日本語の語源には面白いものがたくさんあります。
前に「国語辞典を読む楽しみ」という記事を書きましたが、語源を知ることは日本語を深く知る手掛かりにもなりますので、ぜひ気楽に楽しんでお読みください。
以前にも散発的に「日本語の面白い語源・由来」の記事をいくつか書きましたが、検索の便宜も考えて前回に引き続き、「50音順」にシリーズで、面白い言葉の意味と語源が何かをご紹介したいと思います。季語のある言葉については、例句もご紹介します。
1.四十雀(しじゅうから)
「シジュウカラ」とは、スズメ目シジュウカラ科の鳥です。全長約15センチ。頭部は黒で、頬は白く、喉から尾まで黒い縦筋があります。
平安時代には「シジウカラメ」と呼ばれ、室町時代から「シジウカラ」と略されました。
シジュウカラのさえずりは「ツツピーッツピー」、地鳴きが「チ・チジュクジュク」と表されるので、「シジウ」は鳴き声を表したものと考えられています。
「カラ」は、ヤマガラの「ガラ」や、ツバクラメ(ツバメ)の「クラ」と同じく、鳥類を表す語です。
「メ」は「群れ」の意味か、鳥を表す接尾語です。
ゴジュウカラ(五十雀)がいるためか、四十雀の「四十」を「40羽」などと、数に由来を求める説もあります。
しかし、ゴジュウカラはシジュウカラに似ているところから付いた名前なので、ゴジュウカラの存在を考慮する必要はなく、「四十」は「シジウ」の音から当てられたと考えるのが妥当です。
「四十雀」は夏の季語で、次のような俳句があります。
・老の名の ありとも知らで 四十雀(松尾芭蕉)
・むづかしや どれが四十雀 五十雀(小林一茶)
・四十雀 五十雀よく シヤベル哉(尾崎放哉)
・得し虫を 嘴にたのしも 四十雀(大島三平)
2.神経(しんけい)
「神経」とは、身体の機能をつかさどり、刺激を伝える組織、物事を感じとって反応する心の動きのことです。
神経は、前野良沢や杉田玄白らが『解体新書』を翻訳する際、オランダ語「zenuw」の訳として「神気」と「経脈」を合わせて造られた造語です。
「神」の字には魂や心の意味もあり、「神気」は精神を表します。
「経脈」は経路(「経」は動脈、「路」は静脈)のことで、神経は「精神の経路」の意味でつくられた造語といえます。
3.資本(しほん)
「資本」と言えば、私は大学時代に「聖書」とともに必読書と言われたカール・マルクスの「資本論」を思い出します。
「資本」とは、元手となる金のことです。労働・土地と並び、生産の三要素の一つです。
資本は中国後漢の語学書『釈名』にある言葉ですが、日本での使用は、江戸後期の農政学者佐藤信淵が著した経世書『経済要録』に「大金の資本」とあるのが古いものです。
この語が広く使われるようになるのは、英語「capital」の訳語として用いられるようになった明治以降のことで、当初は「財本」の漢字が当てられていました。
4.石楠花/石南花(しゃくなげ)
「シャクナゲ」とは、深山に自生するツツジ科の常緑低木の総称です。葉は大形の長楕円形で光沢があります。春、淡紅色の花をつけます。園芸品種が多く、野性の変種も数多くあります。
シャクナゲは、「石南花」を呉音読みした「シャクナンゲ」が転じた名前です。
「石南」と書くのは、石の間に生え、南向きの土地を好むことからです。
ただし、語源は漢名からですが、中国でいう「石南」は日本の「シャクナゲ」とは異なる品種で、誤って名付けられたといわれます。
その他、シャクナゲの語源には、「尺にも満たないから」や「癪に効くから」という説もあるが、いずれも俗説です。
「石楠花」は夏の季語で、次のような俳句があります。
・石楠花は 日蔭をよしと 盛りなる(高浜年尾)
・空の深さ さびし石楠花 さきそめぬ(角川源義)
