今「鬼滅の刃」のアニメ映画が大人気です。私は個人的には「鬼滅の刃」に熱狂しているわけではなく、距離を置いてかなり冷静にブームを眺めています。
熱狂する人がある一方、全く魅力を感じない人も存在して、「キメハラ」(「鬼滅の刃」ハラスメント)という言葉も出てきています。
「キメハラ」とは、次のようなことを指しています。
・「鬼滅まだ見てないの?」「見ようよ」と押し付けてくる行為
・「鬼滅がダメな人っているんだ」と好みを否定する行為
・「鬼滅がつまらない、興味ない」と他人に言えない雰囲気
鬼滅の刃 全巻セット(1-23巻) (ジャンプコミックス) [ 吾峠 呼世晴 ]
1.「鬼滅の刃」の魅力
コラムニストの堀井憲一郎氏によれば、「鬼滅の刃」の魅力は「人の生死と運命を正面から描き、生きることの切なさを訴えて来る」ことだそうです。
この「切なさ」は、人によっては「強さ」、「愛」、「あらゆるものに対する優しさ」、「滅ぶものを見つめる冷徹さ」、「強い哀しみに耐えること」と捉え方はさまざまだそうです。
そして、「生きとし生けるものに敬意を抱き、慈しみを持つこと」が主人公の竃門炭治郎を通して我々に送られる作者の強いメッセージだそうです。
私は、現代のような文明社会において否定され、抹殺されてきた神秘的な「鬼伝説」や「怪異譚」のような物語が、アニメを通して再び脚光を浴びるというか、文明社会に疲れた多くの人々から求められる時代になって来たのではないかと感じます。
穏やかに心に沁みるようなメルヘンチックなファンタジーに飽き足らず、より強烈に心に突き刺さるようなミステリアスなストーリーが好まれるようになったのでしょうか?
2.日本古来の鬼伝説
今回は「鬼滅の刃」の「鬼」にちなんで日本古来の鬼伝説をご紹介したいと思います。
(1)鬼とは
「鬼(demon)」は伝説上の日本の妖怪で、「桃太郎」をはじめ民話や郷土信仰によく登場します。「鬼滅の刃」も英語では「Demon Slayer」(鬼の殺し屋)と言います。
文芸評論家の馬場あき子氏は、「鬼」を5種類に分類しています。
①民俗学上の鬼。「祖霊」や「地霊」
②山岳宗教系の鬼、山伏系の鬼。「天狗」など
③仏教系の鬼。「邪鬼」「夜叉」「羅刹」
④人鬼系の鬼。「盗賊」や「凶悪な無法者」
例:酒呑童子、茨木童子
⑤怨恨や忿怒によって鬼に変身した変身譚系の鬼。
例:菅原道真の「天神」、源氏物語の「六条御息所の生霊」、鬼滅の刃の「竃門禰豆子」など
(2)鬼に関する伝説
①桃太郎の「鬼ヶ島の鬼」
今では「岡山県の桃太郎起源説」が有名ですが、そのほかに、愛知県や香川県をゆかりとする説もあります。
物語の成立年代としてはそれほど古くはなく、室町時代末期から江戸時代初期頃とされています。
「夫婦が神仏頼みで子を得た話」が最も古い原型で、次に「夫婦が若返って子供をもうけた話」(回春型)が登場し、最後に「桃から生まれた桃太郎」(果生型)が登場したようです。
②伊勢物語の「鬼一口(おにひとくち)」(芥川の鬼)
平安時代初期の歌物語「伊勢物語」第6段の「芥川の段」で、次のような話があります。
ある男が何年も女のもとへ通い続けていたが、身分の違いからなかなか結ばれることができなかった。あるとき、男はついにその女を盗み出したが、逃走の途中で夜が更けた上に雷雨に見舞われたために、戸締りのない蔵を見つけて女を中へ入れ、自分は弓矢を手にして蔵の前で番をして、夜明けを待った。やがて夜が明けて蔵の中を覗き見ると、女の姿はどこにもなかった。女はその蔵の中に住んでいた鬼に一口で食い殺され、死に際に上げた悲鳴も雷鳴にかき消されてしまった。
ただし、これは実際は、色男の在原業平が長年思いを寄せていた深窓の姫君・藤原高子(後の清和天皇の女御)を盗み出して(さらって)、芥川まで背負って逃げてきたのですが、結局彼女の兄の藤原基経や藤原国経に取り返されてしまった話です。追いかけてきた藤原基経や藤原国経を「鬼」と表現しています。
③源頼光に退治された「大江山の酒呑童子(おおえやまのしゅてんどうじ)」
