ギリシャ神話は面白い(その5)アポローン・アルテミスを生んだゼウスの愛人レートー

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レートーと二人の子供アポロンとアルテミス

『ギリシャ神話』はもともと口承文学でしたが、紀元前8世紀に詩人のヘーシオドスが文字にして記録しました。古代ギリシャの哲学、思想、宗教、世界観など多方面に影響を与え、ギリシャでは小学校で教えられる基礎教養として親しまれています。

絵画ではしばしばモチーフとして扱われ、多くの画家が名作を残しています。文学作品や映画などにも引用され、ゲーム作品でも題材になっていることがあります。たとえば、ディズニー映画の『ヘラクレス』はギリシャ神話をモデルにしたお話です。

『ギリシャ神話』(およびその影響を受けた『ローマ神話』)は、現在まで欧米人にとって「自分たちの文化の土台となったかけがえのない財産」と考えられて、大切にされ愛好され続けてきました。

欧米の文化や欧米人の物の考え方を理解するためには、欧米の文化の血肉となって今も生き続けている『ギリシャ神話』の知識が不可欠です。

日本神話」は、天皇の権力天皇制を正当化するための「王権神授説」のような神話なので、比較的単純ですが、『ギリシャ神話』は、多くの神々やそれらの神の子である英雄たちが登場し、しかもそれらの神々の系譜や相互関係も複雑でわかりにくいものです。

前に「ギリシャ神話・ローマ神話が西洋文明に及ぼした大きな影響」という記事や、「オリュンポス12神」およびその他の「ギリシャ神話の女神」「ギリシャ神話の男神」を紹介する記事を書きましたので、今回はシリーズで『ギリシャ神話』の内容について、絵画や彫刻作品とともに具体的にご紹介したいと思います。

原始の神々の系譜

オリュンポス12神

ギリシャ神話・地図

第5回は「アポローン・アルテミスを生んだゼウスの愛人レートー」です。

1.レートーとは

レートーは、ティーターン神族のコイオスとポイベーの娘で、アステリアーと姉妹です。ポーロスとポイベーの娘という説もあります。

ゼウスの子アポローンとアルテミスを産みました。

レートーは黒衣をまとい、神々のうちで最も柔和な女神と言われます。鶉に変身したゼウスとの間にアポローンとアルテミスを産んだため、ヘーラーの激しい嫉妬を買いました。

2.アポローンとアルテミスの出産を様々な形で妨害するゼウスの妻のヘーラー

アポローンとアルテミスの出産の経緯については諸説あります。ゼウスの妻のヘーラーはレートーがゼウスの子を身ごもると、全ての土地に「レートーに出産する場所を与えてはならない」と命じ、イーリスとアレースに土地が命令に背かないように監視させました。

あるいは「太陽が一度でも照らしたことがある場所で出産してはならない」と命じ、さらに蛇のピュートーンがレートーを追い回しました。というのは予言によって、レートーの産む子が自分を殺害すると知っていたからです。

このためレートーは出産できる土地を求めて放浪しなければなりませんでした。またヘーラーの命令によってティテュオスという巨人も彼女を襲いましたが、ゼウスによって殺されました。より特殊な説では、レートーは牝狼の姿となってヒュペルボレオイの国からやって来て出産したということです

ある時レートーはリュキアに立ち寄り、池の水を飲もうとすると、村人たちがそれを止めようとしました。レートーは反論しましたが、村人たちは池に足を入れて泥を立たせ、水を飲ませまいとしました。怒ったレートーは「この者たちがこの池から永遠に離れず、生涯をここで過ごすように」と願いました。すると村人たちは蛙になり、泥沼に変わった池に住むようになったということです。

リュキア人をカエルに変えるレートー ヨハン・ゲオルク・プラッツァー画

<リュキア人をカエルに変えるレートー ヨハン・ゲオルク・プラッツァー画>

レートーと蛙になった農民 フランチェスコ Trevisani

<レートーと蛙になった農民 フランチェスコ ・トレヴィザーニ画>

ラトナの噴水

太陽王ルイ14世(1638年~1715年)が建設したヴェルサイユ宮殿にある「ラトナの噴水」(上の写真)は、 ギリシャ神話 に登場するラトナ( レートー )が村人に泥を投げつけられながらも、息子の太陽神 アポローン を守っている銅像と、その足元にある蛙やトカゲは神の怒りに触れて村人たちが変えられた像をかたどった噴水です。 ラトナとアポローンは、「フロンドの乱」(1648年~1653年)の時、彼を守ってくれた母と幼いルイ14世自身を示し、蛙やトカゲに変えられた村人は貴族た表しています。

