最近は「プレバト」というテレビ番組のおかげで、ちょっとした「俳句ブーム」になっているようです。
私は以前から俳句には興味があり、前に「松尾芭蕉」「与謝蕪村」「宝井其角」「正岡子規」「中村草田男」などについて記事を書いています。
今回は山のつく面白い季語をいくつかご紹介したいと思います。
1.山笑う
「山笑う」は「春」の季語です。
意味は「新しい草花が芽吹いてきて、それに春の陽があたり、山全体にのどかで明るい感じがする春の山の様子」を表現したものです。
由来は、中国・北宋の山水画家の郭熙(かくき)(1023年頃~1085年頃)が著した画諭「臥遊録(がゆうろく)」にある次の文章です。
春山淡冶(たんや)にして笑うが如く、夏山蒼翠(そうすい)にして滴(したた)るが如く、秋山明浄(めいじょう)にして粧(よそお)うが如く、冬山惨淡(さんたん)として眠るが如く
例句としては次のようなものがあります。
・笑ふ山めぐらし梅に住める人 高浜年尾
・故郷やどちらを見ても山笑ふ 正岡子規
・筆取りてむかへば山の笑ひけり 大島寥太
2.山滴る
「山滴る」は「夏」の季語です。ほかに「滴る」「苔滴り」という使い方もします。
意味は「若葉から濃い緑になり、その緑の葉から水が滴るようなみずみずしさが美しい夏の山の様子」を表現したものです。
由来は「山笑う」と同じく「臥遊録」です。
例句としては次のようなものがあります。
・笠一つしたたる山の中を行く 正岡子規
・滴りの打ちては揺るる葉一枚 富安風生
・ひと亡くて山河したたる大和かな 角川春樹
3.山粧う
「山粧う」は「秋」の季語です。ほかに「野山の錦」「紅葉の錦」「草の錦」という使い方もします。
意味は「紅葉や黄葉で美しく彩られた秋の山の様子」を表現したものです。
由来は「山笑う」と同じく「臥遊録」です。
例句としては次のようなものがあります。
・眼をつぶれば今日の錦の野山かな 高浜虚子
・九重を中に野山のにしきかな 大島寥太
・山の神来てゐるらしき山粧ふ 井上 雅
4.山眠る
「山眠る」は「冬」の季語です。
意味は「眠るように静まっているもの寂しそうな冬の山の様子」を表現したものです。風も雪もないおだやかな日和(ひより)の山を詠んだ句が多いようです。
由来は「山笑う」と同じく「臥遊録」です。
例句としては次のようなものがあります。
・山眠る如く机にもたれけり 高浜虚子
・天龍へ崩れ落ちつつ眠る山 松本たかし
・浅間山空の左手(ゆんで)に眠りけり 石田波郷
5.登山
山の俳句を「山岳俳句」と言いますが、「登山」というのは「夏」の季語です。「山登り」「登山口」「登山宿」「夏山路」「登山電車」「登山杖」という使い方もします。
登山は何も夏に限ったことではなく、「冬山登山」もあれば、春や秋にも行われます。
しかし西洋から「冬山登山(雪山登山)」のようなスポーツと趣味を兼ねた「近代登山」が入って来たのは明治時代です。「日本アルプス」と命名したのも、お雇い外国人だったイギリスのゴーランドです。
昔は登山は「山伏の山岳修行」や、庶民が信仰の対象としての山に登る「富士詣」「富士講」など、宗教や信仰と深く結びついて行われて来ました。そのような経緯もあって「夏」の季語になったものと思われます。ちなみに「山開き」も「夏」の季語です。
例句としては次のようなものがあります。
・健やかな吾子(あこ)と相見る登山驛 杉田久女
・登山バス躍り乗合相親し 松尾静子
・岩の扉にひびき倒れぬ登山杖 武石佐海
6.「〇の山」と春夏秋冬をつけただけの季語
安直な季語のようですが、「山笑う」「山滴る」「山粧う」」「山眠る」のような固定観念、先入観に囚われない自由な発想の出来るところが魅力です。
(1)春の山(「春山」「弥生山」「春山辺」)
・春山の深くもなきに迷ひけり 松尾いはほ
・春山の胎内へ汽車もぐり込む 西東三鬼
・奔流や春山の闇脱がれむと 瀧 春一
(2)夏の山(「夏山」「夏嶺(なつね)」「青嶺(あおね)」)
・夏山の立ちはだかれる軒端かな 富安風生
・頬杖をつけば夏山眉の上 山口青邨
・七月の青嶺まぢかく熔鑛爐 山口誓子
(3)秋の山(「秋嶺(しゅうれい)」「秋の峰」「山の秋」)
・人にあひて恐ろしくなりぬ秋の山 正岡子規
・見下ろせば秋の山々我をめぐる 高浜虚子
・女湯もひとりの音の山の秋 皆吉爽雨
(4)冬の山(「冬山」「冬嶺(ふゆね)」「冬山路(ふゆやまじ)」「冬山家(ふゆやまが)」
・冬山の日當(あた)るところ人家かな 村上鬼城
・冬山の倒れかかるを支へ行く 松本たかし
・冬山に乾き棲みつくひとの顔 鈴木六林男