「進化論」にまつわる面白い話をわかりやすくご紹介ごします。

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ダーウィン像

前に「生命の起源」についての記事を書きましたが、今回は「進化論」にまつわる面白い話をわかりやすくご紹介したいと思います。

1.「進化論」

「進化論」とは、「生物は不変のものではなく、長期間かけて次第に変化(進化)して来たという仮説に基づいて、現在見られる様々な生物は全てその過程の中で生まれて来たと説明する理論」です。

なお、生物学における「進化」とは、純粋に「変化」を意味するものであって、「進歩」を意味せず、「価値判断は中立」です。

古代ギリシャの哲学者アナクシマンドロス(BC610年頃~BC546年)は、「生命は海の中で発展し、のちに地上に移住した」と主張しています。

イスラムの哲学者・歴史家イブン・ミスカワイフ(932年~1030年)は、「蒸気から水、鉱物、植物、動物、そして類人猿から人へと進む生命の発展の歴史を書いています。

フランスの博物学者ジャン・バティスト・ラマルク(1744年~1829年)は、無脊椎動物の研究を進めるうちに、「生物は単純なものから複雑なものへと連続的に進化する」「ある器官をよく使えば発達し、使わなければ委縮する。この変化がオスとメスで共通なら、その変化は子供に遺伝する」(用不用説)という進化思想を「動物哲学」という本で発表しました。

2.ダーウィンの「種の起源」

イギリスの自然科学者チャールズ・ダーウィン(1809年~1882年)は、ビーグル号で世界一周航海を行い、航海中に見た各地の動物相や植物相の違いから、「地層と同様に動植物にも変化があり、大陸の変化によって新しい生息地が出来、動物がその変化に適応したのではないか」と考えたのです。

ダーウィンはこの「種の起源」(1859年)の中で、「進化は、下等なものから高等なものへといった直線的な変化ではなく、共通の祖先から系統が枝分かれして多様な生物を生む歴史である」との考えを示し、様々な証拠を挙げて、進化が事実であることを論証しました。

「生存競争が行われる中で、自然選択(自然淘汰)によって生物は常に環境に適応するように変化(適者生存)し、種が分岐して多様な種が生じる」というのがダーウィンの進化論です。

なお、ダーウィンについては面白い逸話があります。彼の父は医者で、息子に病院を継いでほしいと思って医学部に進学させますが、解剖の実習や手術が苦手で医学部を中退してしまいます。そこで父親は彼を牧師にさせようとケンブリッジ大学の神学部に入学させますが、ここでも彼は勉強は程々にして、自分の好きなカブトムシなどの昆虫採集に夢中だったそうです。

彼は地質学を専門に勉強していましたが、もともと動植物にも幅広い関心があったことから、「進化論」の考え方を生み出すことができたのでしょう。

3.丘浅次郎の「進化論講話」

丘浅次郎

動物学者丘浅次郎(1868年~1944年)の「進化論講話」(1904年)は、私が大学時代に生物学の教授から勧められて読んだ本なので、思い出深いものがあります。

この本は、当時の最新の学説である「進化論」を日本の大衆向けに初めて紹介した解説書で、彼は進化論の啓蒙活動に大いに貢献しました。

彼はダーウィンの進化論によりながらも、「生物の生存競争に有利だった形質が、進化し過ぎてその種属を滅亡に導く」という独自の文明批評を展開し、人類についても悲観的未来論を述べています。

また「特定思想の絶対化を排し、何事も疑う習性の養成を目標に掲げる教育改革論」を展開しています。

この「何事も疑う習性の養成を教育の目標に掲げる」という考え方には私も大いに同感で 、自分自身常にこのようにありたいと思っている次第です。