私は大学生のころ、法律書や哲学書などで難しい漢語を駆使した「難解な文章」、いわゆる「晦渋(かいじゅう)な文章」を有難がった時期がありました。理解することが極めて難しいことを表す「韻鏡(いんきょう)十年」という言葉もあります。
いかにも「奥が深い内容」と錯覚していたのです。しかし、「福沢諭吉が、知人の書いた文章を見て『猿でもわかる文章を書け』と指導した」という話を知って、今までの愚を悟りました。
このエピソードは次のようなものです。
のちに「憲政の神様」「議会政治の父」と呼ばれる尾崎行雄(1858年~1954年)がある時、筆一本で食べていこうとして福沢諭吉(1835年~1901年)を訪ねて行って、「『識者(物事の正しい判断力を持っている人。見識のある人)』にさえわかってもらえばそれでいいから、そういう本を書きたい」と話したところ、福沢は「馬鹿者!」と一喝した後、「猿に見せるつもりで書け。俺などはいつも猿に見せるつもりで書いているが、世の中はそれでちょうどよいのだ」と諭したそうです。
そういえば、パソコンの入門書で「サルにも(でも)わかるエクセル」などというタイトルのシリーズ本を見たことがあります。略して「サルワカ」と言うそうです。
1.良い文章とは
小説などの文芸作品でも、明治時代に大町桂月や高山樗牛の「美文調」があったり、尾崎紅葉の「戯作調」がありましたが、夏目漱石の文章は良い文章だと思います。
私が高校時代に、現代国語の先生が「漱石は、今読んでも古さを感ぜしめない良い文章だ」と口癖のように話していましたが、大学時代にほぼ全作品(文学論と文学評論は途中で挫折しましたが)を読んだ私自身の感想としても、正鵠を射た評価だと思います。
江戸時代末の1867年(慶應3年)に生まれた漱石ですが、英文学を専攻しイギリスにも留学しました。文章のスタイルもさることながら、彼の小説は近代・現代の人間の苦悩の源でもある社会・家族・自我・愛・金銭・我執・孤独などをテーマにしたものが多く、我々の共感を呼ぶのでしょう。
ビジネスの世界において、良い文章とは「難しい内容でも簡潔に説明し、結論が明快な文章」です。必要以上に枝葉で飾ったり事実以外の想像を付け加えたりせず、ポイントを押さえ、自分の考える結論を明快に示す必要があると思います。
マルクスの「資本論」のような経済学の本や、日銀の調査レポートなどは、難解でなかなか結論が分かりにくかったり、現状認識が偏って(誤って)いたりして、読んでいても途中で嫌になることがあります。
自己啓発の本として、「勉強術」や「仕事術」の本がたくさん出版されていますが、「要点・結論は何なのか?」と突っ込みを入れたくなるほど冗長に枝葉を付けたものが多いように思います。
ゴルフのレッスン書でも、たくさんのチェックポイントが書かれていますが、そんなにたくさんのことをアマチュアがショットの時にチェックできるはずがありません。可能なのはせいぜい1つか2つくらいでしょう。
2.良い文章を作るポイント
種々雑多な内容を煎じ詰めて「エキス」だけを抽出し、わかりやすくまとめた文章がよい文章ではないかと私は思います。
私は25年ほど前に「宅地建物取引主任者試験」の勉強をしたことがあります。その時参考書として「まる覚え宅建塾」という要約本を買いました。この本は試験に必要な「エキス」だけを集約して書いてあり、重要な箇所はゴシック体にするなど工夫を凝らしてあって非常に役に立ちました。これを読んで覚えるだけで1回で合格できました。
よい文章を作るためには、最初は詳しく書いた後で、「要約(サマリー)」を作る習慣を付けたらよいのではないかと思います。
最初にご紹介した福沢諭吉ですが、彼は文章を書くたびに小学校も出ていない女中さんを呼んで書いたものを読み上げ、彼女がわかるかわからないか確かめたそうです。
3.良いニュース解説番組
テレビの名MCだった島田紳助さんも、「テレビの視聴者は(もともと馬鹿ではないにしても)身構えて真剣に見ていないし、テレビに出ている我々も馬鹿ばっかりだから、馬鹿にでもわかりやすいように丁寧に説明する習慣を付けることが必要」と述べています。だから彼は「サンデープロジェクト」という報道番組の司会もうまく務められたのだと私は思います。
現在毎週土曜日の朝9時30分~11時にテレビ朝日で放送されている東野幸治さんがMCの「教えて!ニュースライブ正義のミカタ」は、ゲストに「あまりニュースのことがよくわからない人」を揃えて「生徒」役にし、各分野の専門家の「先生」から「素人にもわかりやすいように解説してもらう」番組です。またお笑い芸人のほんこんさんの「歯に衣着せぬ本音の質問や意見」にも共感できます。そういう意味で「サンデープロジェクト」よりも成功しているかも知れません。
あとは池上彰氏の「ニュース解説」がとてもわかりやすく、しかも幅広い知識をベースにした大局的な視点に立つ解説であるため、非常に参考になります。
彼は元NHKの社会部記者・ニュースキャスターで、NHKを退職するまでの10年間「週刊こどもニュース」で、ニュースに詳しい「お父さん」役として編集長兼キャスターを務めていました。
この時身に付けた 「子供にもわかりやすくニュースを解説する習慣」が、現在の多数のニュース解説番組の「解説」に役立っているように思います。
3.福沢諭吉の朝鮮人についての見方(蛇足)
前に「日本海の呼称についての記事」で新井白石の朝鮮人についての見方を引用しましたが、福沢諭吉も明治30年の「時事新報」で次のように述べています。今の日韓関係を考える上でも参考になると思いますので、蛇足ながらご紹介します。
左れば斯る国人に対して如何なる約束を結ぶも、背信違約は彼等の持前にして毫も意に介することなし。既に従来の国交際上にも屡ば実験したる所なれば、朝鮮人を相手の約束ならば最初より無効のものと覚悟して、事実上に自ら実を収むるの外なきのみ(『時事新報』明治30年10月7日)
韓国の日本に対する不誠実な態度は、今に始まったことではないようです。