選手ファーストで安心・安全な東京五輪を開催すべき!「五輪中止論」は理不尽

フォローする



東京五輪招致

2013年9月に「東京五輪開催決定」を喜ぶ当時の安倍首相や猪瀬東京都知事、見事な「お・も・て・な・し」のプレゼンテーションをした滝川クリステルさんたちの姿を伝えるニュース映像は、今でも私の脳裏に焼き付いています。

しかし最近、急に「五輪中止論」が喧(かまびす)しくなってきました。

「池江璃花子選手への五輪辞退を求めるメール問題」や国会での枝野幸男立憲民主党代表による「首相への五輪中止を要請する質問」、宇都宮健児弁護士による「五輪中止署名活動」、「大坂なおみ選手や錦織圭選手による五輪開催の是非を議論する必要があるとの意見」や「中止を求める意見が多い世論調査結果」など枚挙にいとまがありません。

1.理不尽な五輪中止論の背景

(1)コロナの感染拡大不安に基づくもの

これは、小池東京都知事や吉村大阪府知事、中川日本医師会会長などの度重なる自粛要請の発言や連日のマスコミ報道で、コロナや変異株の恐ろしさが伝えられるため、感染拡大不安を煽られている多くの国民の意見だと思います。

これが「中止を求める意見が多い世論調査結果」に表れているのだ思います。

マスコミがコロナだけを特別視して、国民の不安を煽り続ける報道姿勢には問題があると私は思います。

(2)野党が自民党攻撃のために政治問題化したもの

立憲民主党や共産党などは、政府・自民党を攻撃するために「五輪中止論」を振りかざし、故意に政治問題化しているように私は思います。

政府による「三度目の緊急事態宣言」は、「人流抑制」など効果の見込めないまずい政策ですが、コロナを政争の道具にし、「国民の命と安全を守るのか、五輪開催を強行するのか」といった二者択一的な追及は誤りだと思います。

五輪開催につき西村大臣の反論

5月13日の参院内閣委員会で、立憲民主党の杉尾議員が西村経済再生担当大臣の5月9日のテレビ番組での「池江璃花子選手の活躍を見たい人もいる」という発言を、「池江選手を利用していると言われても仕方ない」と批判しました。これは全く的外れの批判です。

これに対して西村大臣は「池江選手のみならず色んな種目をみんながんばっていて、その活躍を見たい国民も多いと思うし私もそう思う」と反論しました。これは至極真っ当な反論です。

立憲民主党こそ、「五輪中止論を政治利用している」と言っても過言ではありません。

(3)コロナ感染対策の努力・効果を無視した情緒的な反対論

飲食店や百貨店などの大規模商業施設、スポーツイベント主催者によるコロナ感染対策の努力を全く無視した営業自粛要請や無観客開催要請は不当な営業制限だと私は思います。

映画館や美術館・博物館、図書館の閉館に至っては「謎対策」です。

このようなコロナ感染対策の努力・効果を無視した情緒的な五輪反対論もあります。

(4)五輪開催か中止かの決定権がIOCにあることを知らない人による反対論

「五輪開催か中止かの決定権」は政府や東京都、組織委員会にはありません。ましてや選手にはありません。

あくまでも決定権はIOCにあります。それを知らない人が決定権のない人に対して、「五輪を中止せよ、反対せよ、辞退せよ」と迫るのは、「お門違い」「筋違い」も甚だしいものです。

(5)五輪中止による経済的損失が五輪開催を上回ることを知らない人による反対論

五輪中止となれば、少数観客や無観客による五輪開催よりも経済的損失が大きくなることを知らない人による反対論もあります。

開催場所を提供する立場の日本が五輪中止をIOCOに申し入れるとなれば、IOCに対する巨額の賠償金支払い義務が発生します。

また五輪中止による経済的損失は4~8兆円に上るとの試算もあります。SMBC日興証券の試算では、経済的損失額は7.8兆円で、GDPを1.4%程度押し下げるということです。関西大学の宮本勝浩名誉教授の試算では、経済的損失は4.5兆円で、簡素化した開催の場合の経済的損失1.4兆円をはるかに上回ります。

(6)高橋洋一氏のいわゆる「さざ波ツイート」に対する言葉狩りのような批判

高橋氏の「さざ波ツイート」はよく読めば、諸外国に比べて日本の感染状況の少なさを客観的にデータで示したもので、この状況で「五輪中止」と言えば世界中の笑い者になるということで至極真っ当な意見です。YouTube「高橋洋一チャンネル」でも重ねて説明しています。

これに対して、全体を理解せず一部を切り取って「さざ波とは何事か!」と「五輪賛成論」をヒステリックに批判するのは、最近の日本の「不寛容社会」とも呼ぶべき悪い風潮です。

余談ですが、「さざ波」は漢字で「小波」「細波」とも書きますが、一字では「漣」と書きます。

(7)海外の新聞が無責任に五輪中止を主張しているのに同調する反対論

ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストの無責任で為にする(あるいは悪意ある)五輪中止論があることを引き合いに出す反対論もあります。

しかし、海外の新聞は「不偏不党」ではありませんし、「お為ごかし」の主張もあります。そういう無責任な論調に安易に同調するのは、主体性のない証拠です。

2.東京五輪に向けて一生懸命頑張ってきた選手のことをもっと考えるべき

2020年春ののセンバツ高校野球や夏の高校野球を中止した高野連の決定は、「工夫して開催するという努力を放棄した無責任な対応」だったと私は思っています。

2020年はその他のスポーツ大会の中止も相次ぎました。

確かに昨年は「コロナの正体」がまだわかっておらず、治療薬やワクチンもなかった恐ろしい「パンデミック」ということで対応も難しかったと思います。

しかし、現在は変異株も含めて「コロナの正体」もわかり、各種の感染対策が工夫・実施され、ワクチン接種も順次開始されており、昨年とは状況が違います。

今は「五輪中止論」の圧力が強いため、「五輪をぜひ開催してほしい」と選手から声を上げにくいような状況です。

これでは東京五輪に向けて一生懸命頑張ってきた選手たちがかわいそうです。選手たちの夢を政治の都合で理不尽に奪うべきではありません。

その意味で、SNSで五輪辞退を求められた池江璃花子選手の毅然とした態度は立派でした。2020年7月23日の彼女の「東京五輪へのメッセージ」も印象深く、感動的でした。

池江璃花子

新型コロナの感染再拡大で揺れる東京五輪・パラリンピックは、開催可否に寄せる選手の意見にも注目が集まっています。

メイン会場となる国立競技場で5月11日に行われた「パラ陸上のテスト大会」に臨んだ有力選手の多くは、中止論が強まる現状に理解を示した上で、開催を願う声を上げました。

義足ジャンパーの中西麻耶は「人の命を犠牲にしてまで活躍したい選手はいない」と複雑な心境を明かしました。

一方、前回リオ大会の女子400mで銅メダルを獲得した辻紗絵は「選手として開催可否はコントロールできない」と前置きし、「私自身も人生を懸けて取り組んでいる。生活も懸かっているし、遊びではない」と胸中を吐露しました。

3.安心・安全な形の開催に努力している関係者のことも考えるべき

IOCやJOC、組織委員会など東京五輪の関係者は、選手全員にワクチン接種し、観客数を制限(「無観客」の可能性もあります)し、海外からのコーチなど大会関係者・報道関係者数を制限し、その他の感染対策も徹底して安心・安全な形での開催のために努力しているわけです。

東京五輪はこのような感染対策を徹底し、観客数や入国者数を制限した上でぜひとも安心・安全なオリンピックを実施すべきだと私は思います。

ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村