・石楠花を 見る魔の山の ふところに(青柳志解樹)
・石楠花を ねむらせてより 月の寺 (西本鮎彦)
5.地下足袋(じかたび)
「地下足袋」とは、ゴム底のついた労働用の足袋のことです。ゴムたび。ちかたび。
地下足袋の語源は、履物を履かず直(じか)に土を踏む足袋の意味からです。
「地下」と書くのは当て字ですが、「地面」の意味も込められていると思われます。
地下足袋を「ちかたび」と呼ぶ地域もあるが、「じかたび」の「じか」に「地下」と当て字されたことからの呼称で、地下足袋の語源ではありません。
三池炭鉱の炭坑夫が最初に使用したことから、地下で使う足袋で「地下足袋」になったとする説もあります。
地下足袋は、足袋製造業者であった石橋徳次郎が発明し、近隣の三池炭鉱で使用されたことで人気を博し、全国に広まったことは確かですが、語源とは関係ありません。
石橋徳次郎の会社「日本足袋」は、後にゴム靴製造会社の「アサヒコーポレーション」となり、弟の石橋正二郎はゴム製造のノウハウを活かして「ブリヂストン」を創業しました。
余談ですが、私が小学生の頃は、運動会では地下足袋によく似た「はだし足袋」を履いて走りました。
6.蜃気楼(しんきろう)
「蜃気楼」とは、下層大気の温度差などで空気の密度差がある時、光の異常屈折により、見えないはずの物体が見える現象です。海上や砂漠で起こる。日本では富山の魚津海岸で見られるものが有名です。貝櫓。海市。
蜃気楼の「蜃」は、大ハマグリのことです。「気」は「息」、「楼」は高い建物のことです。
古代中国では、大ハマグリが空中に吐いた息によって描かれた楼閣と考えられていたことから、このような現象を「蜃気楼」と呼ぶようになりました。
「蜃気楼」は春の季語で、次のような俳句があります。
・珊瑚つむ 船の行方や 蜃気楼(松瀬青々)
・蜃気楼に 誘はれさうな 昼の酔(能村研三)
・蜃気楼の かげろうの敦煌 涅槃像(董振華)
7.鹿(しか)
「シカ」とは、偶蹄目シカ科の哺乳類の総称です。特に、ニホンジカを指します。枝分かれした大きな角を持っています。
古く、シカは「カ」といいました。
その「カ」に「シ」が付いた「シカ」がオス、「メ」が付いた「メカ」がメスを表しました。
「シ」は「夫」を表す古語「セ」の転で、「メ」は「女」の意味です。
やがて、メスも「シカ」と呼ばれるようになり、オスは「ヲジカ(牡鹿)」、メスは「メジカ(牝鹿)」と呼ばれるようになりました。
「鹿」は秋の季語で、次のような俳句があります。
・ぴいと啼く 尻声悲し 夜の鹿(松尾芭蕉)
・笛の音に 波もより来る 須磨の鹿(与謝蕪村)
・一の湯は 錠の下りけり 鹿の鳴(小林一茶)
・親鹿の 岩とびこえて 鳴きにけり(正岡子規)
8.皺(しわ)
「しわ」とは、皮膚や紙・布などの表面がたるんだり、縮んだりしてできる細かい筋目のことです。
しわは、萎縮する意味の動詞「しわむ(皺む)」が語源と考えられます。
その他、しわの語源には「シオレ(萎れ)タルルもの」の意味とする説や、「しわ(肉輪)」の意味などがあります。
9.しどろもどろ
「しどろもどろ」とは、口調や話の内容がひどく乱れたさまのことです。
しどろもどろの「しどろ」は、秩序がなく乱れている意味の形容詞「しどけなし(い)」の「しど」に接尾語の「ろ」が付いた語です。
「もどろ」は、まぎれる、まどう意味の動詞「もどろく」の「もどろ」で、「しどろ」に語呂を合わせることで、意味を強めたものです。
現代では、「酒に酔ってしどろもどろになる」と言えば、酩酊した際の乱れた口調や話の内容を表しますが、古くは酔った状態そのものも表し、広い意味で何かが乱れたさまを「しどろもどろ」と言いました。