみ。
(17)嘯風弄月(しょうふうろうげつ)
風に吹かれて詩歌を口ずさみ、月を眺めること。自然の風景に親しみ、詩歌・風流を愛して楽しむことをいう。
「嘯」はうそぶく。口をすぼめて声を長く引いて歌うこと。「弄月」は月を眺め賞すること。
(18)乗桴浮海(じょうふふかい)
世の中を嘆いて逃げ出すこと。
「乗桴」はいかだを操縦すること。「浮海」は船などで陸から離れて海へ出ること。
世の中が乱れているときには逃げるということで、いかだに乗って海へ逃げるという意味から。
「桴(いかだ)に乗りて海に浮かぶ」と訓読します。
(19)逍遥自在(しょうようじざい)
自由を満喫して、優雅に楽しむこと。また、世俗から逃れて、自由気ままに暮らすこと。
「逍遥」は、そぞろ歩きをすること、ぶらぶらと散歩すること。「自在」は、束縛されないこと。
(20)晴耕雨読(せいこううどく)
田園で世間のわずらわしさを離れて、心穏やかに暮らすこと。晴れた日には田畑を耕し、雨の日には家に引きこもって読書する意から。
(21)枕石漱流/枕石嗽流(ちんせきそうりゅう)
世間から離れて、山奥で自由に暮らすことのたとえ。隠者の生活をいう。
「石(いし)に枕(まくら)し流れに漱(くちすす)ぐ」と訓読します。
(22)杜門却掃(ともんきゃくそう)
門を開けることなく、世間との関係を絶つこと。
「杜門」は門を閉じること。「却掃」は客をしりぞけること。
道を掃除して客を迎えることをしないという意味から。
(23)呑花臥酒(どんかがしゅ)
春の日に、花をめで、酒を飲み、行楽の極みを尽くすこと。
「呑花」は、花を盛んにめでること。「臥酒」は、酒に酔い、心地よく横たわること。
(24)梅妻鶴子(ばいさいかくし)
梅と鶴を家族にする意で、妻をめとらず、俗世を離れ、気ままに風流に暮らすたとえ。
「梅妻」は、妻をめとらずに梅を植えること。「鶴子」は、子をもたずに鶴を飼うこと。
中国宋(そう)の時代、林逋(りんぽ)が、隠遁(いんとん)して西湖(せいこ)のほとりに住んでいたが、妻をめとらず梅を植え、子のかわりに鶴を飼い、船を湖に浮かべて清らかに風雅に暮らしたという故事から。
(25)風流韻事(ふうりゅういんじ)
自然に親しみ、詩歌を作って遊ぶこと。また、詩歌を作ったり、書画を書いたりする風雅な遊びの意。
「風流」は優雅な趣のあること。「韻事」は詩歌や書画などの風流な遊び。
(26)風流三昧(ふうりゅうざんまい)
自然に親しみ、詩歌を作るなどして優雅な遊びにふけること。
「風流」は優雅な趣のあること。「三昧」はそのことにふけって他をかえりみないこと。
(27)浮瓜沈李(ふかちんり)
上品で趣きや味わいのある夏の遊び。瓜を水に浮かべて、李を水に沈めること。
「瓜(うり)を浮かべて李(すもも)を沈む」と訓読します。
(28)浮家泛宅(ふかはんたく)
船を住居にして水上で生活すること。または、漂泊して生活するという意味から、一定の住居に留まらない隠者の生活のこと。
「泛宅」は水の上に浮いている家ということから、船のこと。
(29)浴沂之楽(よくきのたのしみ)
世間から離れてのんびりと暮らす楽しみのたとえ。
「浴沂」は沂水という名前の川で水浴びすること。
孔子が弟子たちにそれぞれの志を述べさせたところ、多くの弟子たちが功績を挙げるといった志を述べる中、曽晢は、春から夏にかけての季節に少年たちとともに沂水で水浴びして、雨乞いをするための祭壇で涼んで、歌を歌いながら帰りたいと述べ、孔子は喜んで同意したという故事から。
(30)林間紅葉(りんかんこうよう)
秋の風流な楽しみ方をいう言葉。
林の中で紅葉を集め、その紅葉の焚き火で酒を温めて飲むということから。
「林間に酒を煖(あたた)めて紅葉を焼く」という詩の一句を略した言葉。