私が子供の頃は、家で餅を撞(つ)いて丸餅もかき餅も作っていましたので、上の画像のように三方(さんぽう/折敷に台がついたお供え用の器)に丸餅を二段重ねにして、その上に橙(だいだい)を乗せて「鏡餅(かがみもち)」として飾りました。
最近は「真空パックの鏡餅」(下の画像)も売られていますので、こちらを利用するご家庭も多いのではないかと思います。
ところで、この「お正月には鏡餅」という慣れ親しんだ風習ですが、あらためて考えてみると、疑問に思うことが多いはずです。
一体なぜ飾るのか、なぜ「鏡餅」というのか、なぜ丸い餅を2段重ねるのか、また、なぜ「鏡開き」をするのでしょうか?
1.鏡餅とは
(1)意味
「鏡餅」は、新年の神様である「年神様」の依り代(よりしろ)です。
(2)正月に飾る理由
そもそも一連のお正月行事というのは、新年の神様である「年神様」を家に迎えて・もてなし・見送るための行事ですが、お迎えした年神様の居場所が鏡餅です。
鏡餅の役割は、それだけではありません。年神様は、新しい年の幸福や恵みとともに、私たちに魂を分けてくださると考えられてきました。その魂の象徴が鏡餅です。
魂というと驚きますが、生きる力、気力だと思ってください。昔は、年の初めに年神様から新年の魂を分けていただく、つまり、一年分の力を授かると考えられていたのです。分かりやすい例に「数え年」があります。毎年魂を分けていただくということは、その数を数えれば年齢になります。そこで、生まれた時が1歳で、その後は元旦がくるたびにみんな一斉に年をとる「数え年」だったわけです。
では、どうやって年神様から魂を分けていただくのでしょうか? 家にいらした年神様は鏡餅に依りつきます。すると、鏡餅には年神様の「御魂(みたま)」が宿ります。この鏡餅の餅玉が、年神様の御魂であり、その年の魂となる「年魂」です。そして、年魂をあらわす餅玉を、家長が家族に「御年魂」「御年玉」として分け与えました。これがお年玉のルーツで、玉には魂という意味があります。
この餅玉を食べるための料理が「お雑煮」で、餅を食べることで体に魂を取り込みました。ですから、お雑煮には餅が入っており、お雑煮を食べないと正月を迎えた気がしないという感覚は正しいのです。餅というのは稲の霊が宿るハレの日の食べ物で、食べると生命力が与えられるとされています。
また、鏡餅には「歯固め」という意味も含まれていました。歯は生命の維持にとても大切で、丈夫な歯の持ち主は何でも食べられ、健康で長生きできます。そこで、固く丈夫な歯になるよう願い固いものをいただく行事を「歯固め」といい、固くなった鏡餅を食べました。現在の鏡開きは「歯固め」の名残です。
(3)名前の由来
昔の鏡に由来します。昔の鏡というのは丸い形をした銅鏡(上の画像)ですが、古くは弥生時代から使われ、「三種の神器(じんぎ)」の一つでもあります。鏡は、日の光を反射し太陽のように光ることから、日本神話で太陽の神様とされる天照大神に見立てられ、神様が宿るものと考えられるようになりました。伊勢神宮をはじめ、鏡をご神体としているところもたくさんあります。
そこで、稲の霊が宿った神聖なものとして神様に捧げられるお餅を、神様が宿る丸い鏡に見立てて「鏡餅」と呼ぶようになり、年神様の居場所(依り代)として正月にお供えするようになりました。
(4)二段重ねにする理由
丸い形は、前述のように昔の丸い鏡を模しており、魂の象徴でもあります。大小2段で「月」と「太陽」、「陰」と「陽」を表していて、福徳が重なる月(陰)と日(陽)を表すものです。円満に年を重ねる、夫婦和合などの意味も込められています。
2.鏡餅の飾り方
一般的には、三方(さんぽう/折敷に台がついたお供え用の器)に白い紙、または四方紅(四方が紅く彩られた和紙)を敷き、御幣(ごへい)または紙垂(しで)、裏白、譲り葉などの上に鏡餅をのせ、昆布、橙などを飾ります。また、地方や家によっては、串柿、勝栗(かちぐり)、五万米(ごまめ)、黒豆、するめ、伊勢海老などの縁起ものを盛ります。大事な鏡餅を供えるために、神聖な品々や縁起の良いものを添えていくわけです。
ひとつひとつに正月にふさわしい意味があるので、思いを込めてお供えします。
3.橙や干し柿などの意味
(1)裏白(うらじろ)
シダの一種で、表面は緑色ですが、裏面が白いので後ろ暗いところがない清廉潔白の心を表します。また、葉の模様が対になって生えているので、夫婦仲むつまじく相性の良い事、白髪になるまでの長寿を願います。
(2)譲り葉(ゆずりは)
新しい葉が出てから古い葉が落ちるので、家督を子孫に譲り、家系が続くことを表します。
(3)昆布(こぶ)
