「初体験」という言葉の読み方は、普通は「はつたいけん」ですが、最近では、特に初めての性交体験については「しょたいけん」という読み方も行われています。
私は長い間「はつたいけん」という読み方しか知らず、あるとき誰かが「しょたいけん」という言葉を上の意味で使っているのを聞いて、最初は違和感を覚えました。
しかし、何度か聞くうちに、「そういう使い方もあるのか」と妙に納得するようになりました。
余談ですが、前に「共通ポイントカード初体験記」「団塊世代の電子マネー初体験記」「シニアのスマホ初体験記」という記事で「初体験」という言葉を使いました。これらは全て一般的な「はつたいけん」という意味です。
「初」という漢字の読み方は、単独の訓読みでは「はじめ(て)」「うい」「うぶ」「そめる」ですが、言葉の頭に付く「接頭語」の場合は「ショ」と「はつ」と「うい」という読み方があります。
これらの使い分けはどのようになっているのでしょうか?
1.「ショ」と「はつ」と「うい」の使い分けについて
(1)「ショ」と「はつ」の使い分けについて
文化庁が編集した「言葉に関する問答集 総集編」(P380~381)では、『「初体験」「初対面」の「初」は「ハツ」か「ショ」か?』という「問」に対して、次のように解説しています。
少し長い文章ですが、興味深いので「初体験について」の項を引用します。
初体験について
この語は、各種国語辞典、漢和辞典、新語・流行語辞典、各種の用字用語集や手引きなどの類、百種余りに当たってみたが、見出し語として採録しているものは、『学研国語大辞典』(昭和53初版)一種だけであった。これによれば、見出しは「はつたいけん」であり、その語釈は、「初めての体験。特に初めて異性と肉体関係を持つこと。」とあり、「しょたいけん」という語形は掲げていないし、見出し語としてもない。なお、この辞典には、「体験」の項に、この語が「下部を構成する語」として、「原ー・初ー」と掲げてあるが、読みは示していない。また『現代国語例解辞典』(昭和60初版)の「体験」の項に、用例の一つとして「初体験」とあるが、やはり、読みは示していない。更に、『朝日新聞の漢字用語辞典』(昭和61初版)の「体験」の項に「原ー・初ー」とあるが、これにも読みは示していない。
次に、『新明解国語辞典 第三版』(昭和56初版)の「体験」の項の用例は「初ハツー」とあり、また『常用漢字送り仮名用字用語辞典』(昭和57初版)の「はつ(初)」の項の熟語の一つに「初体験」とあり、これらは、「はつたいけん」であることが分かる。
以上によって、「初体験」は、「しょたいけん」を全く否定することはできないが、どちらかと言えば、「はつたいけん」の方が優勢であろうと思われる。試みに大学生などの間では、どちらの形を使うかを質問してみたところ、どちらの形も使っているとか、「はつたいけん」は、広く一般に物事の初めての体験に使えるが、「しょたいけん」は、性的体験の場合に限って使うとかの意見もあった。ただし、これは、人数も少なく、正式な調査でもないので、断定はしがたい。
余談ですが、「新明解国語辞典」はユニークな語釈で有名です。
三浦しをんさんが書いた「舟を編む」という面白い小説は、2012年の「本屋大賞」受賞作品で、松田龍平さん主演で映画化もされました。
この主人公馬締光也のモデルは、1959年に三省堂に入社し、1970年代の倒産を乗り越えて再生三省堂で25年間の歳月をかけて「大辞林」を完成させた倉島節尚氏と言われています。
しかし、私には、「新明解国語辞典」の編集者たちをモデルにしているような気がしてなりません。
と言うのは、馬締が語釈を任された『恋』が、『ある人を好きになってしまい、寝ても覚めてもその人が頭から離れず、他のことが手につかなくなり、身悶えしたくなるような心の状態。/成就すれば、天にものぼる気持ちになる』とあり、「新明解国語辞典」の「恋愛」の語釈と酷似しているからです。「大辞林」も「新明解国語辞典」も三省堂の辞書なので、倉島節尚氏はひょっとすると、「新明解国語辞典」の編集にも携わっていたのかも知れません。
また「ショ」と「はつ」の使い分けについては、次のように解説しています。
漢字二字で書き、音読みをする語に、「初(しょ)」「初(はつ)」の接頭語を冠したものには、次のような語がある。
「初(しょ)」:初発(ほつ)心、初転法論、初一念、初感染、初対面、初年度
「初(はつ)」:初演奏、初会合、初冠雪、初協定、初喧嘩、初公開、初参加、初出場、初節句、初対局、初挑戦、初通話、初天神、初登場、初入選、初舞台、初優勝、初輸出、初要請
上記のように、「しょ・・・」という場合は比較的限られているのに、「はつ・・・」という場合は、これ以外にも多くの語がある。したがって、「体験」に冠する接頭語を「ハツ」と訓読することは不自然ではなく、違和感もないようである。
(2)「うい」と「はつ」の使い分けについて
「うい~」は、「初冠」や「初孫」、「初産」などの言葉のように、生まれて初めての出来事に対して用いられることが多い言葉で、昔の名残がある言葉とも言えます。
「はつ」と読む言葉は、「うい」よりも新しい時代の読み方になり、季節や行事、裁判などで、最初に始まったり、最初に起こったりすることに対して用いられています。
「はつ」という読み方は、以前は「うい」と読まれていた言葉に、取って代わって読まれるということも起き始めています。
その例が、生まれて初めて持った孫のことを表す「初孫」で、現在では、「ういまご」とは読まずに、「はつまご」と読む用い方が増えてきています。
また、初めてのお産である「初産」は、昔は「ういざん」と読んでいましたが、現在では、「はつざん」とも読まれています。
ちなみに、「初産」は、医学用語として用いる時には、「しょざん」と読みます。
そのため、「初産」は、現在では、3通りの読み方がある言葉になっています。
2.「ショ」と「はつ」と「うい」の使い分けの具体例
(1)「ショ」という読み方をするケース
初夏、初期、初級、初心、初代、初頭、初歩、初学、初見、初婚、初任、初対面、
初旬、初段、初出、初診、初夜など
(2)「はつ」という読み方をするケース
初恋、初耳、初雪、初音(はつね)
(3)「うい」という読み方をするケース
初陣(ういじん)、初産(ういざん)、初孫(ういまご)、初子(ういご)、初事(ういごと)、初冠(ういこうぶり)
(4)「ショ」と「はつ」の二通りの読み方があるケース
初体験(はつたいけん/しょたいけん)、初春(しょしゅん/はつはる)、初日(しょにち/しょじつ/はつひ)
(5)「うい」と「はつ」の二通りの読み方があるケース
初孫(ういまご/はつまご)
(6)「うい」と「はつ」と「しょ」の三通りの読み方があるケース
初産(ういざん/はつざん/しょざん)