このような苦難に耐えて、まずオルテュギアー島でアルテミスを産み、さらにアルテミスに手を引かれてデーロス島に渡りアポロンを産みました。アルテミスはそのとき助産婦としてレートーを助けました。

より新しい神話ではアポローンとアルテミスはデーロス島で生まれたとされ、その場合、オルテュギアー島とデーロス島は同一視されます。ヒュギーヌスはレートーをデーロス島に連れて行ったのはゼウスの命を受けた北風ボレアースで、ポセイドーンが彼女を保護し、ポセイドーンはヘーラーの言葉に違反しないように、デーロス島を波で覆ったということです。

こうしてレートーはデーロス島のキュントス山に背もたれして、シュロの木(オリーブとも)のそばでアポローンを出産しました。ヘーラーがエイレイテュイアを引き止めていたために、9日9晩にも及ぶ難産でした。

それを見かねたイーリスがエイレイテュイアを連れて来たことにより、出産は成功しました。この出産にはディオーネー、レアー、テミス、アムピトリーテーなどの女神が立会い、アポローンが生まれると彼女らは歓声を上げ、大地は微笑み、天空には白鳥がめぐりました。アルテミスは出産時、母に苦痛を与えなかったので、産褥に苦しむ女性の守護神となりました。アポローンは生まれるとピュートーンを殺したとも、ヒュペルボレオイの地に運ばれたともいわれます。デーロスはレートーの身悶えによって海底に根を張ったとも、海底から4本の柱が延びてきて支えられたとも伝えられています。

3.残忍な性格のレートーを伝える神話もある

テーバイ王アムピーオーンの妻ニオベーが2人しか子供を産んでいないレートーに対し、「自分の方が多くの子供を生んだ」と自慢をしました。するとレートーはこれに怒り、アポローンとアルテミスに命じてニオベーの子供たちを射殺させたということです。

アポローンは、キタイロンという山中で狩りをしていたニオベーの息子たちを矢で射殺しました。アルテミスは、館に残っていたニオベーの娘たちを、やはり矢で瞬く間に皆殺しにしました。

ヘーラーに勝るとも劣らない残忍さですね。

5.アルテミスにまつわる神話

アルテミス

「狩猟の女神」「貞潔の女神」「月の女神」のアルテミスは、ゼウスとレートーとの間に生まれた娘で、アポローンとは双生児です。

オリオンと恋仲になったのを、アポロンに邪魔されるなど、散々な目にあうこともあります。

アルテミスは、アテーナーと同じく処女神です。

彼女はポセイドーンの子オリオンと仲良くなりましたが、これを快く思わないアポロンは二人の仲を引き裂こうとします。

女狩人アルテミス ギヨーム・セイニャク画

<女狩人アルテミス ギヨーム・セイニャク画>

女狩人アルテミス ルカ・ペンニ画

<女狩人アルテミス ルカ・ペンニ画>

アポロンはアルテミスの弓の腕をけなして、海に潜って頭だけ出していたオリオンを指さして、「あれを射ることができるか?」と挑発しました。遠目にはオリオンと見分けられなかったアルテミスは騙されて弓を放ってしまい、オリオンはその矢に射られて死んでしまいました。

アルテミスはゼウスに訴えて、オリオンを生き返らせてもらおうとしましたが、聞き入れられませんでした。その代わりに、オリオンは空に昇って「星座」(オリオン座)になったということです。

アテーナイには、アルテミスのために、少女たちが黄色の衣を着て、熊を真似て踊る祭がありました。また女神に従っていた少女カリストーは、男性(実はアルテミスの父ゼウス)との交わりによって処女性を失ったことでアルテミスの怒りを買い、そのため牝熊に変えられました。

カリストーはアルカディアのニュムペーですが、純潔を誓い、アルテミスに従っていました。ゼウスはアルテミスに姿を変えてカリストーに近づき、彼女を愛しました。こうして二人の間にアルカディアの祖となるアルカスが生まれますが、アルテミスはこれを怒り、彼女を雌熊に変えました(一説では、ヘーラーが、またゼウス自身が、雌熊に変えたとも)。

カリストーはアルテミスによって殺されたとも、息子アルカスがそれと知らず、熊と思い彼女を殺したともされます。

ゼウスはカリストーを憐れんで天に上げ、「おおぐま座」にしたとされます。息子アルカスは「こぐま座」となりました(なお、「うしかい座」もアルカスの姿であるとされます)。

また、多産をもたらす「出産の守護神」の面も持ち、「妊婦達の守護神」としてエイレイテュイアと同一視されました。地母神であったと考えられ、「子供の守護神」ともされました。

