日本語の語源には面白いものがたくさんあります。
前に「国語辞典を読む楽しみ」という記事を書きましたが、語源を知ることは日本語を深く知る手掛かりにもなりますので、ぜひ気楽に楽しんでお読みください。
以前にも散発的に「日本語の面白い語源・由来」の記事をいくつか書きましたが、検索の便宜も考えて前回に引き続き、「50音順」にシリーズで、面白い言葉の意味と語源が何かをご紹介したいと思います。季語のある言葉については、例句もご紹介します。
1.焼け木杭に火が付く(やけぼっくいにひがつく)
「焼け木杭に火が付く」とは、「過去に関係のあった者同士が、再び元の関係に戻ること」です。多くは男女関係についていいます。「焼けぼっくりに火が付く」とするのは間違いです。
焼け木杭に火が付くの「焼け木杭」とは、燃えさしの切り株や焼けた杭のことです。
「木杭(ぼっくい)」は、「棒杭(ぼうくい)」が音変化した語です。
一度焼けて炭化した杭は再び火がつきやすいことから、過去に燃え上がった関係(とくに男女の恋愛関係)を「焼け木杭」にたとえ、以前関係のあった者同士が、再び元の関係に戻ることを「焼け木杭に火が付く」と言うようになりました。
誤って「焼けぼっくりに火が付く」と言われることも多いようです。
これは、「ぼっくい」が「ぼっくり」に聞こえやすく、聞き慣れた「松ぼっくり」との混同でしょう。
しかし、「松ぼっくり」とは言うが「ぼっくり」が単独で使用されることはなく、「焼けぼっくり」という言葉もありません。
2.火傷(やけど)
「やけど」とは、「火や熱湯などの高熱に触れて起こる皮膚の損傷。また、化学物質や放射線による同様の損傷」です。熱傷。
やけどを漢字で「火傷」と表記するのは、意味からの当て字です。
やけどの「やけ」は「焼け」、「ど」は「所」「場所」などを意味する「処」で、「焼け処」が語源です。
井原西鶴の浮世草子『好色二代男』に「脇腹を見たまへば、焼所ありありと」とあります。
3.柳(やなぎ)
「柳」とは、「ヤナギ科ヤナギ属の総称」です。多くは、シダレヤナギをいいます。
柳の語源は、以下のとおり諸説あります。
①古く、矢を作る材料としており、矢を作るのに用いる細い竹を「矢の木」と言ったことから、「ヤノキ」が転じたとする説。
②「楊」の字音「ヤン(yang)」に「i」が加わり「ヤナギ」、もしくは「楊の木(ヤンノキ)」が変化して「ヤナギ」になったとする説。
③成長が早いことから、「イヤナガ(彌長)」の略転とする説。
④「楊」は、あの世とこの世を区別する境界の象徴とされる木なので、「ユノキ(斎木)」の転とする説。
⑤柔らかく撓む(たわむ)ところから、「ヤハナエキ(柔萎木)」の意味とする説。
⑥枝葉は細長く糸のようであるところから、「イトナガキ(糸長木)」の約「ヨナキ」が転じたとする説。
⑦魚を捕らえる仕掛けに用いられたため、「ヤナキ(梁木・簗木)」の意味とする説。
一般には、①「矢の木」の説が通説となっています。
しかし、「柳」と言えば普通は「シダレヤナギ」を指し、原産は中国であることから、「楊」の字音説も十分に考えられます。
漢字の「柳」の右側は「卯」ではなく、「留」の原字です。
「楊」は、「易」に「上がる」「伸びる」という意味があり、長く上に伸びる木を表します。
日本ではシダレヤナギに「柳」を使い、ネコヤナギのように上に向かって立っているヤナギには「楊」を用いて区別することもあります。
「柳」は春の季語で、次のような俳句があります。
・八九間 空で雨降る 柳かな(松尾芭蕉)
・引きよせて 放しかねたる 柳かな(内藤丈草)
・やなぎから 日のくれかかる 野道哉(与謝蕪村)
・ややしばし 煙をふくむ 柳かな(久村暁台)
4.山女(やまめ)
「ヤマメ」とは、「サケ科サクラマスのうち渓流にすみ、海には下らない。陸封型の魚」です。体は淡褐色もしくは灰褐色で、体側に楕円形の暗色紋があり、背側に小黒点が散在します。ヤマベ。
