日本語の語源には面白いものがたくさんあります。
前に「国語辞典を読む楽しみ」という記事を書きましたが、語源を知ることは日本語を深く知る手掛かりにもなりますので、ぜひ気楽に楽しんでお読みください。
以前にも散発的に「日本語の面白い語源・由来」の記事をいくつか書きましたが、検索の便宜も考えて前回に引き続き、「50音順」にシリーズで、面白い言葉の意味と語源が何かをご紹介したいと思います。季語のある言葉については、例句もご紹介します。
1.頭陀袋(ずだぶくろ)
「頭陀袋」とは、いろいろな物が入るような、だぶだぶした大きな布製の袋のことです。当て字で「頭蛇袋」とも書きます。
頭陀袋の「頭陀(ずだ)」は、「捨てる」「落とす」を意味する梵語「Dhuta」の音訳で、衣食住に関する欲望を払い、修行・行脚する意味の言葉です。
頭陀行を行う僧が、経文や衣服などを入れ、首にかけて持ち歩く袋を「頭陀袋」といいます。
時代が下るにつれ、頭陀袋には仏具や行でもらった物が入れられるようになりました。
そこから、雑多な品物を入れる袋のことを「頭陀袋」と呼ぶようになりました。
修行の旅に出るという意味から、仏式で死者を葬る時に首にかける袋も「頭陀袋」といいます。
一般に、雑多な物を入れる袋の意味では、誤って「ずた袋」と呼ぶことも多いようです。
これを「頭陀袋」の誤読とする辞書もありますが、「陀」の字を「た」と誤読することは非常に少なく、漢字を見れば普通は「ずだ袋」と読むはずです。
この漢字表記を知らない人の間で口伝えされていくうちに、「ずた袋」と誤解されて広まったと考えるのが妥当です。
2.座る(すわる)
「座る」とは、膝を折り曲げて腰を下ろすことや、ある地位や役に就くことを意味します。
座るは、落ち着いて動かないことを表す「据わる(すわる)」と同源です。
「居ても立ってもいられない」と言うように、「立つ」の対義語は「居る」でした。
平安時代末頃から、「居る」が「存在する」の意味で多く用いられるようになったことから、他動詞「すう(据う)」が自動詞化した「すわる」が、「立つ」の対義語として用いられるようになりました。
漢字の「坐」は、「人」+「人」+「土」で、地面に尻をつけることを示しています。
「座」の漢字は、「广(いえ)」+「坐」で、家の中で人が座る場所を表します。
そのため、「坐」が動詞、「座」が名詞として用いられましたが、常用漢字では「座」に統一されました。
3.須く(すべからく)
「すべからく」とは、当然のことです。多くは下に「べし」を伴ない、是非ともしなければならない気持ちを表します。
すべからくは、動詞「す(為)」に助動詞「べし」が付いた「すべし」が、ク語法で「すべからく」となった語です。
ク語法は、活用語の語尾に「く」「らく」が付いて名詞化する語法であるため、本来は「すべきであること」という名詞句になりますが、副詞的に用いられて「当然」「是非とも」の意味になりました。
元々は、「須・応」を「すべからく◯◯べし」と再読した漢文訓読に由来します。
近年、「すべて」の意味で使用する例が多く見られますが、「すべからく」に「すべて」の意味は含まれておらず誤用です。
4.杉/椙(すぎ)
「杉」とは、ヒノキ科の常緑高木です。日本特産の針葉樹で各地に植林され、材は建築・家具などにします。花粉はアレルギー(スギ花粉症)の原因となります。
杉の語源には、成長が早く長寿の大木であることから、「スクスクと生える木」の意味。
真っ直ぐに伸びることから、「すぐ(直)な木」の意味。
すくすく上へ伸びることから、「ススキ(進木)」とする説があり、ひとつに絞ることは難しいですが、成長に由来することは間違いありません。
漢字の「杉」の「彡」は「三」の字が変形したもので、細かいものが沢山並んでいるさまを表し、「杉」は細かい針葉が沢山並んだ木を表しています。
「椙」は「盛んに伸びる木」の意味から作られた国字で、「昌」は「盛ん」の意味です。
「杉の花」は春の季語、「杉の実」は秋の季語で、次のような俳句があります。
・一すぢの 春の日さしぬ 杉の花(前田普羅)
・つくばぴに こぼれ泛めり 杉の花(松本たかし)
・日々好日と 杉の実干してあり(石井露月)
・杉の実を 採る一本の 命綱(近澤杉車)
5.楚蟹/ずわい蟹(ずわいがに)
「ズワイガニ」とは、日本海側に分布するエビ目カニ下目クモガニ科のカニです。オスの甲幅は15センチほどで、歩脚を伸ばすと80センチにもなります。冬は特に美味。越前ガニ。松葉ガニ。メスはセイコガニ・コウバコガニと呼ばれます。
