日本語の語源には面白いものがたくさんあります。
前に「国語辞典を読む楽しみ」という記事を書きましたが、語源を知ることは日本語を深く知る手掛かりにもなりますので、ぜひ気楽に楽しんでお読みください。
以前にも散発的に「日本語の面白い語源・由来」の記事をいくつか書きましたが、検索の便宜も考えて前回に引き続き、「50音順」にシリーズで、面白い言葉の意味と語源が何かをご紹介したいと思います。季語のある言葉については、例句もご紹介します。
1.祝詞(のりと)
「祝詞」とは、「神道の儀式などあらたまった時に、神官が神前で唱える古体の言葉」のことです。のっと。のと。のりとごと。
のりとの「のり」は、「宣言する」や「言う」を意味する動詞「のる(宣る・告る)」の名詞形です。
のりとの「と」は、「所」の意味、「もの」の意味、「呪言」の意味とする説があります。
「ことど」の「ど」など神に捧げる呪術的な意味をもつ言葉の多くに「と」が使われており、「呪言」の意味とする説が妥当です。
単純に「宣言(のりごと)」から「のりと」になったとも考えられますが、上代には「ふとのりと」「ふとのりとごと」と言っていたことから、「のりごと」から転じたとすると「ふとのりとごと」は「ふとのりごとごと」と重言になります。
祝詞は広義には「祓え(はらえ)」に読む言葉や、「寿詞(よごと)」などを含めていいますが、普通は現存する最古の祝詞である「延喜式」所収の二七編と、藤原頼長の日記「台記」所収の「中臣寿詞(なかとみのよごと)」の一編を指していいます。
2.喉(のど)
「のど」とは、「口腔の奥の食道・気管に通じる部分」です。咽喉(いんこう)。首の前面。
のどを上代には「のみど」と言い、奈良時代の文献でも「喉・咽」を「のみど」と読ませています。
「のみど」の「のみ」は「飲み・呑み」、「と」は出入り口を表す「と(門・戸)」で、呑むための入り口の意味と考えられます。
平安時代に、「のみど」が「のむど」に変化しました。
この頃には「のど」の表記も見られるようになりますが、発音は「のみど(のんど)」だったようです。
中世以降は「のど」と「のみど」の両表記が見られ、多くは「のど」が用いられましたが、明治初期までは「のんど」の表記も見られました。
3.暖簾(のれん)
「のれん」とは、「屋号・店名などを記し、店先にかけておく布。また、部屋の仕切りや装飾に用いる布。店の信用・格式」のことです。
のれんは漢字で「暖簾」と書き、本来は「のんれん(「暖」は唐音で「のん」)」でしたが「のうれん」となり、「のれん」に変化しました。
元々、暖簾は禅宗の用語で寒さを防ぐためにかけられた垂れ布をいい、簾の隙間を覆い暖めることから名付けられたものでした。
店先にかけられる布の意味で「暖簾」が用いられるようになったのは、近世以降のことです。
のれんは屋号などを記して店先にかけられることから、店の信用なども意味するようになり、「暖簾分け(のれんわけ)」や「暖簾代(のれんだい)」などの言葉も生まれました。
4.能書き(のうがき)
「能書き」とは、「自分の優れた点を並べ立てること。また、その言葉。自己宣伝の言葉」です。
能書きは、薬などの効能を書き記した「効能書き」の「効」が抜けた言葉です。
効能を書き記したものの意味から、能書きは、その物の長所や値打ちを書き記したものの意味になりました。
さらに転じて、自己宣伝のために優れた点を述べ立てることを、「能書きを並べる」「能書きを並べ立てる」と言うようになりました。
5.熨斗(のし)
「熨斗」とは、「祝儀などの進物・贈答品に添える、色紙を細長い六角形に折った飾り物」です。
熨斗は、伸ばして平らにする意味の「伸す(のす)」の連用形が名詞化した語です。
古くは、火の熱で縮んだ布を伸ばす道具も「火熨し(ひのし)」や「熨し」と呼ばれました。
進物に添えられる熨斗は、アワビの肉を薄く長く切り、伸ばして干したものを儀式用の肴に用いた後、贈り物に添えられた「熨斗鮑(のしあわび)」の慣習に由来します。
現在の熨斗の形は熨斗鮑が変化したものであることから、色紙の中に熨斗鮑の細片が張られたり、包まれたりします。
6.のべつ幕無し/のべつ幕なし(のべつまくなし)
「のべつ幕なし」とは、「休みや切れ目がなく続くさま。ひっきりなしに続くさま」です。
のべつ幕なしは、「のべつ」に同義語の「幕なし」を重ねて強調した言葉です。
「のべつ」は、「延べ(のべ)」に助動詞「つ」が付いた語で、絶え間なく続くさまを意味します。
「幕なし」は、芝居で幕を引かずに演じ続けることを意味します。
「絶え間なく」といった意味の「延べつに」は江戸時代から見られ、「のべつ幕なし」の用法は明治以降です。
