今回の自民党総裁選は二階幹事長による出来レース。来年9月の総裁選に注目!

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自民党総裁選

1.安倍首相の突然の退陣

2020年8月28日に安倍晋三首相の突然の退陣表明がありました。2007年の最初の退陣の時は全くの唐突感がありましたが、今回は数週間前から顔色が悪いのはテレビ画面からもわかり、慶応大学病院で2回も検査を受けたことから、体調の悪化は明白でした。

しかし、ゆっくり休養するか一時入院することはあっても、死亡とか意識不明でもないので首相臨時代理を置けば「政治空白」は避けられたはずです。

それをせずに「退陣」を決断したのは、「首相連続在任期間最長記録」や「首相通算在任期間最長記録」を達成した安堵感もあるでしょうし、彼の責任感と潔さかもしれません。

2.今回の自民党総裁選の不透明さ

(1)今回は「緊急」として両院議員総会で決定

今回は総裁選出方法を一任された二階幹事長の「一刻の政治空白も許されない」という基本方針のもと、「党員・党友投票」は行わず、「両院議員総会」で決定することなりました。

これは全国の党員・党友の人気が高い石破茂元幹事長には不利で、勝ち馬に乗ろうとする多くの派閥の支持を集めた菅義偉官房長官が選出される公算が濃くなっています。

今回は、安倍首相の任期途中での退陣のため、自民党派閥や国会議員の多くがあまり時間をかけて波風を立てるような「党員・党友投票」をせずに「安倍政権の継承」を掲げる菅義偉氏を推す方が、菅政権成立後の大臣ポスト獲得にも有利と考えた結果でしょう。

これでは「出来レース」のようなもので、菅義偉氏が言う「派閥の悪い面」がもろに出ている感じがします。

今や永田町の興味は早くも「次の官房長官人事」に移っているようで、河野太郎氏などが取りざたされています。

部外者の私が言っても仕方ありませんが、自民党の若手議員100人や石破茂氏、小泉進次郎氏が主張したように、党員・党友の声をしっかり反映する「原則」による選出を行うのが筋だったと思います。国会閉会中の今が「緊急」の場合だと主張するのは全く説得力に欠けます

しかも、「3票ずつの投票権」の候補者を決めるために全都道府県連で「党員による予備選挙を実施するとのことですからなおさらです。「党員投票に2カ月もかかる」というのは真っ赤な嘘だと私は思います。

これではフランス革命前の「三部会」と同じです。「三部会」では、第一身分(聖職者)と第二身分(貴族)の特権階級と第三身分(平民)の投票権がそれぞれ同数で、特権階級が反対すれば、人口の98%を占める平民の声は受け入れられませんでした。

ただ地方の都道府県連の予備選挙も、永田町の動きを見て「勝ち馬に乗る」方がよいと考える党員・党友が増えるようになれば、必ずしも石破氏有利とも言い切れなくなります。

また、菅氏の陣営では、「反安倍」の石破氏潰しのため(石破氏に2位を取らせないため)に、「岸田氏に一部の票を分けて2位を取らせる」という姑息で狡猾な動きまであるようで、政治のダーティーな面を見せつけられた思いがします。

(2)3人の候補者の戦い方

岸田文雄氏は。格差解消をテーマに「経済、社会、世界の分断を『協調』へと導く」とか、「国民の声に耳を傾ける『聞く力』が大切」と公明党の山口代表のようなことを主張していますが、抽象的で具体性に欠け、心に響きません。

菅義偉氏の「安倍政権の継承」「アベノミクスをさらに前へ進める」という主張も、新味がなく芸がなさ過ぎるようですが、自民党の国会議員の大多数は波風の立たない「現状維持」を望んでいるため、多くの派閥の支持が集まっているのでしょう。

私は今回の総裁選において、石破氏が「来年9月の総裁選の予行演習という気持ちではなく、本気で戦う」と表明していることには、大いに好感を持っています。

石破茂氏には、岸田文雄氏のような「空疎で抽象的な話」でなく、アベノミクスとは違った具体的な政策ビジョンを示してくれることを期待したいと思います。

できれば元銀行員のキャリアを生かして、今の「マイナス金利政策の見直し」など金融政策の抜本的変更を期待したいと思います。そういう独自性を明確にすれば都道府県連だけでなく、国会議員にも一定の支持が広がるのではないかと思います。

そのほか、池田勇人元首相が打ち出した「所得倍増計画」までは無理としても、国民所得向上のために「労働分配率の向上」施策をぜひ見せてほしいものです。また「過度の中国依存の脱却」と「製造業の日本回帰」も推進してほしいものです。

3.来年9月の自民党総裁選に注目

では、来年9月の自民党総裁選はどうなるのでしょうか?

