岡倉天心がアメリカ人のアジア人蔑視発言に見事な英語で切り返し、やり込めた話

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岡倉天心

1.岡倉天心が得意の英語でアメリカ人をやり込めた話

「茶の本」で有名な明治時代の思想家・文人の岡倉天心(1863年~1913年)のアメリカでの面白いエピソードを弟子の横山大観が書き残しています。

1903年、彼はアメリカのボストン美術館からの招聘を受け、横山大観、菱田春草らの弟子を伴って渡米しました。羽織袴で一行がボストンの街中を闊歩していると、一人の若いアメリカ人から冷やかし半分の声を掛けられたそうです。

” What sort of nese are you people? Are you Chinese, or Japanese, or Javanese? ”

これは「お前たちは何ニーズ?チャイニーズか、ジャパニーズか、それともジャワニーズか?」という意味で、アジア人に対する人種差別的な発言です。

これに対して彼は流暢な英語で、次のように言い返したそうです。

” We are Japanese gentlemen. But what kind of key are you? Are you a Yankee, or a donkey, or a monkey? ”

これは「我々は日本の紳士だ。あんたこそ何キーか?ヤンキーか、ドンキーか、それともモンキーか?」という意味です。

「Yankee」という言葉は、もともと南北戦争(1861年~1865年)当時、アメリカ南部で北軍の兵士や北部諸州人を軽蔑した呼び方でした。それがやがてアメリカ人全体を指す言葉になったのです。これにはアメリカ人に対する蔑称の意味もあります。戦後の混乱期から60年代にかけては「ヤンキー・ゴー・ホーム!(アメリカ野郎、帰れ!)」という反米スローガンがよく聞かれました。

「donkey」は、「ロバ」のことですが、「間抜け」とか「のろま」「馬鹿者」という意味もあります。「monkey」は言うまでもなく「サル」です。

日本人の我々には胸のすくような痛快で見事な切り返しですが、アメリカ人から見てもこの岡倉天心の応酬話法は秀逸なものだそうで、日本語を解するアメリカ人でも日本語でこのように当意即妙な機知を発揮できる人はざらにいないとのことです。

彼が生まれたのは江戸時代の1863年ですが、ペリーの来航(1853年)から10年経っています。また彼の父は福井藩士でしたが、藩命により武士の身分を捨てて、福井藩が横浜に開いた商館「石川屋」の貿易商となり、彼はその商館で生まれました。その関係で幼いころから欧米人と英語に親しむ環境にあったようです。

2.岡倉天心とは

岡倉天心は、思想家・文人であるとともに美術行政家でもあります。東大卒業後、文部省に入り、美術教育・調査保存に従事しました。

1884年(明治17年)には「お雇い外国人」のアーネスト・フェノロサ(1853年~1908年)と「鑑画会」を結成して新日本画の開拓に努め、美術調査員として共に渡欧しています。

1890年には東京美術学校の校長となり、帝国博物館理事等を兼任しました。1904年にはボストン美術館東洋部長に就任しています。件のエピソードはこの前年の出来事です。

彼は明治期美術の指導者としてばかりでなく、優れた国際感覚を持って、日本および東洋の文化の優秀性を内外に訴えました。「東洋の理想」「日本の覚醒」「茶の本」などの英語の著書がありますが、50歳で亡くなっています。

明治時代は「文明開化」の影響で、西洋のものは進歩的なものとしてもてはやされる一方、日本のものは古臭いものとして嫌われる傾向がありました。絵画をはじめとする芸術分野も同様で、洋画がもてはやされる中で、伝統的な日本の絵画は否定されていました。

この流れに歯止めを掛けたのが彼です。彼は日本の伝統的な芸術や文化の価値を国内外の人に再認識してもらうための活動に精力を費やしたのです。

3.岡倉天心の名言

(1)変化こそ唯一の永遠である

(2)本当の美しさは、不完全を心の中で完成させた人だけが見出すことができる

(3)禅が広まって以降、日本の美意識は完成や重複といった左右対称の表現を避けてきた

(4)人は己を美しくして初めて、美に近づく権利が生まれる

(5)茶道の本質は、不完全ということの崇拝ー物事には完全などということはないということを畏敬の念をもって受け入れ、処することにある。

(6)茶道は本質的に不完全なものへの崇拝であり、人生というこの不可能なものの中で、何か可能なものを成し遂げようとする繊細な試みである

(7)茶の哲学は、世間一般でふつうに思われているような単なる唯美主義ーひたすら美だけを追求する流派にとどまるものではない。それは、人間や自然に対するもろもろの見方を表している点で、倫理や宗教と結びついている

(8)宗教は未来を後ろ盾としているが、芸術では現在こそが永遠なのである

(9)茶室、すなわち数寄屋(空き家)は単なる小屋で、それ以上を望むものではない。・・・不完全の美学に捧げられ、故意に未完のままにしておいて、見る者の想像力によって完成させようとするがゆえに「数寄屋」である

(10)日本は鎖国によって長く世界から孤立してきた結果、その分、深く自国の文化を顧みることになり、これが茶道の発達を大きく促すことになった。私たち日本人の住居、習慣、衣服や料理、陶磁器、漆器、絵画、そして文学にいたるまで、すべて茶道の影響を受けていないものはない。日本文化を学ぼうとするなら茶道の存在を知らずにはすまされない


新訳茶の本 ビギナーズ日本の思想 (角川文庫 角川ソフィア文庫) [ 岡倉天心 ]



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