先日妻が見ている韓流ドラマ「SKYキャッスル~上流階級の妻たち~」を、ブログを書きながら横目で見ていて、驚くような場面に出会いました。
それは若いエリート医師が「漢字が読めない」ことをセレブの大学教授から馬鹿にされて憤慨する場面です。
現在韓国では「ハングル」が主流で、中国では本来の漢字である「繁体字」から簡略な「簡体字」が主流になっていることは私も知っています。しかし、中国人も韓国人も「本来の漢字」を読むことはできると漠然と思っていました。
しかし今や多くの韓国人にとって、漢字は「古代エジプトの象形文字」か「習ったことのない外国語の文字」のような「理解不能の存在」になってしまったのでしょうか?
今回はこれについて考えてみたいと思います。
1.漢字を捨てた韓国
韓国では、様々な専門分野のほか、名前も漢字名が一般的ですが、読み書きできない世代が増えているそうです。
2011年に成均館大学の李明学教授が30代~80代の427人を対象に行った調査によれば、自分の子供の漢字の名前を間違えて書いた人は47.8%で、1文字も書けなかった人が30.2%もいたそうです。若年層ほど漢字を書けない人が多いようです。
名前はハングルで書くと同姓同名になることが多く、他の人と区別するために漢字で書くようにしているようです。「祝儀袋や香典袋の漢字名をスマホで撮って読み方を問い合わせるインターネットの掲示板が増えている」と2017年10月21日付けのソウル新聞は伝えています。
2.韓国での漢字教育の廃止
漢字教育の廃止は、ナショナリズムの台頭が背景にあります。「他国である中国が作った漢字を使うのは中国の属国のようで、使いたくない」「朝鮮民族の作ったハングルを使うべきだ」という考え方のようです。
1948年に施行された「ハングル専用に関する法律」で、公文書はハングルで書くと定められ、漢字とハングルで書かれていた公式文書がハングル表記に変わりました。
当初は漢字を付していましたが、1970年代に朴正熙大統領(朴槿恵前大統領の父)が「漢字廃止」を宣言しました。しかしこれは愚かで偏狭なナショナリズムに基づくものだと私は思います。
その結果、漢字教育は中学と高校の「漢文」のみとなりました。「選択科目」で受験にも影響ないことから学習者は少なくなり、1980年代には新聞や雑誌も漢字を使わなくなりました。小学校での漢字教育は一切禁止となり、教えた教師は懲戒免職など重い処分を受ける徹底ぶりです。
一方日本は、中国から入って来た漢字を利用して、「ひらがな」「かたかな」を発明し、漢字と併用する独特の日本語を完成し、現在まで受け継がれています。
3.韓国での漢字教育の復活
漢字の有用性は次のようなことがあると思います。
(1)ハングルは「表音文字」なので、「同音異義語」が区別できず、「表意文字」の漢字に比べて不便なこと
(2)「文化遺産である漢字」で書かれた国内外の書物が読めないのは、韓国の国民にとって文化的に大きなマイナスであること
(3)昔書かれた漢字の書物を国民が読めないようにする政府の「愚民政策」にもつながること
(4)日本人・中国人・台湾人などの漢字圏の国民と言葉が通じない場合、韓国人が漢字を読めないと「筆談」もできず、国際交流上も得策でないこと(注)
(注)ただし、それぞれの国で、熟語の意味が違う場合がありますので注意する必要はあります。たとえば「手紙」は中国では「トイレットペーパー」の意味で、「愛人」は中国では「配偶者」あるいは「恋人」の意味です。「手紙」のことは中国では「信」または「書信」で、「愛人」のことは「情夫(情妇 )」または「第三者」と言います。
韓国政府もようやく自分たちの間違いに気づいたようで、2019年からは、小学5年と6年の教科書で漢字教育が復活したようです。ただし、基礎漢字1800字のうちの基本漢字300字程度です。日本では小学校で1006字、中学校で1130字で義務教育で合計2136字を教えることになっていますから、韓国もこれから徐々に増やして行くのでしょう。
4.「漢字」と「ハングル」の歴史
(1)漢字の起源
漢字の起源は、古代中国の殷(紀元前17世紀頃~紀元前1046年)の時代に占いのために使用する甲骨文字(亀甲獣骨文)が生まれ、紀元前1300年頃に、漢字の基礎になる文字が出来上がり、徐々に進化・発展して来たようです。