養老昆布(よろこぶ)=喜ぶの意。古くは昆布の事を「広布」(ひろめ)と言い、喜びが広がる縁起もの。さらに蝦夷(えぞ)で取れるので夷子布(えびすめ)と呼ばれ、七福神の恵比寿に掛けて福が授かる意味合いもあります。また、「子生」(こぶ)と書いて子宝に恵まれるよう願います。
(4)橙(だいだい)
「代々」とも書きます。果実は冬に熟しても落ちにくいため数年残ることがあり、1本の木に何代もの実がなることから、長寿の家族に見立てて家族繁栄、代々家が続くことを表しています。
(5)串柿(くしがき)
干し柿を串に刺したもの。柿は「嘉来」に通じる縁起もので、干し柿は「見向きもされない渋柿でも、修練の末には床の間の飾りにもなる」という高い精神性を表します。串に刺した串柿は三種の神器の剣を表し、「鏡=鏡餅、玉=橙、剣=串柿」で三種の神器を表すとも言われています。
4.鏡餅を供える場所
鏡餅を飾る場所は、住宅事情によって異なりますが、鏡餅の意味を考えると、判断しやすくなります。
鏡餅は年神様の依り代(よりしろ)です。年神様は新年を司る神様ですが、ご先祖様であり、農耕の神様でもあると考えられており、新年の幸福や恵みをもたらすために家々にやってきて、鏡餅に依りつくとされています。お供えした場所に依りついてくださいますので、鏡餅は1つに限らず、複数お供えしても良いわけです。
そう考えると、まずはメインの鏡餅を床の間へ、小さめのものを神棚や仏壇にお供えします。床の間がない場合には、リビングのように家族が集まる場所に飾ります。年神様がいらっしゃるところですから、テレビの上のような騒がしい場所や、見下すような低い場所ではなく、リビングボードの上などにきちんとお供えします。供える方角は、その年の恵方、または南向き、または東向きが良いと言われています。
その他にも、台所、書斎、子ども部屋など、年神様に来ていただきたい大事な場所にお供えします。
5.鏡餅を飾る時期
鏡餅を飾る日は、12月29日と31日を避ける習わしがあります。29日は苦餅(苦持ち)、二重苦に通じ、31日は葬儀と同じ一夜飾りに通じて縁起が悪いとされているからです。従って、12月28日までに飾るか、遅くとも30日に飾りつけると良いとされています。
なお、29日を「ふく」と読み、12月29日についた餅を「福餅」と呼んだり、福を呼ぶよう29日に飾るところもあります。
年が明けたら、1月11日の鏡開きに、お供えしていた鏡餅をおろして食べます。
松の内が15日までという地域では、15日に鏡開きをする場合もあります。鏡餅は、供えて→おろし→開いて食べることに意義があるので、雑煮やお汁粉、かきもちなどにして全て食べることが大切です。
6.「鏡開き」の意味と由来
鏡餅をずーっと飾っておいたり、食べずに処分してはいけないのでしょうか? 鏡餅を飾っておくだけだと、年神様にお供え物をしたにすぎません。
鏡餅は単なるお供え物というよりも、年神様が宿るところだと考えられているため、鏡餅を開くことで年神様をお送りするという意味もあります。
また、年神様の力が宿った鏡餅をいただくことでその力を授けてもらい、1年の一家一族の無病息災を願います。鏡餅は、供えて、おろし、開いて食べてこそ意義があるのです。ですから、小さなかけらも残さず食べてください。
さらに、鏡餅には「歯固め」という意味もあり、「鏡開き」は「歯固め」の儀式に由来します。丈夫な歯の持ち主は何でも食べられ長生きできるので、新年の健康と長寿を願い、固くなった鏡餅を食べました。
「鏡開き」で正月に一区切りつけるということは、その年の仕事始めをするという意味がありました。武士は具足などを納めていた櫃(ひつ)を開き、商家では蔵を開き、農村では田打ちという作業をして1年の出発としていました。剣道などの武道で、新年の道場開きに鏡開きをする(またはお汁粉などをふるまう)のは、その名残りです。
もともと武家から始まった行事なので、刃物で切るのは切腹を連想させるため、包丁などの刃物で切るのは禁物で、手で割り砕くか、槌(つち)で開くようになりました。また、「割る」という表現も縁起が悪いので、末広がりを意味する「開く」を使うようになり、「鏡開き」になったのです。
なお、お祝い事で酒樽を割ることも「鏡開き」といいますね。また、 樽酒の蓋を割ってお酒をふるまうことも「鏡開き」といいますが、これは樽酒の蓋のことを酒屋で「鏡」と呼んでいたからだと言われています。
農耕民族の日本人にとって、米からできる日本酒は神聖な意味を持ち、様々な神事を営む際に供えられ、祈願が済むと参列者でお酒を酌み交わして祈願の成就を願う風習があります。これを「直会(なおらい)」と言います。
このお酒が樽で供えられたときには樽の蓋を割ってお酒をふるまうわけですが、やはり縁起の良い「開く」という表現を使うのです。