日本語の語源には面白いものがたくさんあります。
前に「国語辞典を読む楽しみ」という記事を書きましたが、語源を知ることは日本語を深く知る手掛かりにもなりますので、ぜひ気楽に楽しんでお読みください。
以前にも散発的に「日本語の面白い語源・由来」の記事をいくつか書きましたが、検索の便宜も考えて前回に引き続き、「50音順」にシリーズで、面白い言葉の意味と語源が何かをご紹介したいと思います。季語のある言葉については、例句もご紹介します。
1.腹黒い(はらぐろい)
一昨年に亡くなった落語家の三遊亭円楽(6代目)さん(1950年~2022年)は、「笑点」の大喜利メンバーとして活躍しましたが、「腹黒キャラ」の毒舌でも人気を博しました。
「腹黒い」とは、「心がねじけて、悪巧みを持っている。陰険で意地が悪い」ことです。
腹黒いの「腹」は、「腹が立つ」「腹が太い」などと使われるように「感情」や「考え」の意です。
「黒い」は「黒」という色の暗く陰険な印象から、「汚い」「よこしまである」を表す語で、腹(考え)が黒い(よこしまである)ことを「腹黒い」といいます。
腹黒いの語源は上記のように単純なものですが、インターネット上では、魚の「サヨリ」に由来するという俗説が流布されています。
この説は、サヨリを捌くと美しい外見と違って腹が黒いことからや、サヨリは群れで泳ぐ魚で、集団で悪巧みをする人をサヨリにたとえて「腹黒い」と言うようになったというものです。
サヨリが「腹黒」と呼ばれていなければ「腹黒い」という形容詞は成立しませんが、サヨリの別名・古名・地方名に「腹黒」はありません。
また、「腹黒い(腹黒し)」は『蜻蛉日記』(974年頃)から見られる語ですが、この時代に、ヨリトウオ(サヨリの古名)の腹の黒さについて書かれたものもありません。
現代まで、腹黒い人を「サヨリ(ヨリトウオ)のような奴だ」とたとえた例もなく、ここまででたらめな説は珍しいものです。
2.鳩麦(はとむぎ)
「ハトムギ」とは、アジアの熱帯地方原産のイネ科の一年草です。「ジュズダマ(数珠玉)」(下の写真)の変種とされます。果実は「薏苡仁」といい、薬用・食用にし、ハトムギ茶としても用いられます。
ハトムギは、ハトが食べる麦の意味が通説となっていますが、「エンバク(燕麦)」の原種「カラスムギ(烏麦)」からの類推で付けられた名と思われます。
また、ハトムギは別名を「はっと麦」と言い、たくさん採れることから「八斗麦(はっとむぎ)」に由来する説もあります。
しかし、「はっと麦」は「はと麦」が転じた呼称で、「八斗」の「斗」は量よりも体積をいうため考え難い説です。
ハトムギは享保年間(1716年〜1736年)に中国から渡来したと言われ、古くは「唐麦」と呼ばれました。
「鳩麦」は秋の季語です。
3.八宝菜(はっぽうさい)
「八宝菜」とは、「中国料理の一種で、豚肉・エビ・イカ・椎茸・木耳・たけのこ・人参・白菜・ピーマン・ヤングコーン・うずらの卵など多くの材料を油で炒めて味付けし、片栗粉でとろみをつけたもの」です。
八宝菜の「八」は、8種類という意味ではなく、数が多いことを表します。
「菜」は「おかず」や「料理」のことで、八宝菜は「たくさんの宝を集めて作ったように美味しいおかず」を意味します。
八宝菜を飯の上にかけたものは「中華丼」と呼び、日本発祥の料理です。
上海料理には「八宝飯」という料理がありますが、八宝飯はもち米を使ったデザートの一種で、中華丼とは全く異なります。
4.破鏡(はきょう)
「破鏡」とは、「夫婦が離縁をすること」です。
破鏡は、中国の古代神話を編纂した古書『神異経』の次の故事に由来します。
昔、離れて暮らさなければならなくなった夫婦が、割った鏡の一片をそれぞれ持ち、愛情の証とした。
やがて、妻は別の男性と関係を持ったため、妻の持っていた一片の鏡が、カササギとなって夫の所へ飛んでいき、妻の浮気がばれて離縁したという。
ここから、「破鏡」は夫婦の離縁を表す言葉として、「破鏡再び照らさず」(いったんこわれた男女の仲は、二度ともとに戻ることはないというたとえ)、「破鏡再び合う」(離婚した夫婦が再び一緒になること)、「破鏡の嘆き」(夫婦が離別しなければならない嘆きのこと)などで用いられています。
