「セミ(蝉)」にまつわる思い出話

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クマゼミ

「いずことしなく しいいとせみの啼きけり はや蝉頃となりしか・・・」 これは室生犀星の「蝉頃」という詩で、中学の国語の教科書に載っていました。鳴き声からして、「ニイニイゼミ」(漢字では蟪蛄【けいこ】)と書きます)だと思われます。鎮守の森を静かに吹き渡る風のような「蝉時雨(せみしぐれ)」という言葉がぴったりする蝉ですね。

1.「セミの声」論争(ニイニイゼミとアブラゼミ)

「閑(しず)かさや 岩にしみ入る 蝉の声」 これは松尾芭蕉の奥の細道に出てくる有名な俳句ですね。山形市の立石寺(りゅうしゃくじ)で詠んだものです。

この蝉は「何」蝉かを巡って、歌人で精神科医の斎藤茂吉(精神科医で随筆家の斎藤茂太さんと、精神科医で随筆家・作家の北杜夫さんの父上)と、小宮豊隆(夏目漱石の門下生で、小説「三四郎」のモデルとしても知られるドイツ文学者)との間で論争が起こりました。斎藤茂吉は「アブラゼミ(油蝉)」と主張し、小宮豊隆は「ニイニイゼミ」と主張したのです。

しかし、「岩にしみ入る」という表現からも、「ギィー、ジィー」と暑苦しく鳴くアブラゼミではなく、「シィーー」と静かなBGMのように鳴くニイニイゼミの蝉時雨であることは、明らかです。

結局、斎藤茂吉が誤りを認め、「ニイニイゼミ」という結論になったようです。

2.クマゼミ

最近の大阪では、「クマゼミ(熊蝉)」がうるさいほど「シャーシャー」と鳴き交わすようになりました。一本の欅の木に何十匹ものクマゼミが群がっているのを見ると、却って気味悪く感じるほどです。

しかし、私が子供の頃は、あの透き通った美しい羽を持つ大型のクマゼミは、午前中だけしか現れない上、数が少なく、すばしっこくてなかなか捕まえられないこともあり、憧れの的でした。私の母は「帷子蝉(かたびらぜみ)」と呼んでいました。アブラゼミやニイニイゼミには見向きもせず、ひたすらクマゼミを追いかけたものです。

3.ヒグラシ

昔、テレビドラマで、晩夏の宵の「効果音」として、「カナカナカナ」という「ヒグラシ(蜩)」の鳴き声がよく使われていましたね 。私は、子供の頃、それがヒグラシの声だとは知りませんでした。大人になって、摂津峡に自転車で出かけるようになり、夕方に林の中から「カナカナカナ」というヒグラシの寂しいような物悲しいような「輪唱」が聞こえてきて、「ああ、これがヒグラシか!」と気付きました。

4.ツクツクボウシ

私が子供の頃住んでいた明治時代に建てられた古い家の前栽にあった高野槙(こうやまき)の大木に、毎年夏休みが終わりに近付く頃、決まって「ツクツクボウシ(つくつく法師)」(寒蝉【かんぜみ、かんせん】とも言う)がやって来て、「オーシィーツクツク、オーシィーツクツク」と鳴きました。そして飛び立つ前の最後の方では「クィーヨー、クィーヨー」と鳴いて去って行きました。「惜しいつくづく、惜しいつくづく、悔いよー、悔いよー」のように聞こえたのは、夏休みが終わりに近くなり、残った宿題も気になる私の心境からでしょうか?



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