一条天皇(980年~1011年、在位:986年~1011年)の時代、丹波国大江山には「酒呑童子」と呼ばれる酒好きの鬼の頭領(あるいは盗賊の頭目)が多数の鬼(部下)を従えて、各地で悪事を働いていました。
京の若者や姫君が次々と神隠し(誘拐)に遭ったので、帝が安倍晴明に占わせたところ、酒呑童子の仕業とわかりました。
そこで、帝は酒呑童子征伐のために、源頼光(みなもとのよりみつ)(948年~1021年)という武将と家来の「頼光四天王」(渡辺綱ら)を大江山に送り込みます。
源頼光は酒呑童子に毒入りの酒を飲ませて征伐したということです。
なお、酒呑童子は、玉藻前・大嶽丸とともに「三大妖怪」に数えられています。
酒呑童子を題材にした作品には、能の「大江山」、歌舞伎の「大江山酒呑童子」、宝塚歌劇「大江山花伝」、映画「大江山酒呑童子」などがあります。
ほかにも漫画「手天童子」(永井豪とダイナミックプロ)、「銀のトゲ」(喜多尚江)、「鬼哭の童女 異聞大江山鬼退治」(麻貴早人)やアニメの「妖怪ウォッチシャドウサイド」にも登場しています。
④酒呑童子の右腕だった「茨木童子(いばらきどうじ)」
「茨木童子」は、酒呑童子の右腕とされている伝説の鬼です。女の鬼で酒呑童子の恋人だったとする説もあります。
酒呑童子と一緒に京の都を荒らし回った茨木童子ですが、源頼光の策略によって苦戦を強いられましたが、唯一生き残った鬼とされています。
「頼光四天王」の一人の渡辺綱(わたなべのつな)(953年~1025年)に腕を斬り落とされながらも、逃げ延びることに成功しています。
⑤酒呑童子と人間の子だった「鬼童丸(きどうまる)」
源頼光が酒呑童子を討ち取った後、鬼たちに拉致された女たちも解放されました。しかしその中の1人の女は精神に異常を来たしており、故郷へ帰ることができず、酒呑童子の子供を産みました。
その子供は産まれながらにして歯が生えそろっており、7、8歳の頃には石を投げてシカやイノシシを仕留めて食べていました。
やがてこの子供が成長して鬼童丸となり、父の仇として源頼光たちを狙うようになりましたが、返り討ちにあったということです。
⑥深夜の「百鬼夜行(ひゃっきやこう)」
平安時代や室町時代には、深夜になると鬼や妖怪が群れを成して徘徊すると信じられており、当時の人々には大変恐れられていました。
百鬼夜行を目撃した人は死んでしまうという伝説があったため、人々は深夜の外出を控えていました。
なお、伝承の中には、百鬼夜行に遭遇しても読経することや、朝になったことで助かったという話もあります。
百鬼夜行の登場する説話には、「今昔物語集」、「江談抄」、「宇治拾遺物語」、「大鏡」などがあります。
⑦終わらない地獄「餓鬼(がき)」
「餓鬼」とは、生前に贅の限りを尽くしたり、強欲を貪った人間の成れの果てとされた鬼です。餓鬼になった人間は、手を触れた水や食べ物が全て火に変わってしまい、永遠に続く飢餓の中で苦しむと言われています。
その姿は骨のように瘠せ細っており、腹だけが醜く膨れ上がっているとされています。
⑧人に使役された「前鬼(ぜんき)」「後鬼(ごき)」
修験道の開祖である役小角(えんのおづぬ)(634年?~701年?)は強力な法力を有し、鬼をも操ったと言われています。
役小角に使役された「前鬼」「後鬼」という二匹の鬼は夫婦でしたが、悪さをしたところを役小角に不動明王の秘法で捕らえられます。
「前鬼」「後鬼」は子供も平気で殺す凶悪な鬼でしたが、役小角に子供を隠されたことで親の悲しみを知り、改心したと言われています。
⑨黒塚の「鬼婆(おにばば)」
ある時紀伊国の僧が安達ケ原(現在の福島県)を通りかかった際に、日が暮れたので宿を借りたいと一軒の家に声を掛けました。すると親切そうな老婆が出てきて快く僧を家へ招き入れたのです。
老婆は「薪を取って来るので奥の部屋は絶対に覗かないように」と言いつけて外に出て行きました。しかし好奇心に負けた僧が奥間を覗くと、大量の人間の骨が転がっていたのです。
老婆に食べられてしまうと感じた僧は慌てて家を抜け出します。しかし、僧が逃げたことに気付いた老婆は恐ろしい鬼婆に姿を変え、僧の後を凄まじいスピードで追いかけてきました。
