「蝋人形」や「生き人形」はリアルに実在の人間を模していて不気味でもある

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エリザベス女王一家の蠟人形

<2022/9/9追記>エリザベス女王(1926年~2022年)が9月8日、老衰のため96歳で亡くなりました。謹んでご冥福をお祈り致します。

上の画像は、「エリザベス女王一家の集合写真」ではなく、ロンドンの「マダム・タッソー蠟人形館」にある「蠟人形」です。本物そっくりですね。

1.蝋人形とは

「蝋人形」(ワックス彫像)とは、「蝋を素材にして作った人形」「蝋で作られた彫刻」です。

ヨーロッパでは14世紀ごろまで「葬儀用の人形」として使われ、親しい死者の記念にこの人形を教会の壁に並べる風習がありました。それが次第に子供相手の玩具にもなりました。

17世紀ごろから制作の中心地はオーストリアへ移り、またフランス、イギリスなどでも盛んに作られるようになりました。歴史上の有名な人物のおもかげをそのまま人形化して伝え、ありのままの姿を知りたいという欲求に応じて発達しました。

「生きているように」作られているのが特徴で、精巧なものは本物の毛髪を用い、眉毛なども1本1本植え込みました。

18世紀にはフランスでファッション・デザイナー用のヘア・モデル人形も登場しましたが、19世紀にはイギリスで目の動く蠟人形が作られました。

マリー・タッソー

スイスのマリー・タッソー(1761年~1850年)(上の画像)は、フランス革命の際ギロチンで処刑された王族たちの頭部を蝋細工に作った蝋人形製作者として有名で、ロンドンに自作の蝋人形館「マダム・タッソー蠟人形館」を開設し、世界の蝋人形館の草分けとなりました。

ビートルズ蝋人形

蝋人形は写実的な彫塑に着色したうえ蝋をかける独特の製作技法に特色があります。

LONDON ロンドン マダムタッソー Madame Tussauds Attractions

2.生き人形とは

「生き人形」とは、人形細工の一種で、「活人形」とも書きます。おもに等身大で生きている人のように写実的に作られています。

江戸時代初期から各種の人形細工の「見世物興行」が生まれましたが、幕末になってこの生き人形の見世物が台頭しました。

1852年に大坂で、人形師大江新兵衛が張り子細工で等身大の役者似顔人形を作って興行しました。翌年には江戸で、京都の大石眼竜斎(がんりゅうさい)が両国橋の盛り場に同様の見世物を出し、当たりを取りました。

続いて1854年に大坂・難波新地で、九州熊本の松本喜三郎が異国人物人形を張り子細工に作り、「活人形」として興行したのがこの名前の始まりとなりました。

喜三郎は、翌1855年江戸・浅草観音の開帳にこの活人形を見世物興行し、さらに1856年には浅草奥山で興行して評判となりました。

歌川国芳の「浅草奥山生人形」(1855年)という絵(下の画像)もあります。

浅草奥山生人形

その後、明治初期まで全国各地を巡業し、「西国三十三箇所観世音霊験記(れいげんき)」が代表作とされています。

下の画像は、松本喜三郎作の「谷汲観音像」(熊本県「浄国寺」)です。

松本喜三郎の生き人形

また喜三郎と並ぶ人形師に安本亀八がいました。亀八は東京・団子坂の「菊人形」にこれを応用し、芝居の小道具の切り首も製作しました。

生き人形の興行は、浅草花屋敷の見世物として昭和初期まで存続しました。そのほか展覧会や呉服店の陳列などにも利用されましたが、「マネキン人形」の登場で新旧生き人形が交代しました。

私も子供の頃、大阪府枚方(ひらかた)市にある「ひらかたパーク」(略称「ひらパー」)の「菊人形」を毎年のように見に行きました。

ひらかた菊人形

3.「蝋人形」や「生き人形」と似て非なるもの

(1)ミイラ

火葬や土葬ではなく、亡くなった人の姿をとどめておきたいという欲求から、古代エジプトなどでは「ミイラ」が作られました。

ミイラ作りの風習は、世界のご大陸に広く分布しているそうです。古今東西を問わず、人間は生前に自分たちと関係深かった人の死を愛惜して追憶しますが、腐敗・解体する遺体には恐怖と嫌悪感を覚えます。

いわば「保存」と「破壊」の二極があり、日本の火葬方式は、腐る遺体を破壊し、遺骨を大切に保存します。一方、遺体を破壊せず腐らせずに保存できるように工夫したのが、ミイラ作りの文化です。

(2)エンバーミング

レーニン・エンバーミング

死後90年以上も経っているのに、まるで生きているようなレーニン(1870年~1924年)の遺体が、モスクワの「レーニン廟」に安置されています。

これは「エンバーミング」と呼ばれる技術で、遺体の各部をプラスチックやほかの物質と取り換えて、防腐処理をするものです。

遺体の状態の劣化を防ぐための100年にもわたるロシアの研究者の試行錯誤の結果で、実社会の医学の応用にも貢献できる技術だそうですが、この遺体保存手段については長らく不明のままであったため、「剥製説」や「蝋人形説」も語られていました。

ちなみに、レーニンの「エンバーミング」はスターリンの命令によって行われたそうです。

レーニン自身は普通の墓に埋葬してほしいと思っていたようで、元文化大臣のウラジミール・メディンスキーは、「レーニンが死後88年も安息できないのはおかしい」と語っています。

ただ、プーチン大統領は、「昔を知る多くの高齢ロシア人にとって、レーニンは相変わらずロシアの象徴である」として、埋葬の決定を何度も延期しています。

スターリンにしてもプーチン大統領にしても、レーニンの遺体は「国民を結束させる道具」として有用と考えたようで、「レーニンは死後も利用され続けている」と言えます。

古来日本の権力者が、「天皇」を自らの権威付けに利用してきたのと似ています。

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