ズワイガニの「ズワイ」は、「すわえ(楚)」が変化したものです。
「すわえ」とは細く真っ直ぐな小枝のことで、濁音化して「ずわえ」とも呼ばれています。
ズワイガニの脚は、細く真っ直ぐに伸びていることから、「すわえ」に見立ててこの名が付きました。
「楚蟹」「ずわい蟹」は冬の季語で、次のような俳句があります。
・越年へ ずわい蟹殻 緊縛され(大橋嶺夫)
・ずわい蟹の 大皿奥へ 通りけり(杉浦典子)
・御酒掛けて ずわい蟹網 解禁日(堀川福子)
・景品の 脚だけなりし ずわい蟹(大塚初江)
6.スパルタ教育(すぱるたきょういく)
「スパルタ教育」とは、厳しい教育法のことです。スパルタ式教育。
スパルタ教育は、古代ギリシャの都市国家の名に由来する言葉です。
スパルタは軍国主義的政治体制の国家で、勤倹(勤勉で倹約すること)・尚武(武事・軍事を重んじること)の精神のもと、幼少期から兵士養成のために厳格な軍事訓練や教育が課せられました。
その中で、たくましい者だけを残し、弱い者は殺害されました。
その結果、スパルタは「ペロポネソス戦争」でアテネを破り、一時期はギリシャ全土を支配しました。
このことから、厳しい教育法を「スパルタ教育」と呼ぶようになりました。
「スパルタ教育」については、「スパルタ教育とアテナイ教育(ゆとり教育)。新スパルタ幼稚園の実態とは?」という記事に詳しく書いていますので、ぜひご覧ください。
7.鯣/スルメ(するめ)
「するめ」とは、イカの内臓を取り除き、乾かした食品です。あたりめ。寿留女。また、「スルメイカ」の略。
するめは、スルメイカを干して乾燥させたところから付いた名です。
ただし、ケンサキイカを使ったするめが最高級品とされているため、スルメイカを使ったするめは「二番するめ」、ケンサキイカを使ったするめが「一番するめ」と呼ばれます(ヤリイカを「一番するめ」と呼ぶこともあります)。
その他、シリヤケイカなどコウイカを使ったものは「甲付するめ」。
外套(胴)を開かずに乾燥させる、アオリイカは「袋するめ」や「おたふくするめ」と呼ばれます。
するめは日持ちが良いため、「幸せが続く」という意味から。また、イカの足は本数が多く、「お金」は「お足」とも言うため、古くから縁起の良い食品として扱われ、結納など祝儀に用いられました。
するめを結納品に用いる際は、「寿留女」と当て字表記されます。
「寿」は「長寿」「幸福」、「留」は「嫁ぎ先に留まる」、「女」は「良妻であるように」と、それぞれの漢字に意味が込められています。
8.鯣烏賊/スルメイカ(するめいか)
「スルメイカ」とは、スルメイカ科のイカです。胴長約30センチ。胴(頭)の先に菱形のひれがあります。刺身・イカそうめん・するめ・塩辛にします。
スルメイカは墨を吐き群れをなすところから、「スミメ・スミムレ(墨群)」の転です。
イカを乾燥させた食品の「するめ」を「スルメイカ」の語源とする説もありますが、「するめ」の語源が「スルメイカ」です。
スルメイカは日本で最も親しまれているイカで、イカの全捕獲量の約80%を占めることから、「マイカ(真烏賊)」とも呼ばれます。
ただし、マイカはスルメイカに限らず、その地方で漁獲されるイカの中で重要なものを指すため、コウイカ、シリヤケイカ、ケンサキイカなども「マイカ」と呼ばれます。
9.凄まじい(すさまじい)
「凄まじい」とは、程度が甚だしい、ものすごい、恐ろしいことです。
凄まじいは、動詞「すさむ(荒む)」が形容詞化した語です。
古くは「すさまし」と清音でしたが、鎌倉時代頃から「すさまじ」と濁音化されました。
清音から濁音に転じたのは、「同じ」の「じ」など、比較の際に用いられる接尾辞「じ」の影響があったと思われます。
しかし、この語は現代でも「すさまじい」「すさましい」「すざましい」「すざまじい」と発音に揺れがあるため、濁音化は発音のしやすさによるとも考えられます。
本来、凄まじいは、物事の調和がとれていない事に対して「興ざめするさま」「つまらないさま」を表す語でしたが、「寒々しい」「冷え冷えする」といった温度感覚を表す語としても用いられ、「寒」や「冷」の訓に当てられていました。
中世以降、程度を示す用例が増え、凄まじいは「恐ろしいほど凄い」「呆れるほど酷い」といった意味を持つようになりました。