ヤマメは、女性のようにしなやかな姿で山の川に棲息することから、「山の女」の意味で「ヤマメ(山女)」になったとする説があります。
漢字でも「山女」や「山魚女」と表記しますが、魚の漢字は当て字か中国語からの拝借なので、漢字表記に和語の語源を求めることはできません。
「メ」は魚を示す接尾語と考えられていることから、「山の魚」で「ヤマメ(山魚)」が妥当です。
「メ」の付く魚には、「アイナメ」「アカメ」「イワメ」「ヒラメ」などがあります。
ヤマメの別名に「ヤマベ」がありますが、これは北海道・東北地方の呼称で、関東で「ヤマベ」はコイ科「オイカワ」の別名で、コイ科の「ヤマベ」は「ヤマメ」と別語源です。
「ヤマメ」を「ヤマベ」と呼ぶようになったのは、姿も発音も似ており区別がつきにくいことからと考えられますが、東北地方は語尾が「べ」になる訛りが多いため、単に「ヤマメ」の転訛とも考えられます。
「山女」は夏の季語で、次のような俳句があります。
・山女釣 青葉咥へて 川通し(上村占)
・山女釣 より戻りきし 濡鼠(清崎敏郎)
・山女釣 熊笹葺いて 谿ごもり(山口青邨)
・蕗の葉に 山女三匹 空青し(福田甲子雄)
5.寡婦/寡/鰥夫(やもめ)
「やもめ」とは、「夫のいない女。夫を失った女。未亡人。後家。女やもめ。妻のいない男。妻を失った男。男やもめ。やもお」のことです。
本来、やもめは独り身の女性を指す言葉で、男性は「やもお」と呼ばれていました。
「やもめ」の「め」は「女」、「やもお」の「お」は「男」の意味です。
「やも」の語源には、「止む」や「病む」の意味、「夜間守」の意味などありますが、独り家を守る意味で「屋守(屋守り女・屋守り男)」が妥当です。
古く「やもめ」は「やまめ」とも言い、魚のヤマメは群れをなさないことから、魚のヤモメを語源とする説もあります。
しかし、「やもお」の語が考慮されていないことや、ヤマメ以外にも群れをなさない魚がいることから考えがたい説です。
男性に「やもめ」が用いられるようになったのは、平安時代と古く、男女を区別して用いる際は、「男やもめ」や「女やもめ」と言うようになりました。
現代では特に男性に対して用い、「男やもめに蛆がわき、女やもめに花が咲く」の句も、多くは「男やもめに蛆がわく」と略されます。
古くは未婚者のことも「やもめ」と言いましたが、現代では主に配偶者と別れた人に対して使われます。
やもめの漢字は、女性には「寡」「寡婦」「孀」、男性には「鰥」「鰥夫」が用いられます。
6.矢車草(やぐるまそう)
「ヤグルマソウ」とは、「深山の林中に自生するユキノシタ科の多年草」です。ヤグルマギクの別名。
ヤグルマソウは、五枚の小葉の形が矢車に似ている(下の写真・左)ことから付いた名前です。
「矢車」(上の写真・右)とは、端午の節句に揚げる鯉のぼりの竿の先で、風を受けて回転するよう矢羽根を放射状につけたもののことです。
キク科の一年草のヤグルマギクが「ヤグルマソウ」と呼ばれていたこともありましたが、本種と混同しないよう、現在では「ヤグルマギク」で統一されています。
7.野心(やしん)
「野心」とは、「ひそかに抱く、分を超えた大きな望み」です。狼子野心。野望。
中国の史書『春秋左氏伝』に「諺に曰く、狼子は野心」とあるように、本来、野心は狼の子が人に飼われていても飼い主を害そうとするような、野性の荒々しい本性を意味する漢語でした。
そこから、野心は馴れ服さないで害そうとする心、他人を害そうとしたり謀反を企てたりする人を意味するようになり、更に転じて、身分不相応の良くない望みを意味するようになりました。
日本でも悪い意味に限って用いられていましたが、野心を抱くことは意欲的であり、向上心があることと捉えられ、現在では良い意味で用いられるようになっています。