「悪魔の辞典」は辞書パロディの元祖的存在。痛烈な皮肉やブラックユーモア満載

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ビアス悪魔の辞典

前に「国語辞典を読む楽しみ」という記事を書きましたが、その中で「新明解国語辞典」という面白い辞典をご紹介しました。

これは「辞書パロディ」ではありませんが、編纂者の独特の個性のためか用語の解説がユニークで、痛烈な皮肉やブラックユーモアが満載で、内容的にはパロディ的要素が多分にありました。

1.「悪魔の辞典」(The Devil’s Dictionary)とは

この「新明解国語辞典」に対して、「悪魔の辞典」は最初からパロディを前面に出した辞典です。1911年にアメリカの作家・ジャーナリスト・コラムニストのアンブローズ・ビアスが著した書籍です。

普通の辞書の体裁を持っていますが、それぞれの単語の定義は痛烈な皮肉やブラックユーモア満載で、「辞書パロディの元祖的存在」です。

もともとは新聞紙上の連載から始まり、それが「コミック辞書」として出版され、ベストセラーとなったものです。最初1906年に「冷笑派用語集」として出版されましたが、全集に収録される際に本人の希望によって「悪魔の辞典」に改題されました。

2.アンブローズ・ビアスとは

ビアス・悪魔の辞典作者

アンブローズ・ビアス(1842年~1914年頃?)は、アメリカの作家・ジャーナリスト・コラムニストで、代表的作品は「悪魔の辞典」のほかに短編小説「アウル・クリーク橋の一事件」があります。

人間の本質を冷笑をもって見据え、風刺と機知に富む社会批評で容赦のない毒舌を振るったことから、「Bitter Bierce」(辛辣なビアス)とあだ名されました。

芥川龍之介の「侏儒の言葉」にも大きな影響を与えています。

彼はオハイオ州の貧しい農家に生まれ、印刷工見習いなどさまざまな職業を経たのち、「南北戦争」(1861年~1865年)では北軍に志願して従軍し、戦場で勇敢な兵士として勲功をたてましたが、戦争の悲惨さと死の恐怖を冷徹に見つめる目を持つに至ります。

しかし南北戦争で重傷を負い、戦後サンフランシスコに出てジャーナリストになりました。

1872年~1875年イギリスに滞在し、帰国後再びサンフランシスコに落ち着いて、新聞・雑誌に辛辣な筆を振るい、「ビター・ビアス」と恐れられました。

20世紀に入ってからは筆力も衰えを見せ、妻子の死など家庭生活の不幸も重なって人間嫌いとなります。最後は文明社会アメリカにも絶望して1913年の秋に革命に揺れるメキシコに旅立つことになります。

1913年10月、71歳の彼はかつて関わった南北戦争の旧戦場を巡る旅に出ました。その後、12月までに当時「メキシコ革命」(1910年~1917年)のために混乱状態にあったメキシコに入国し、ティエラ・ビアンカの戦いを取材しています。

知人あてに12月26日付けで「明日ここを去り、その先どこに向かうかは、私自身にもわからない」という手紙を出したのを最後に消息を絶ちました。

ビアスの失踪は、アメリカ文学史上最も有名な失踪事件の一つです。

真相は不明ですが、「行き止まりの洞窟に入って二度と出て来なかった」「戦場で横死した」「メキシコで銃殺刑に処された」などさまざまな説があります。

3.「悪魔の辞典」の内容

「悪魔の辞典」の中から、面白いものを一部ご紹介します。

・愛国者(patriot):部分の利害の方が全体のそれよりも大事だと考えているらしい人。政治家に手もなくだまされるお人好し。征服者のお先棒を担ぐ人。

・悪魔(Devil):われわれ人間のあらゆる災いを創始した者、この世のあらゆる良きものを所有する者。

・アマチュア(amateur):趣味を技量と思い誤り、野心を能力と混同している世間の厄介者。

・安心(comfort):隣人が不安を覚えているさまを眺めることから生ずる心の状態。

・医者(physician):病気の時にはしきりと望みをかけ、健康な時には近づきたくない者。

・いんちき(sham):政治家の言明、医者の学問、評論家の知識、俗受けを狙う説教師の信仰。

・嘘つき(liar):自由旅行ならぬ自由悪口の権限を与えられている弁護士、ジャーナリスト、その従事する職業、商売。

・厭世観(pessimism):見え透いた希望と見苦しい微笑とを特徴とする楽天主義者が、うんざりするほどのさばっているところから、その様を眺める者の確信の上に、否も応もなく押し付けられる人生観。

・健忘症(forgetfulness):良心を欠く埋め合わせとして、神が債務者に授けてくださる才能。

・国王(king):冠をかぶることがなければ、特に取り立てて言うほどではないのに、「冠を戴いた」という言い方で一般に知られている者。

・辞典(dictionary):ある一つの言葉の自由な成長を妨げ、弾力なく固定しようとして案出された、悪意に満ちた文筆関係の仕組み。ただし、本辞典に限り、きわめて有用な製作物。

・へつらい者(sycophant):右を向けと言われ、その通りにすると、うしろから足蹴にされることがないように、腹ばいになったまま偉い人に近づこうとする人間。

・旅券(passport):外国へ行く市民が騙されて持たされる書類で、彼がよそ者であり、特別に差別し暴行を加えるべき人間だと指摘する。

・流刑者(exile):他国に住むことで自国の役に立つ人。とはいえ、大使のことではない。

・恋愛(love):一時的な精神異常だが、結婚するか、あるいはこの病気の原因になった影響力から患者を遠ざけるかすれば、簡単に治る。