5.破竹の勢い(はちくのいきおい)
「破竹の勢い」とは、「猛烈な勢いで進むこと。勢いが盛んでおさえがたいこと」です。
「破竹」の意味は、竹を割ることです。
竹は一節割れ目を入れると、あとは一気に割れていくことから、竹を割るような勢いで進むことを「破竹の勢い」と言うようになりました。
出典は、『晋書』杜預伝です。
晋が呉に攻め込み、都近くまで迫ったが、蒸し暑い雨季に差し掛かったため、指揮官たちは疫病を恐れ、涼しくなるまで待ってから攻め込もうと意見した。
そんな中、杜預だけは「今の勢いならば、竹を割るがごとし」と攻め進むことを主張し、その意見に従って攻め進んだところ、晋は呉を滅ぼすことができたという。
この故事では、最初に力を入れるだけで、後は物事がスムーズに進んでいくことを「破竹」にたとえていますが、現代では、物事が進む勢いが盛んなことに重点を置いて、「破竹の勢い」と用いられます。
ちなみに「竹を割ったような性格」とは、裏表がなく誰にでも真っ直ぐな態度を取る性格をいいます。
竹は割ると、真っ直ぐに割れる特徴があることから、このような性格を竹に例えられるようになりました。
6.箱乗り(はこのり)
参議院議員の鈴木宗男氏(1948年~ )は、選挙運動中の「箱乗り」で有名です。
「箱乗り」とは、「乗用車の窓から上半身を乗り出して乗ること」です。
箱乗りの「箱」は、リヤカーやトラックの荷台のことで、箱型になっているからです。
元々は、リヤカーやトラックの荷台の縁に腰を掛けて乗ることを「箱乗り」と呼んでいました。
転じて、暴走族などが車の窓枠に腰を掛けて乗る乗り方を「箱乗り」と呼ぶようになりました。
さらに転じて、窓枠に腰を掛けなくても、窓から身を乗り出した状態であれば「箱乗り」と言うようになりました。
ただし、「箱乗り」そのものは道路交通法に違反する行為になります。上半身を窓の外に出している状態というのは、即ち「シートベルトをしていない」状態であると言い換えればわかりやすいと思います。
7.蓮(はす)
「ハス」とは、「ハス科の多年生水草」です。夏、水上に花茎を伸ばし、紅・淡紅・白色などの大きな花を開きます。地下茎のレンコンや種子は食用。
ハスは古名を「ハチス」といい、『古事記』にも「波知須(ハチス)」の形で見られます。
これが促音化して「ハッス」となり、「ハス」となりました。
「ハチス」は「蜂巣」の意味で、ハスの花が散った後、肥大した花托に種子ができますが、その種子の入る穴が「ハチの巣」に似ていることからの命名です。
「蓮」は夏の季語で、次のような俳句があります。
・雨の矢に 蓮を射る蘆 戦へり(松尾芭蕉)
・鯉鮒の この世の池や 蓮の花(森川許六)
・蓮の香や 水をはなるる 茎二寸(与謝蕪村)
・ほのぼのと 舟押し出すや 蓮の中(夏目漱石)
8.浜木綿(はまゆう)
「浜木綿」と言えば、団塊世代の私などは女優の浜木綿子(はまゆうこ)さん(1935年~ )をまず思い浮かべます。「半沢直樹」や「昆虫すごいぜ」などで有名な俳優で昆虫愛好家の香川照之さん(1965年~ )(「銀座クラブで性的加害」報道もありました)の母親です。
「ハマユウ」とは、「暖地の海岸などに自生し、夏、香りのある白色の花が鮮やかに咲くヒガンバナ科の常緑多年草」です。浜万年青(はまおもと)。
ハマユウは、浜辺に自生し、花が「ゆう(木綿)」を垂らしているように見えることからの名です。
「ゆう(木綿)」とは、コウゾの皮を細かく裂いて麻の糸のようにしたもののことで、主に幣(ぬさ)として神事の際に榊にかけて垂らします。
浜木綿の「木綿」は「もめん」のことではないので、「ハマモメン」と読むのは間違いです。
「浜木綿」は夏の季語で、次のような俳句があります。
・浜木綿に 流人の墓の 小ささよ(篠原鳳作)
・浜木綿は 甲羅法師の かざす花(山口誓子)
・浜木綿や 潮に夜明けの 色走り(木内彰志)
・浜木綿の 花の月夜に 海女(あま)踊る(下村非文)