古新聞(新聞紙)の有効利用法

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古新聞

最近では「新聞」は、読み終わったら価値のない「古新聞」「新聞紙(しんぶんがみ)」として、「リサイクルごみ」に出すのが普通になっています。これも「リサイクル」して「古紙(故紙)」として再生されることになるので、もちろん有効利用ではあります。

しかし、我々が自宅でも有効利用できる方法がいろいろありますので、ご紹介したいと思います。

1.現代でも通用する有効利用法

(1)掃除機の代用

古新聞をちぎって丸め、水で湿らしたものを畳の上に撒きます。そして、それを座敷帚で掃いていくと、ごみやほこりがきれいに吸い取れるのです。

玄関の土間や三和土(たたき)などの掃除にも応用できます。この場合は、水で湿らせた古新聞を敷き詰めるだけで、ごみや泥が吸い取れます。

(2)生ごみを包むポリ袋の代用

昔はポリ袋がありませんでしたから、水気を含んだ生ごみは古新聞に包んでゴミ箱に入れました。水気を吸い取ってくれるので重宝しました。

これは、現代でも通用する使い方だと思います。カラスは視力は良いですが嗅覚が良くありません。ポリ袋なら生ごみが見えてしまいますが、これを新聞紙で包めばカラスに見つかりません。レジ袋が2020年7月から完全有料化となったことでもあり、「レジ袋の代用」として古新聞を使ってみてはどうでしょうか?カラスによる生ごみの食い荒らしに困っている方はぜひお試しください。

(3)靴箱や靴の防湿材・消臭剤の代用

靴箱の棚に敷いたり、日常履かない靴の中に入れると防湿材・消臭剤代わりとなります。定期的に交換すればOKです。

これも現代でも通用します。

(4)窓ガラスや網戸の拭き掃除に利用

窓ガラスは湿らせた古新聞を丸めてごしごし擦ります。拭き上げには乾いた古新聞を丸めて擦ります。

網戸は古新聞を湿らせて両側から貼り付けるだけOKです。

(5)廃油捨ての凝固剤の代用

牛乳パックに新聞紙を詰めて、揚げ物に使用した廃油を沁み込ませると凝固剤代わりとなります。粘着テープで牛乳パックの口を閉じれば大丈夫です。

(6)バッグやカバンの型崩れ防止詰め物の代用

普段使用しないバッグやカバンは型崩れしやすいものです。新聞紙を丸めて詰め物にすると、型崩れが防止できるだけでなく、防湿材にもなります。

(7)包丁などを研ぐ砥石の代用

2~3枚の新聞紙を端からきつめに巻いて棒状にして、固くなった両端を水で少し濡らし、クレンザーを振りかけた包丁を擦ると砥石代わりになります。

(8)昆虫飼育ケースのコバエ防止フィルターの代用

新聞紙は通気性があるので、カブトムシクワガタムシを飼育するプラスチックケースと蓋の間に挟むことによって、コバエやアリの侵入防止フィルター代わりとなります。

(9)雨の日のゴルフクラブの湿気取りに利用

若いころ、茨木市内のゴルフ場で雨の日にプレーした時のことです。家に帰ってキャディーバッグを見ると、クラブのヘッドが古新聞に包まれて輪ゴムできっちり留められていました。

これは、そのゴルフ場のキャディーさんが、雨の日には、プレー後に念入りにクラブを布で拭いて水気を取りますが、その上に古新聞でヘッドを包むことによって、キャディーバッグも濡らさず、ヘッドも自宅に帰るころには完全に乾いているというわけです。

その心遣いに感激した思い出があります。

2.現代は通用しない昔の有効利用法

しかし、昔はもっと変わったいろいろな有効利用法がありました。

(1)トイレットペーパーの代用

私が子供の頃は、洋式の水洗トイレはなく、和式便所で汲み取り式でしたから、トイレットペーパー代わりに、「落とし紙」として古新聞を適当な大きさに切って使用していました。その後何年か経ってからは、粗末な灰色の古紙を使用するようになりましたが・・・

余談ですが、中国語ではトイレットペーパーのことを「手紙」と言うそうです。ちなみに中国語では手紙のことを「信書」と言います。

(2)習字の半紙の代用

物が不自由な時代だったからか、私の子供の頃は、習字の練習に半紙の代わりに新聞紙を使っていました。さすがに書道塾や学校に提出する分は白い半紙に書きました。何度練習しても失敗するので、白い半紙をむやみに使うのは勿体ないと親が思ったのでしょう。

そう言えば、貧しい発展途上国の子供が地面に文字を書いては消して練習しているのを見たことがありますが、それと似たような発想だったのでしょう。

(3)防湿材・断熱材の代用

昔は必ず、畳と床板の間に古新聞を敷き詰めていました。そして年に一度の大掃除の時に、畳を上げて、天日干しして埃を叩いて出します。そして古新聞を取り替えます。これは湿気を古新聞に吸わせて防湿材の代用にするとともに、床下の寒気が上がって来るのを防いでいたのだと思います。

余談ですが、畳の下の古新聞については面白い思い出があります。

私の家でも座敷や茶の間・仏間などの畳は毎年上げて大掃除していましたが、納戸になっている部屋は長らく畳を上げていませんでした。ある年、久しぶりに納戸の畳を上げて古新聞を見ると、昭和20年の終戦直後の新聞が出て来ました。黄ばんだその新聞の「社説」を読んでみると、「民主国家日本の建設に向けての高らかな決意表明」のようなものでした。

その時は、終戦の直後で虚脱感に打ちひしがれている国民が多かった(私の想像ですが)にも拘らず、前向きな考えが新聞に示されていたことに私はいたく感銘しました。

しかし、今考えると、マスコミの無節操で狡猾な「変わり身の早さ」「豹変」「占領軍へのお追従」と読めなくもありません。

大多数の国民は、「買い出し列車」に鈴なりになって乗り、食糧の確保に必死で、農家の人と着物と交換に米や農作物を手に入れるという苦労を重ねていたのではないかと思います。しかし、窮屈な軍国主義や絶対天皇制などから解放され、空襲の恐怖も去ったおかげで、当時は貧しく苦しい「タケノコ生活」でも明るい未来への希望が確かにあったと思います。

(4)五右衛門風呂や七輪の焚き付け

私が子供の頃の家の風呂は五右衛門風呂で、家の外にありました。風呂の焚き口に薪(まき)とともに、古新聞を焚き付けとしてくべます。そしてマッチで火をつけ、火吹き竹を吹いて風呂を焚きました。



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