「コオロギ」と「キリギリス」の名前の逆転

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蟋蟀

1.コオロギを詠んだ和歌と俳句

鳴く虫たち

「きりぎりす鳴くや霜夜(しもよ)のさむしろに衣(ころも)かたしきひとりかも寝む」(後京極摂政前太政大臣)

「きりぎりす夜寒(よさむ)に秋のなるままに弱るか声の遠ざかり行く(西行法師)

「むざんやな甲(かぶと)の下のきりぎりす」(松尾芭蕉)

「蟋蟀(こおろぎ)が深き地中を覗き込む」(山口誓子)

最初の和歌は、百人一首に載せられた有名なものですね。コオロギの鳴く秋の寒い夜に一人寝する寂しい男の歌です。

次の和歌は、新古今和歌集にある歌ですが、今でも晩秋にかけてはこの歌を実感しますね。

三番目の芭蕉の俳句は、「奥の細道」の旅で、1689年(元禄2年)に北陸路を金沢から小松へ入った時、多太神社に詣でた芭蕉が、斎藤別当実盛(さいとうべっとうさねもり)着用の兜や袖を拝観した時に詠んだ句です。

斎藤実盛(1111年~1183年)は、もとは源氏に仕え、後に平氏に仕えた武士で、木曽義仲が孤児になった時に保護した人物で、浅からぬ因縁がありました。しかし70歳で木曽義仲軍と戦った時は平維盛軍に属していました。「この兜を見るにつけても、実盛が白髪を染め、この兜をかぶって戦い、討たれたことはいたわしいことだ。今は兜の下で哀れを誘うようにコオロギが鳴いている」という意味です。

最後の山口誓子の俳句は、現在のコオロギを詠んだものです。よく石の下で鳴いているので、石をどけると、何か餌を探しているのか、確かに地中を覗き込んでいるように見えたものです。

前置きが長くなりましたが、この逆転はいつ頃のことでしょうか?少なくとも松尾芭蕉の活躍した元禄時代(1688年~1704年)は、古名のままです。ということは、江戸時代末期から明治時代にかけてかも知れませんが、残念ながらはっきりしたことは分かりません。また、なぜコオロギとキリギリスを入れ替えたのかも不明です。

2.昔「こほろぎ(蟋蟀)」と呼ばれていたのは、キリギリスに限らなかった?

一般的には、「キリギリス」は「コオロギ」の古称で、「コオロギ」は「キリギリス」の古称とされています。

しかし、「こほろぎ蟋蟀)」という呼び名は、キリギリスに限定したものではなく、コオロギ・キリギリス・鈴虫・松虫など秋に鳴く虫の総称であったという説もあるそうです。興梠という苗字の有名なサッカー選手がいますね。この苗字は、「軒(梠)の上がった(興)立派な家」という意味で、日本神話の「神呂木(かむろぎ)」に由来するそうですが、昆虫のコオロギとは無関係のようです。さらに、古くは「マツムシ」のことを「スズムシ」と呼び、「スズムシ」のことを「マツムシ」と呼んだという話を聞いたこともあります。何だかややこしくなって来ましたね。

3.フランス人にはセミの声はただの雑音としか聞こえない

しかし、フランス人は蝉の鳴き声を聞いても、「ただの雑音」としか感じないようですし、蝉に興味のない人は、日本人でもクマゼミ・アブラゼミ・ニイニイゼミ・ミンミンゼミ・ヒグラシ・ツクツクボウシの鳴き声の区別がわかりません。樹木に興味のない人は、ケヤキもエノキもニレもハゼも何でも単に「木」としか認識できないのと同じです。

昔の人も、秋に鳴く虫を種類ごとに聞き分けられる人はほとんどおらず、大雑把だったのではないでしょうか?今でも「スズムシ」は「リーン、リーン」、「マツムシ」は「ティッティッ、リリッ」と聞き分けられる人はあまりいないでしょう。「チンチロリン」と聞こえるものと思いこんでマツムシを探しても、決して見つかりません。

「ガチャガチャガチャガチャ」と聞こえるものと思い込んで「クツワムシ」を探しても見つからないのも同じです。クツワムシの声の表現はなかなか難しいのですが、プロペラ飛行機のエンジン音のような濁音で「ヴルルルルルルル・・・」という感じでしょうか?童謡「虫のこえ」の歌詞は、調子を整えるために作った擬音語だと思います。これは何だか、ネイティブの英語の発音が日本でのカタカナ表記とかなり違っているのと似たような話ですね。

4.私の推理

そういうわけで結論としてはよくわかりません。しかし私の推理は次のとおりです。

明治時代に入って、西洋から近代科学を急速に取り入れるため、様々な学問分野で「お雇い外国人」を招聘したり、留学生をドイツやイギリスに派遣したりしました。植物学の分野での牧野富太郎や、博物学・生物学の南方熊楠のような人が、動物学や昆虫学の分野でもおられたのかも知れませんが、私はよく知りません。しかし、昆虫学を学んだ留学生か大学教授が日本固有種の昆虫の詳細な分類を行う中で今の「キリギリス」は「チョン、ギィース」という鳴き声から「キリギリス」と呼び名を変え今の「コオロギ」は「エンマコオロギ(閻魔蟋蟀)」の「コロコロコロ」という鳴き声から、「コオロギ」と呼び名を変えた、つまり実際の鳴き声に名前を合わせるようになったのではないかと思います。しかし、「ツヅレサセコオロギ(綴刺蟋蟀)」は「リィリィリィ・・・・・」と鳴きますので、少し疑問は残ります。

今の「スズムシ」は「リーン、リーン」と鳴いて「鈴」という名前がぴったりなので「スズムシ」と変え今の「マツムシ」は「ティッティッ、リリッ」とやや不鮮明なので、反対に「マツムシ」に改名したのではないかと思います。

なお、名前の逆転というのは、それほど珍しくないという話を聞いたこともあります。その人の話によれば、Aという名前のものをBと呼ぶようになった場合、名前を無くしたBに代替としてAという名前を付けるというのです。この説によれば、「コオロギ」や「マツムシ」に改名した疑問も解消しますね。

秋の夜長に、虫の「音色(ねいろ)」のことを考えていると「迷路(めいろ)」に迷い込んだようです。地下鉄漫才の春日三球さんのように、考え出すと寝られなくなりそうです。

蛇足ですが、私が子供の頃は、秋の夜の庭や草むらに行くと、沢山の秋の虫が集(すだ)く声を聴くことが出来ましたが、どの声が何という虫の声か聞き分けることは、正直出来ませんでした。よく知っている人に聞くか、よほどのマニアでなければ、難しかったと思います。その原因は、図鑑などで虫の鳴き声を書いてあっても、実際にどのように聞こえるのか、よくわからなかったからです。虫の鳴き声をカタカナで表現するのは難しいものです。

しかし、今はインターネットで「秋の虫鳴き声」を検索し、最初に表示される「鳴き声検索」で検索すれば色々な虫の声を聴くことが出来ます。これを聴けば、あなたもマニア並みの「秋の虫」通になれるかも知れませんよ。一度ご自分の耳で聴いて、確かめてみて下さい。

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