残念な天皇の話(その7)。元明天皇は夫と息子が早世し必死で孫を天皇にした!

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元明天皇

元明天皇と聞いてどんな天皇だったピンとくる人はよほどの歴史好きの人か歴代天皇に特に興味のある人だと思います。「聖武天皇の祖母」と言えば、「ああ、そうだったのか」という人がほとんどではないでしょうか?

そこで今回は元明天皇についてわかりやすくご紹介したいと思います。

1.元明天皇とは

元明天皇系図

第43代元明(げんめい)天皇(661年~721年、在位:707年~715年)は、第38代天智天皇(626年~672年、在位:668年~672年)の第四皇女で、母は蘇我倉山田石川麻呂の娘・姪娘(めいいらつめ)です。

第40代天武(てんむ)天皇(?~686年、在位:673年~686年)の皇太子・草壁皇子(くさかべのみこ)(662年~689年)の妃となり、氷高皇女(ひだかのひめみこ)と軽皇子(かるのみこ)を産みました。

2.夫が早世する不幸に見舞われる

686年に天武天皇が崩御した後、皇后が朝政を執り、彼女の夫の草壁皇子が皇位を継ぐはずでしたが、草壁皇子は即位することなく689年に27歳の若さで早世しました。

そのため、天武天皇の皇后が第41代持統天皇(645年~702年、在位:690年~697年)として45歳で即位しました。

3.さらに息子が早世する不幸にも見舞われる

草壁皇子の死後は、息子の軽皇子が皇位を継ぐべき人物として期待を一身に集め、持統天皇の譲位を受けて14歳の若さで第42代文武(もんむ)天皇(683年~707年、在位:697年~707年)として即位しました。しかし24歳の若さで早世してしまいます。

4.孫が成長するまでの「中継ぎ」として自ら女性天皇となる

彼女の頭の中は、愛する孫に皇位を継がせ、「天武天皇の皇統を守る」ことでいっぱいだったようです。

しかし文武天皇の遺児で、彼女にとっては孫にあたる6歳の首皇子(おびとのみこ)を直ちに即位させることは無理なため、孫が成長するまでの「中継ぎ」として、707年に彼女自ら元明天皇として即位しました。

5.高齢のため「中継ぎの中継ぎ」として娘の氷高皇女に譲位して女性天皇として即位させる

彼女が54歳の時、高齢のため娘の氷高皇女に譲位し、第44代元正(げんしょう)天皇(680年~748年、在位:715年~724年)として35歳で即位させました。

元正天皇は日本で5人目の女性天皇ですが、それまでの女性天皇が皇后や皇太子妃であったのに対し、結婚経験がなく独身で即位した初めての女性天皇です。

6.皇位継承に望みを託した孫がめでたく即位し聖武天皇となる

そして、彼女自身と娘との必死の「皇位中継ぎ」の努力の甲斐あって724年、首皇子は23歳で第45代聖武(しょうむ)天皇(701年~756年、在位:724年~749年)としてめでたく即位しました。

彼は「大仏造立」や「天平文化」で有名な天皇で、皆さんもよくご存知ですね。



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