語源からすれば「のべつ」の漢字は「延べつ」となりますが、「のべつ」はひらがなで書きます。
のべつ幕なしを「のべつくまなし」とする誤用が多く、次いで「のべつひまなし」という誤用もあります。
「のべつくまなし」は、「まく」と「くま」を反転させただけでなく、「隈なく探す」などの「隈(くま)」と誤解し、「休みなく徹底的に探す」という意味で関連づけられた間違いと思われます。
「のべつひまなし」は、「休む暇もなく」の意味からと思われます。
7.退っ引きならない(のっぴきならない)
「のっぴきならない」とは、「進退窮まる。どうにもならない。切羽詰ってどうしてもやらなければならない」ことです。
のっぴきならないの「のっぴき」は、「退き引き(のきひき)」が音便化された語です。
「退く(のく)」も「引く」も、避けることや逃れることを意味します。
それに打ち消しの「ならない」が付いて、避けることも退くこともできない意味となりました。
8.呑気/暢気/暖気(のんき)
「のんき」とは、「性格がのんびりしているさま。無頓着なさま」です。
のんきを漢字で「暢気」「呑気」と書くのは当て字です。
正しくは「暖」を「のん」と唐音読みした「暖気」です。
中国では「暖気(だんき)」と読み、暖かい気候を意味していましたが、中世頃の日本では「気晴らし」や「遊山」の意味として「暖気(のんき)」が使われていました。
近世末期頃より意味が転じ、人の気性を表す言葉として「のんき」が用いられるようになりました。
9.伸るか反るか(のるかそるか)
「のるかそるか」とは、「成功するか失敗するか、結果はわからないが、運を天に任せて思いっきりやる時に使う言葉」です。主に勝負に出る時に用います。「乗るか反るか」と書くのは間違いです。
のるかそるかは矢師の矢作りに由来する言葉で、「のる(伸る)」は「長く伸びる」や「真っ直ぐ伸びる」の意味で、「そる(反る)」は「後ろに曲がる」を意味します。
矢師が矢を作る時、「のため型」と呼ばれる竹の曲がりを直す物に入れ、竹を乾燥させます。
そこから取り出した竹が、真っ直ぐに伸びていたら矢として使えますが、少しでも曲がっていたら使い物にならず、捨てなければなりませんでした。
矢師が「のるかそるか(真っ直ぐ伸びるか曲がるか)」と、成否を気にしながら竹を取り出したことから、運を天に任せて思いっきりやることを「のるかそるか(伸るか反るか)」と言うようになりました。
物を賭けて勝負を決めることを「賭る(のる)」と言うことから、勝負的な意味合いが強まったともいわれます。
10.鈍間(のろま)
「のろま」とは、「動作や頭の働きがにぶいこと。また、そのような人のこと」です。
のろまは、江戸の人形遣い 野呂松勘兵衛が演じた間狂言の「野呂間人形(のろまにんぎょう)」に由来します。
「野呂間人形」は平らで青黒い顔をし、愚鈍な仕草をする滑稽な人形です。
のろまは、「野呂松」や「野呂間」とも書くことから、「野呂間人形」の説は有力と考えられます。
また、「のろ」は速度や動きが遅いことを意味する形容詞「鈍し(のろし)」、「ま」は状態を表す接尾語「間(ま)」とする説もあります。
「のろのろする」など動作が遅いことには「のろ」が用いられるため、この説も有力とされています。
11.喉仏(のどぼとけ)
「喉仏」とは、「喉の中間にある甲状軟骨が、突き出て高くなっているところ」です。喉頭隆起。成年男子にはっきり見られる場合が多いものです。
喉仏は、「喉骨(のどぼね)」や「結喉(けっこう)」と呼ばれていました。
「喉仏」と呼ばれるようになった由来は、その形状が座禅をしている仏様の姿に見えるためです。
宗派により異なりますが、火葬場で骨上げする際、最初に歯を拾い「足」「腕」「腰」「背」「肋骨」「頭部」の順序で骨壺に入れ、最後に故人と最も縁の深い二人が喉仏を拾うのが一般的です。
その時に、喉仏の形がはっきりして仏様が座禅を組んでいる姿に見えると、「生前に良い行いをしていた」と言われます。
しかし、カルシウム不足な人でも良い行いをしていれば、綺麗に喉仏が残るのか定かではありません。
ただし、火葬場で見る喉仏と、喉の中間にある甲状軟骨は別物で、喉頭隆起は座禅をした仏様のようには見えず、軟骨なので火葬したら残りません。
仏様の姿に見える喉仏は「軸椎」といい、椎骨の上から二番目にある第二頸椎のことです。
人間が骨になった時、これが喉のあたりにあるため勘違いし、喉頭隆起を「喉仏」と呼ぶようになったのです。
喉仏は英語で「Adam’s apple(アダムの林檎)」と呼ばれます。
これは、アダムとイブが禁断の木の実を食べ、アダムの食べた木の実は喉に詰まり喉仏となり、イブの食べた木の実は乳房になったという話からです。