<システィーナ礼拝堂天井画・天地創造 ミケランジェロ作>
『ギリシャ神話』はもともと口承文学でしたが、紀元前8世紀に詩人のヘーシオドスが文字にして記録しました。古代ギリシャの哲学、思想、宗教、世界観など多方面に影響を与え、ギリシャでは小学校で教えられる基礎教養として親しまれています。
絵画ではしばしばモチーフとして扱われ、多くの画家が名作を残しています。文学作品や映画などにも引用され、ゲーム作品でも題材になっていることがあります。たとえば、ディズニー映画の『ヘラクレス』はギリシャ神話をモデルにしたお話です。
『ギリシャ神話』(およびその影響を受けた『ローマ神話』)は、現在まで欧米人にとって「自分たちの文化の土台となったかけがえのない財産」と考えられて、大切にされ愛好され続けてきました。
欧米の文化や欧米人の物の考え方を理解するためには、欧米の文化の血肉となって今も生き続けている『ギリシャ神話』の知識が不可欠です。
「日本神話」は、天皇の権力や天皇制を正当化するための「王権神授説」のような神話なので、比較的単純ですが、『ギリシャ神話』は、多くの神々やそれらの神の子である英雄たちが登場し、しかもそれらの神々の系譜や相互関係も複雑でわかりにくいものです。
前に「ギリシャ神話・ローマ神話が西洋文明に及ぼした大きな影響」という記事や、「オリュンポス12神」およびその他の「ギリシャ神話の女神」「ギリシャ神話の男神」を紹介する記事を書きましたので、今回はシリーズで『ギリシャ神話』の内容について、絵画や彫刻作品とともに具体的にご紹介したいと思います。
第2回は「天地創造と大地の女神ガイア」です。
1.「天地創造」原初の神カオスから、恐るべき女神ガイアが誕生
上の画像は、ミケランジェロの「システィーナ礼拝堂天井画・天地創造」のうちの「アダムの創造」です。
はじめにカオス(混沌)ありき!
この世界の初め、全てのもの、全ての神々に先立ってこの世に初めて生まれたのがカオスです。
カオスは、全てが混沌と混じり合っている巨大な渦であり、その内部はあらゆるものの間に、境界や区別がありません。カオスの中では風さえも吹く方向が定まっていません。
そのため一旦カオスの巨大な口の中に飲み込まれたものは、たちまちのうちに混沌の中に巻き込まれてしまいます。絶えずでたらめな方向に吹き荒れている激しい暴風の渦の中に捕らえられてしまうのです。
一旦カオスの混沌の中に捕らえられたものは、一片の木の葉のように頼りなくあちらこちらへと運ばれ、休みなく移動し続け、底に着地したり、渦の外に抜け出ることもできません。
このようにカオスは、主神ゼウスをはじめとするギリシャ神話体系における原初の神であり、全ての神々や英雄たちの祖にあたります。 オルフェウスによれば、このカオスは有限なる存在全てを超越する無限を象徴しているということです。 カオスの名は「大口を開けた」「空(から)の空間」という意味を持っています。 配偶神はいませんでした。
余談ですが、小惑星カオスはカオスにちなんで名付けられました。
原初の神カオスの中に大地女神ガイアが生まれ、次に誕生したのが男神タルタロス(奈落。地底の底にある地獄)、男神エロース(エロス)(愛の神)、男神エレボス(地下の暗闇の神)、女神ニュクス(無気味な夜の神)です。
<ガイア アンゼルム・フォイエルバッハ画>
2.母ガイアは息子ウラノスと結ばれ、ティタンたちを生む。後にガイアは、ウラノスに復讐
ガイアは自力で男神ウラノス(天空神)、高い山々、男神ポントス(海の神)を生みます。これによって、世界は「天」と「地」、「山」と「平地」、「海」と「陸」の区別がつくようになりました。
この後、ガイアは息子ウラノスと結ばれ、「12の神々」(ティーターン)、「一つ目の巨人」(3人のキュクロプス)、「百手の巨人」(3人のヘカルトンケイル)を生みました。
キュクロプスは一つ目であり、ヘカトンケイルは腕百本という異形の姿をしていました。
混沌から生まれた大地の象徴であるガイアは、「何とでも交わって子を産む」という特徴を持っていたので、この後もちょっと目を離すととんでもない怪物を世に送り出したりします。
