日本語の面白い語源・由来(その7)鷹揚、めげる、頓珍漢、ちりとてちんなど

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鷹揚

1.鷹揚(おうよう)

「鷹揚」とは「鷹が悠然と大空を飛ぶ姿がいかにも自信に満ちおおらかであるように、小さなことにこだわらずゆったりとしているさま」「ゆったりとして威厳があるさま」「おっとりとして上品なさま」のことです。

「大様(おおよう)」も、元々は別語ですが同様の意味です。ただし「大様」には「大雑把な人」というネガティブな響きがあります。

なお、上記のような一般的な意味のほかに、「動作のゆっくりしているさま」「世に出ること。名を成すこと」という意味もあります。

「鷹揚自若」という四字熟語がありますが、これは「泰然自若」とよく似た言葉で、「小さなことにこだわらず、ゆったりとして落ち着いているさま」のことです。

「鷹揚」という言葉は、中国最古の詩集「詩経」に収められている詩に由来します。もともとは「ゆったりとして威厳があり、勇敢で武芸に優れている人」という意味でした。

日本では近世以降(安土桃山時代~江戸時代)にこの「鷹揚」という言葉が使われ始めますが、この時点で原義の「武芸に優れた」という意味は失われ、「ゆっくりとした動作」「出世して名を上げる」「気品がありゆったりとしている」という意味になりました。

2.めげる

「めげる」とは「気力が失われる。負ける。ひるむ」という意味です。「逆境にもめげず頑張る」などと使います。

現代では多く「打消し語」を伴って用いますが、この言葉はもともと「めぐ」という古語で、「こわれる。欠け損じる」という意味です。

余談ですが、夏目漱石は「三四郎」という小説の中で、「(め)げる」という「当て字」を使っています。

「濃やかな肉が、程よく色づいて、強い日光に負(メ)げない様に見える上を・・・」

3.頓珍漢(とんちんかん)

トンチンカン鍛冶屋

「頓珍漢」とは、鍛冶屋(かじや)が相槌(あいづち)を打つ音を漢字を当てて表したものです。いつも交互に打たれてその音が揃わないことから、「物事のつじつまが合わないこと。見当違いであること。またそのさま」「間の抜けた言動をすること。また、そのさまや人のこと」です。

オノマトペ」(擬音語・擬声語・擬態語)の一種です。

4.ちりとてちん

三味線芸者祇園囃子

NHKの朝ドラ「ちりとてちん」で一躍有名になりましたね。

NHK朝ドラちりとてちん

「ちりとてちん」は「三味線の音のオノマトペ(擬音語)」です。祇園囃子の「コンコンチキチン コンチキチン」や三味線の「チン・トン・シャン」のようなものです。

落語の「ちりとてちん」は、大阪で生まれた古典落語で、江戸落語では「酢豆腐」と呼ばれます。旦那が「知ったかぶり」を繰り返す隣人に一泡吹かせようと、腐った豆腐に味付けし、「長崎名産ちりとてちん」と名付けて食べさせる噺です。

どんな味かと問われた隣人が、「腐った豆腐の味がします」というのがサゲ。「ちりとてちんは一口に限ります」と続くバージョンもあります。

5.珍紛漢紛(ちんぷんかんぷん)

ちんぷんかんぷん

「珍紛漢紛」とは「ちんぷんかん」に「ぷん」を重ね、響きをリズミカルにした言葉です。

「ちんぷんかん」は江戸時代から多く使われるようになった言葉で、儒者の用いた難解な漢語を冷やかしてまねた造語からか、外国人の話す言葉の口真似をしたもので、教養のなかった当時の人々によって作られた言葉とされています。

「さっぱりわからない」という意味を表す非常に良く出来た「オノマトペ(擬態語)」のように私には感じられます。

なお、中国語には「聞いてもわからない」という意味の「チンプトン」という言葉と、「見てもわからない」という意味の「カンプトン」という言葉があり、この「チンプトン、カンプトン」から出来たとする説もあります。

しかし、「ちんぷんかんぷん」が言葉が全くわからない状況のみを意味していたことや、教養のなかった人々によって広まった背景などを考えると、この説は不自然で「牽強付会(けんきょうふかい)」(こじつけ)のようです。

6.浴衣(ゆかた)

浴衣姿の男女浴衣

「浴衣」は、「浴衣美人」という言葉もあるように、暑い夏に女性の涼しげな姿を演出する着物ですね。最近は、祇園祭の囃子方など以外は男性が着ることはほとんどありませんが、かつては浴衣姿の男性もよく見かけました。

「浴衣」の語源は、平安時代や江戸時代に使われていた「湯帷子(ゆかたびら)」という和服です。

平安時代の風呂は「蒸し風呂」で、現代のように湯船につかるという形ではありませんでした。「湯帷子」は薄い麻布で作られており、蒸し風呂でのやけどを防ぐためなどに用いられていたと言われています。

安土桃山時代頃に裸で湯につかる入浴習慣が生まれると、湯上りに肌の水分を吸い取らせるために着られるものとなりました。

江戸時代になり木綿が普及すると、麻織物に代わってより吸水性の高い綿織物の着物が用いられるようになり、「湯上り用の着物」として広く庶民に愛好されるものとなりました。

これが現在の「浴衣」のもととなり、名前も「ゆかたびら」から「ゆかた」に変化しました。

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