岸田文雄氏や小泉進次郎氏、稲田朋美氏、茂木敏充氏、下村博文氏、野田聖子氏などその他の人々が出馬する可能性もありますが、今のところ有力候補は次の3人ではないかと私は思います。

(1)菅義偉氏

菅義偉

菅義偉氏が政権運営に失敗すれば別ですが、参謀タイプの首相としてそつなく無難な政権運営を来年9月まで続ければ、それなりの支持を得られるでしょう。

彼は過去に「意志あれば道あり」というブログで、菅直人首相の辞任を受けた民主党代表選のやり方(一般党員やサポーターの投票を認めず、国会議員のみの選挙で決定)を批判して、次のように述べていたそうですが、現在の彼が置かれた状況とそっくりなのでそれが少し気になります。

民主党はたった2日の選挙戦で、議員の投票だけで代表を選ぼうとしています。民主党内で政策論争はほとんど見られず、候補者は民主党議員の顔色を窺い、多数派工作に終始しています。

与党の代表を選ぶことは、日本の総理大臣を決めることであり、本来なら候補者が自らの考え、政策を広く国民にも示し、議論を深めるべきものです。

自民党が総裁を選ぶ際には、全国で遊説を行って国民に広く考えを示し、政策論争を深めてきました。谷垣総裁も、国会議員だけでなく党員・党友も投票して選ばれています。

そのため、今回の自民党総裁選後の閣僚人事についても、小泉純一郎元首相のような「脱派閥人事」ではなく、支持をしてくれた派閥に配慮したものになるのではないかと思います。

しかし外交、特に対中政策については現在の中国の尖閣列島をはじめとした覇権主義的・侵略主義的な動きに鑑みて、毅然とした態度を堅持してほしいと思います。

変に親中派の二階幹事長に気を使って習近平の来日を推進するような愚挙には出ないでほしいものです。

次の総裁選挙では、「党員・党友投票」が必ず行われます。その時、党員・党友の支持をどの程度集められるかがポイントです。

<菅義偉氏のプロフィール>

菅義偉氏(1948年~ )は、秋田県の農家の長男として生まれました。地元の高校を卒業後、「東京で自分の力を試してみたい」と思い立ち、家で同然で上京したそうです。

そして段ボール工場に就職しましたが、「視野を広げるために、大学で勉強したい」という思いを強く抱き、アルバイトをしながら2年間受験勉強に励んだそうです。当時、私立で最も学費の安かった法政大学(二部)に入学し、アルバイトで学費を稼ぎながら大学を卒業しました。

民間企業に就職しサラリーマンとなりましたが、「世の中を動かしているのは政治だ、人生を賭けてみたい」と政治の世界へ進みます。最初は法政大学OBの紹介で小此木彦三郎元通産大臣の秘書として11年間勤めた後、1987年39歳で横浜市会議員に立候補して当選します。

しかしそこで、国に財源や権限を握られ、国が中心となった中央集権体制に疑問を持ち、地方分権国家の実現をめざすため、市会議員を辞職し浪人生活に入ります。

そして1996年47歳で衆議院議員に当選し、総務大臣などを歴任した後、安倍内閣の官房長官となって7年8カ月、現在に至った苦労人で叩き上げの遅咲きの政治家です。

(2)石破茂氏

石破茂石破茂笑顔

2012年9月の自民党総裁選では、1回目の投票で立候補者5名中トップの199票(地方票165票、国会議員票34票)を獲得し、特に地方票では2位以下の候補を大きく引き離しましたが、過半数の確保には至りませんでした。

国会議員のみによる2回目の投票では、大きく上積みし89票を獲得しましたが、108票を獲得した安倍氏に敗れました。

<石破茂氏のプロフィール>

石破茂氏(1957年~ )は鳥取県出身で、慶応大学卒業後三井銀行(現:三井住友銀行)に勤めた経歴を持っています。父親は建設事務次官、鳥取県知事、参議院議員、自治大臣を歴任した石破二朗氏です。

1981年に父親が亡くなり、父親の友人でもあった田中角栄氏から「お前が親父の後に出ろ」と言われて政界入りを志します。1982年に銀行を退職して、田中角栄が領袖を務める木曜クラブ事務局に勤務し、1986年に28歳で衆議院議員となります。当時、全国最年少の国会議員だったそうです。

その後、防衛大臣、農林大臣、地方創生担当大臣や自民党幹事長などを歴任しました。しかしかつて安倍政権を厳しく批判したため、最近は要職から外されているように見えます。噛んで含めるようにゆっくり話す姿勢は好感が持てます。

ただ、「にらむような目つき」は、三白眼なので仕方がないのかもしれませんが、直した方がよいのではないかと私は思います。せっかく柔和な笑顔の時もあるのですから・・・

(3)河野太郎氏

河野太郎

彼は自らの派閥である麻生派の領袖・麻生副総理に説得されて、今回は出馬を断念しましたが、来年の総裁選を狙っていることは確実です。

<河野太郎氏のプロフィール>

河野太郎氏(1963年~ )は、元自民党総裁の河野洋平氏の長男です。慶応大学を中退してアメリカのジョージタウン大学を卒業しています。

在学中はワシントンでの政治活動も行い、帰国後は富士ゼロックスなどに勤めてサラリーマンの経験もしています。

1996年に33歳で衆議院議員選挙に立候補し、当選しました。その後、外務大臣や防衛大臣を歴任し、現在に至っています。

年齢も57歳と比較的若く、英語も堪能で、中国などに対してもはっきり物を言う姿勢も認められ、個人的には大いに期待したい総裁候補です。

今回は派閥の意向で出馬を封じられましたが、来年9月までにじっくり政権構想を練った上で、明確なビジョンを打ち出してほしいと思います。