この最初の「異形の子ら」を見たウラノスは嫌悪感を催し、ヘカトンケイルとキュクロプスを、タルタロスと呼ばれる「奈落」に落としてしまいます。
ガイアは深く悲しみました。
夫への復讐を考えたガイアは、子であるティーターンたちに、ウラノスを罰するようにと命じました。
<ウラノス カルル・フリードリッヒ・シンケル画>
3.ガイアの息子クロノスは母親の味方となり、父ウラノスを襲う。切り取られたウラノスの男根から現れたのは、絶世の美女
ティーターンたちは、乱暴な父を恐れて尻込みしましたが、末子のクロノスのみが、母の願いを聞き届けます。
ある夜、クロノスは大きな鎌を持って、父母の寝所に忍び入ります。
ウラノスは全裸で、ガイアの上に覆いかぶさって寝ていました。
クロノスは持っていた鎌でウーラノスの男根を切り落とします。
<クロノスとウラノス ジョルジョ・ヴァザーリ画>
切り落とされた男根は海に落ち、そこに生じた泡からアプロディーテーが生まれたと言われています。ただし、他の多くの伝承では、アプロディーテーはゼウスの娘とされています。
天空神ウラノスを倒したのは、その子で「12の神々」(ティーターン)の一人クロノスです。クロノスの兄弟姉妹は、ティーターン神族と呼ばれます。クロノスは、姉レアーと結婚し、オリュンポスの神々を生みます。
4.「お前も父親と同じ運命をたどるだろう」とのウラノスの言葉に、繰り返す運命を恐れたクロノスは自分の子を食らう
男根を切られたウラノスはこのことを恥じ、人前に姿を現さなくなります。
このため、クロノスが父の権力を受け継ぎ、神々の王となりました。
さて人前から姿を消したウラノスですが、最後にクロノスにこんな言葉を残していました。
「お前もまたやがてその子により王座を追われるだろう」。
クロノスは「自分の子に王座を奪われる」とウラノスに言われていたので、生まれた子を次々に飲み込んでしまいます。
<我が子を食らうサトゥルヌス(*) ゴヤ画>
(*)「サトゥルヌス」は『ローマ神話』の名前で、『ギリシャ神話』のクロノスのこと
5.ついにゼウス誕生。父クロノスへの逆襲が始まる。父クロノスに飲み込んだ子供たちを再び吐き出させる
レアーはこれを悲しみ、最後に生まれた男子だけは助けようとします。
クロノスが生まれた子を丸呑みしようと近づいてきた時、レアーはむつき(産着)に石をくるんで渡しました。
クロノスは気づかずにそれを飲み込み、幼児はクレタ島にかくまわれ、育てられます。
これがゼウスです。
6.オリュンポス山から、ゼウスは「ティーターンたち」に宣戦布告。ガイアの勧めで蘇った怪物キュクロプスとヘカルトンケイル
やがて成人したゼウスは、兄弟たちを助けるため、クロノスに嘔吐薬を飲ませます。
クロノスはゼウスの兄弟たちを吐き出し、これを味方につけたゼウスは、オリュンポス山に布陣し、クロノスを筆頭とするティーターン神族たちと戦いを始めます。
なお、ゼウスは兄弟たちの末子でしたが、兄弟たちはクロノスに飲み込まれた時から成長が止まっていたので、吐き出された時は皆幼児でした。
ここで兄弟の年齢と外見の逆転が起こった、と言われています。
ゼウスは姉たちの中で最も美しかったヘーラーに目をつけますが、まだ幼女であったため、彼女をオーケアノスに預け、クロノスとの戦いに臨みます。
<ユピテル(*)とテティス ドミニク・アングル画>
(*)「ユピテル」は『ローマ神話』の名前で、『ギリシャ神話』のゼウスのこと
<ゼウスとヘラ ギャビン・ハミルトン画>
<ヘーラー(上)、ゼウス(左)、牝牛にされたイーオー(右) ジョヴァンニ・アンブロージョ・フィジーノ画>
7.ゼウスは勝利し、クロノスに代わって神々の王となる。ゼウスは天、ポセイドーンは海、ハーデースは死者の国を支配
<ティタノマキア アンゼルム・フォイエルバッハ画>
<ティタノマキア コルネリス・ファン・ハールレム画>
<ティタノマキア 作者不詳>
<ティタノマキア アントニオ・ベリオ画>
<ティタノマキア ジュリオ・ロマーノ画>
<ティタノマキア ジュリオ・ロマーノ画>(拡大図)
オーケアノスはウラノスとガイアの長男で、ティーターンの一人でしたが、早々に中立を決め込んでいたのです。
ティーターン側では、他にもゼウスの味方になったり、味方にならないまでも好意的な中立を保つ者が続出しました。
