「詭弁」「こじつけ」にまつわる面白い四字熟語。郢書燕説・牽強付会・堅白同異など

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郢書燕説

前に「でたらめ・ほら話にまつわる面白い四字熟語」の記事を書きましたが、「詭弁」「こじつけ」にまつわる面白い四字熟語もあります。

最近の中国の報道官による日本やアメリカに対する反論や韓国の文在寅大統領や外相の反日的言動には、「詭弁」「こじつけ」も多く、眉に唾を付けて聞かないと騙されてしまいます。

1.郢書燕説(えいしょえんせつ)

あれこれ無理にこじつけて、もっともらしく説明することです。

「郢」は古代中国の楚の国の都です。「書」は手紙の意、「燕」は国の名です。出典は「韓非子(かんぴし)」です。

昔、郢の人が燕の宰相にあてて手紙を書いていた時、灯火が暗いので灯火を持つ者に「燭(しょく)を挙げよ」と言ったところ、誤ってその言葉をそのまま筆記してしまいました。

燕の宰相はこれを読んで、これは「賢人を登用せよ」の意であるとこじつけ、その通りやってみると、国がよく治まったという故事です。

余談ですが、元宮崎県知事を務めた「たけし軍団」の芸人「そのまんま東」(本名:東国原英夫)さんの「芸名」を付ける時の面白いエピソードがあります。

たけし軍団のメンバーの芸名をたけしが命名する席が設けられ、他の弟子たちは新しい芸名が与えられましたが、彼だけが芸名を与えられておらず、「殿、私の名前はどうなるのでしょうか?」とたけしに聞いたところ、「お前はそのまんま、東だよ」と言われました。

たけしは命名するのが面倒になって改名前の芸名「東英夫」のまんまでいいよ、という意味で言ったのですが、書記係だったラッシャー板前が勘違いして「そのまんま東」とメモしたことから、そのまんま東という芸名になったそうです。

2.牽強付会(けんきょうふかい)

自分の都合のいいように、強引に理屈をこじつけることです。

「牽強」「付会」はともに、道理に合わないことを無理にこじつけることです。

3.堅白同異(けんぱくどうい)

「堅白同異の弁」の略で、こじつけや詭弁のたとえです。出典は「公孫竜子(こうそんりゅうし)」です。「堅白異同(けんぱくいどう)」とも言います。

中国戦国時代に弁者の間で交わされた議論・論理です。

趙の公孫竜が唱えたのは「堅くて白い石を目で見ると、色が白いことはわかるが堅さはわからない。手で触れると堅さはわかるが色はわからない。よって堅くて白い石は同時には成立しない」というものです。

「白馬非馬」とともに、「公孫竜の詭弁」として有名です。

4.白馬非馬(はくばひば)

こじつけや詭弁のたとえです。出典は「公孫竜子(こうそんりゅうし)」です。

中国戦国時代の公孫竜が唱えた説で、「白馬という言葉は、色を表す白と形を表す馬という二つの概念から成り立っており、単に馬という概念とは同じでなく、よって白馬は馬ではない」というものです。

5.指鹿為馬(しろくいば)

道理に合わないことを承知で、その考えを押し通すことです。間違いを間違いと認めずそのまま押し通すこと、また人を騙して愚弄するたとえです。出典は「史記」です。

中国秦の始皇帝の死後、趙高は権力をほしいままにするため、二世皇帝に「馬でございます」と言って鹿を献上しました。二世皇帝は笑って「これは鹿ではないか?」と左右の群臣に問うたが、ある者は黙り、ある者は趙高に合わせました。正しく鹿と言った者もいましたが、後に趙高によって処罰されたという故事です。

これなどは本当に「人を馬鹿にした話」ですね。

6.漱石枕流(そうせきちんりゅう)

自分の失敗を認めず、屁理屈を並べて言い逃れをすること、負け惜しみの強いことです。

俗世を離れて山中に隠れ住んで自由に暮らす意の「枕石漱流(ちんせきそうりゅう)」を誤ってできた言葉です。「枕流漱石(ちんりゅうそうせき)」とも言います。

「石に漱(くちすす)ぎ流れに枕す」と訓読します。

夏目漱石のペンネームの由来としてあまりにも有名ですね。

「枕石漱流」というのは、「石を枕に、清流で口を漱(すす)ぐ」という隠遁生活を表す言葉ですが、これをある人が「漱石枕流(そうせきちんりゅう)」と言い間違えました。これでは「石で口を漱ぎ、清流を枕にする」ということになります。友人が誤りを指摘しましたが、その人は「負けず嫌い」だったため、「石に漱ぐのは歯を磨くため、流れに枕するのは耳を洗うためだ」と言ってごまかし、訂正しなかったそうです。そこで「漱石枕流」は「負け惜しみが強い頑固者」という意味で使われるようになりました。

7.付会之説(ふかいのせつ)

関係のないものを結び付けて、道理をこじつけること、またこじつけた論説のことです。

8.有厚無厚(ゆうこうむこう)

詭弁のことです。出典は「荀子」です。

「極端に厚いものは、そのものが厚いとか薄いとか言うことができないから、厚いも薄いも同じもので、もともとは厚さという概念などないのだ」という詭弁です。



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