死を覚悟した僧が、観音菩薩像を取り出して経を唱えると、菩薩から光の矢が放たれ鬼婆を貫きます。僧はこの場所に絶命した鬼婆の墓を作り遺体を埋葬しました。その後いつしかこの土地は黒塚と呼ばれるようになったということです。
⑩災いのもと「悪鬼(あっき)」
日本では昔から災いは鬼が運んでくると考えられてきました。それを代表するのが「悪鬼」です。
伝染病が流行するのは悪鬼の仕業だとされており、病気が大流行すると鬼を払う儀式が各地で行われました。祇園祭もその一つです。ちなみに節分の豆まきで払われる鬼もこの悪鬼です。
⑪占い師の「天邪鬼(あまのじゃく)」
本心とは逆のことを言う人のことを「天邪鬼」と呼びますが、これも鬼の仲間です。天邪鬼は人の心を読むことができ、それを利用して悪事を働くと言われています。
伝承内容は各地でさまざまで、山林で人の声真似をする音だけの天邪鬼や、山のように巨大な天邪鬼の逸話もあります。
天邪鬼は占い師の魂が変化したものという説があるため、人の心を読むことができる能力があるとされるようになりました。
⑫鬼の通り道「鬼門(きもん)」
陰陽道では北東の方角は「鬼門」と呼ばれ、鬼が出入りする場所があるとされてきました。そのため鬼門は現在でも不吉な方角とされており、場所を決める際には避けなければならないと言われています。
鬼門という考え方は中国から伝わったものですが、不吉な方角としての信仰は日本独自で進化したものです。古い建物などでは北東に門を設置することを避けるため、いびつな形状をしたものも存在します。
京都御所の築地塀の北東角の「猿ケ辻」と呼ばれる部分は、猿の木像を鬼門除けとして設置したのが通称の由来です。
⑬超巨大な鬼「手洗鬼(てあらいおに)」
四国には巨大な鬼の伝説が数多く残っています。「手洗鬼」と呼ばれるこの鬼は、山と山とを跨いで海で手を洗うほど大きいとされています。また、香川県の飯野山には手洗鬼の足跡とされるものもあります。
⑭百の目を持つ鬼「百々目鬼(とどめき)」
平安時代の武将である藤原秀郷(ふじわらのひでさと)(891年?~958年?)には、「百々目鬼」という鬼との逸話が残っています。
ある時彼が狩りの帰り道で「この近くには百の目を持つ鬼が出没する」という噂を耳にします。噂を確かめるために夜まで待っていると、両腕に無数の目を持ち、体長3mを優に超える大きな鬼が現れました。
彼が最も妖しく光る鬼の目に向かって矢を射ると、鬼は悶え苦しみ遂には動かなくなってしまいました。しかし鬼の体からは炎と毒が立ちのぼり近づくことができませんでした。
翌朝同じ場所に戻ると、そこには黒く焼け焦げたような土だけが残されていたということです。
余談ですが、「日本三大怨霊」(崇徳天皇・菅原道真・平将門)の一人である平将門を討ったのは、この藤原秀郷です。
⑮忍者のルーツになった「四鬼(よんき)」
これは「太平記」にある逸話で、平安時代の貴族・藤原千方(ふじわらのちかた)(生没年不詳)が使役していた強力な4匹の鬼のことです。
「四鬼」とは、どんな武器でも弾き返してしまう堅い体を持つ「金鬼(きんき)」、強風を繰り出して敵を吹き飛ばす「風鬼(ふうき)」、いかなる場所でも洪水を起こして敵を溺れさせる「水鬼(すいき)」、気配を消して敵に奇襲をかける「隠形鬼(おんぎょうき)」のことです。
真相は強力な用心棒といったところでしょうか?伊勢国と伊賀国との国境で大きな勢力を持ち、「四鬼」を従えて朝廷に対して反乱を起こしたという伝説があります。伊賀国ということで忍者のルーツと言われるのでしょう。
なお、「四鬼」を題材にした作品には、文楽・浄瑠璃・歌舞伎で演じられる「田村麿鈴鹿合戦」のほか、漫画の「忍法秘話」(白土三平)、「風が如く」(米原秀幸)、「東京レイヴンズ」(あざの耕平)などがあります。
また、ゲームの「無双OROCHIシリーズ」、「女神転生シリーズ」、「信長の野望Online」「あさき、ゆめみし」などにも登場しています。
これは「四鬼」もいるので「物語」が作りやすいためでしょう。