アルテミスは、弓を携え獣を引き連れた森の神として描かれます。「矢をそそぐ女神」という称号を持ち、「遠矢射る神」の称号をもつ弟アポロンと共に疫病と死をもたらす恐ろしい神の側面も持っていました。

また「産褥の女に苦痛を免れる死を恵む神」でもあります。また神話の中ではオレステースがイーピゲネイアと共にもたらしたアルテミスの神像は人身御供を要求する神でした。アルテミスに対する人身御供の痕跡はギリシアの各地に残されていました。

古典時代の神話では、「狩猟と貞潔を司る神」とされます。アルテミスの祭祀は女性を中心とするものでした。神話ではニュムペー(カリストー)を従えてアルカディアの山野を駆け、鹿を射ますが、ときには人にもその矢が向けられました。

通常、アポロンとともにデーロス島で生まれたとされますが、これは後世的な伝承で、母レートーがヘーラーの嫉妬を避けて放浪した際、オルテュギアー島でまずアルテミスが生まれ、さらにデーロス島でアポロンが生まれました。

この時アルテミスは生まれたばかりであるにもかかわらず、母の産褥に立会い、助産婦の務めを果たしました。この神話に彼女が「生殖や出産を司る女神」の側面が見て取れます。さらに、まだ幼いうちにゼウスを探して出会い、「箙(えびら)」(矢筒)や短いチュニック(上着)、狩りの長靴をねだり、そして妊婦の守護神であることなどをゼウスに願い出たとされます。

アポロンと共に行動することがあり、母を侮ったニオベーの子供たちと対決した伝説が伝わります。またアルテミスの怒りに触れて不幸をこうむったものには英雄オーリーオーン(*)やアクタイオーン(**)の伝説があります。

(*)オーリーオーンは、ポセイドーンの息子です。彼は陸でも海でも歩くことができ、そして非常な豪腕の持ち主で、太い棍棒を使って野山の獣を狩るギリシア一番の猟師でした。

狩猟の女神であるアルテミスとギリシア随一の狩人であるオーリーオーンは次第に仲良くなっていき、神々の間でも二人は、やがて結婚するだろうと噂されるようになっていきました。しかし、アルテミスの双子の弟(兄)であるアポロンは、乱暴なオーリーオーンが嫌いだったことと、純潔を司る処女神である彼女に恋愛が許されないことから、二人の関係を快く思いませんでした。しかし、アルテミスはアポロンの思惑を気にかけませんでした。

そこでアポロンは奸計を以てアルテミスを騙す暴挙に出ました。アポロンはアルテミスの弓の腕をわざと馬鹿にし、海に入って頭部だけ水面に出していたオーリーオーンを指さしして「あれを射ることができるか」と挑発しました。オーリーオーンは、アポローンの罠で遠くにいたため、アルテミスはそれがオーリーオーンとは気づきませんでした。

アルテミスは矢を放ち、オーリーオーンは矢に射られて死にました。女神がオーリーオーンの死を知ったのは、翌日にオーリーオーンの遺骸が浜辺に打ち上げられてからでした。アルテミスは後に神となるほどの腕前の医師アスクレーピオスを訪ね、オーリーオーンの復活を依頼しましたが、冥府の王ハーデースがそれに異を唱えました。

アルテミスは父であり神々の長であるゼウスに訴えますが、ゼウスも死者の復活を認めることはできず、代わりに、オーリーオーンを天にあげ、星座とすることでアルテミスを慰めました。

なお、「さそり座」は、アポロンが謀ってオーリーオーンを襲わせ、彼が海に入る原因となったサソリであるとされました。そのため「オリオン座」は今も、さそり座が昇ってくるとそれから逃げて西に沈んでいくということです。

(**)アクタイオーンは、アポロンの子アリスタイオスと、カドモスの娘アウトノエーとの間に生まれた子で、猟師でした。彼は、キタイローン山中で50頭の犬を連れて猟をしていましたが、たまたまアルテミスが泉で水浴している姿を垣間見、女神の裸身を見ました。

アルテミスは怒り、アクタイオーンを鹿に変え、その連れていた50頭の犬に襲わせました。犬たちによってアクタイオーンは引き裂かれて死にました。

アルテミスの水浴 ジェームズ・ウォード

<アルテミスの水浴 ジェームズ・ウォード画>

アルテミス ジュール・ジョゼフ・ルフェーブル

<アルテミス ジュール・ジョゼフ・ルフェーブル画>

アルテミスの水浴 アレクサンドル・ジャック・シャントロン

<アルテミスの水浴 アレクサンドル・ジャック・シャントロン画>

休息中のアルテミス ポール・ボードリー画

<休息中のアルテミス ポール・ボードリー画>