クロノスの姉妹であるテミスに至っては、ゼウスの妻(二番目)になってしまっています。
脱落者が続出したものの、それでもクロノスは強く、ゼウス側は苦戦を強いられます。
そこでゼウスはガイアに相談します。
ガイアは、「タルタロス(奈落)に幽閉されているキュクロプスとヘカトンケイルを味方にするとよい」と言います。
そして祖母の言いつけを守ったゼウスは、ティーターンとの戦いに勝利し、クロノスを始めとする、ゼウスに敵対したティーターンを残らずタルタロス(奈落)に閉じ込めてしまったのです。
この戦いのことを「ティタノマキア」(タイタンの戦い)と言います。
「ティタノマキア」と言われたこの戦いは10年間続き、ゼウス側が勝利します。
「ティタノマキア」の後、ゼウスの統治が始まリましたが、ガイア(大地の神)は自分の子であるギガース(巨人)たちがタルタロス(奈落)に閉じ込められていることが許せず、最悪最強の化物「テュポーン」を生みだします。
<エトルリア出土のテュポーンの」ブロンズ像>
テュポーンは、頭が星々とぶつかってしまうほどの巨体で、両腕を伸ばせば東西の世界の果てにも届きました。また、不老不死で、肩からは百の蛇の頭が生え、炎を放つ目を持ち、腿から上は人間と同じですが、腿から下は巨大な毒蛇がとぐろを巻いていました。
オリュンポスの神々はそれぞれ動物に化けて逃げ回ります。ゼウスただひとりがその場にふみとどまり、テュポーンと一騎打ちとなります。追い込み追い込まれの戦いの末、テュポーンはゼウスにエトナ火山を叩きつけられその下に封印されました。それ以来、テュポーンがもがくたびにエトナ山は噴火が起こるといいます。
戦いに勝利したゼウスは、自分の兄弟や子たちを中心に新しい支配体制を作り出します。
ゼウスはその宮殿をオリュンポス山上においたため、十二柱いたこの神々は「オリュンポス十二神」と呼ばれるようになるのです。
ゼウスが天空と地上、ポセイドーンが海洋、ハーデースが冥界をくじ引きで支配することになりました。
エレポスとニュクスは、愛の神エロースに導かれて結婚(この世の最初の結婚)し、男神アイテル(天上の高空の神)と女神ヘメラ(明るい昼の女神)を生みます。
その結果、「昼」「夜」「地下の闇」「天上の光」ができて、時間と空間の区別がつくようになりました。
8.男神も人間と同じように恋をし、美しい女神アプロディーテーを奪い合う。美青年エロースは、アプロディーテーを母のように慕い、一緒に暮らす
<ヴィーナスの誕生 ボッティチェリ画>
<ヴィーナスの誕生 エドゥアルト・シュタインブリュック画>
<ヴィーナスとアドーニス アンニーバレ・カラッチ画>
<ウルカヌスに情事を発見されたヴィーナスとマールス アレクサンドレ・シャルル・ギルモ画>
アプロディーテーはクロノスによって切り落とされたウラノスの男性器にまとわりついた泡(アプロス、aphros)から生まれ、生まれて間もない彼女に魅せられた西風が彼女を運び、キュテラ島に運んだ後、キュプロス島に行き着きました。
彼女が島に上陸すると愛と美が生まれ、それを見つけた季節の女神ホーラーたちが彼女を飾って服を着せ、オリュンポス山に連れて行きました。
オリュンポスの神々は出自の分からない彼女に対し、美しさを称賛して仲間に加え、ゼウスが養女にしました。ホメーロスはゼウスとディオーネーの娘だとしています。
美と優雅を司る三美神カリスたちは彼女の侍女として従っています。また、アプロディーテーのつけた魔法の宝帯には「愛」と「憧れ」、「欲望」とが秘められており、自らの魅力を増し、神や人の心を征服することが出来ます。
気が強く、ヘーラーやアテーナーと器量比べをして「トロイア戦争」の発端となったり、アドーニスの養育権をペルセポネーと奪い合ったりすることもあります。
アプロディーテーには結婚相手・愛人を含め関係のあった者がたくさんいますが、主なものは、ヘーパイストス、アレース、アドーニスです。
なお美青年エロースは、アプロディーテーを母のように慕い、一緒に暮らしました。
聖獣はイルカで、聖鳥は白鳥、鳩、雀、燕。聖樹は薔薇、芥子、花梨、銀梅花。真珠、帆立貝、林檎もその象徴とされます。また、牡山羊や鵞鳥に乗った姿でも描かれます。