(2)日本への漢字の伝来
日本に仏教が伝来したのは538年で、朝鮮半島の百済の聖明王から大和朝廷の欽明天皇に対して仏像や仏具、経典が献上されました。この経典が公式には「最初の大量の漢字資料」ということになります。
しかし、それ以前にも漢字は知られていたようで、埼玉県行田市の稲荷山古墳から出土した「稲荷山古墳鉄剣銘」は471年のものとされ、「現存する最古の漢字資料」です。
その後日本では、中国の漢字を利用して片仮名・平仮名・訓点を発明し、独特の日本語を完成させました。
(3)ハングルの起源
朝鮮半島では15世紀半ばまで、自民族の言語である朝鮮語を表記する固有の文字を持っておらず、知識階級は「漢字」を使用していました。
しかし、李氏朝鮮第4代王の世宗は「朝鮮固有の文字」の創製を積極的に推進し、1446年に「訓民正音」という名前でハングルを公布しました。
ただこのハングルは当初から、次のような理由で事大主義の保守派の反発を受けました。「昔から中国の諸地は風土が異なっても方言に基づいて文字を作った例はない。ただ、モンゴル・西夏・女真・日本・チベットのみが文字を持つが、これらはみな夷狄(野蛮人・未開人)のなすことで、言うに足りない」「漢字こそ唯一の文字であり、民族固有の文字などあり得ない」
この反発に対して世宗は、「ハングルは文字ではない(中国文化に対する反逆ではない)、訓民正音(漢字の素養がない者に発音を教える記号)に過ぎない」と押し切ったそうです。
5.日本の「国語改革」と「動植物の名前のカタカナ表記」の問題(為参考)
中国の「簡体字」ほどの劇的な省略ではありませんが、日本でも戦後、「旧字体を新字体に変える国語改革」がありました。この改革は誤りだったと私は思います。
また戦後、図鑑などで昆虫や植物の名前を「カタカナ書き」にすることが一般的になりました。これも誤ったやり方だと私は思います。全て漢字表記に戻し、「ルビ(ふりがな)」を振るようにしてほしいと個人的には思っています。
動物でも植物でも、その名前には必ず由来があります。しかし、全部カタカナ表記にしてしまうと、なぜそういう名前が付いたのか見当がつかないことが往々にしてあります。
昆虫や植物の名前をカタカナ表記にしたことによる弊害について、具体例を挙げてみます。
たとえば、「マイマイカブリ」ですが、「蝸牛被」と漢字で書けば、「カタツムリ」(蝸牛)を捕食する習性から名前が付いたとすぐにわかります。
「ヨツボシケシキスイ」という昆虫がいます。「四星芥子木吸」と書けば、四つの星形の斑点がある小さな木の樹液を吸う甲虫だと想像がつくというものです。カタカナだと「何じゃ、こりゃ?」ですね。
「コクゾウムシ」という昆虫をご存知ですか?「穀象虫」と書けば、米びつの米の中にいる頭部が象の鼻のような小さな虫だと想像しやすいでしょう。
最近のスーパーなどで売られている5kg袋入りのお米は、農薬を使用していますから、穀象虫もほとんど見かけなくなりましたが・・・
「シミ」という虫をご存知の方は、少ないかもしれませんね。「紙魚」と書きますが、魚ではありません。
私は子供の頃、明治20年代に建てられた古い京町家のような家に住んでいました。その2階に薄暗い「落ち間」と呼ばれる物置部屋がありました。夜に懐中電灯を照らして一人で入るのは、勇気がいりました。
そこには、昔の人が使っていた古い着物を入れた「長持」や「屏風」、使い方もわからない古い道具類、古い書籍などが置いてありました。
夏休みのある昼のこと、その落ち間で古い本を開くと、銀白色の「深海魚」のような小さな虫が出てきて驚いたことがあります。それが、「紙魚」だったのです。少し気味の悪い不思議な虫でした。
また、植物の名前では、「アセビ」という木があります。「馬酔木」と書けば、馬がその花を食べると麻酔状態になるということが良く理解できます。
昔の人は、意外と残酷な名前を花に付けたものだと驚くものもあります。「ママコノシリヌグイ」という花があります。
漢字で書けば「継子の尻拭い」です。この植物の茎に並んでいる棘(とげ)はとても鋭く、この茎で尻でも拭こうものなら誰でも悲鳴を上げることでしょう。これは陰湿な「継子いじめ」がある現実を念頭に置いたネーミングです。
ちなみに韓国では「嫁の尻拭き草」と呼ばれているそうです。