日本は、戦後賠償や発展途上国支援の名目で多額の経済援助をして来ましたが、そのうちのかなりの金額が経済援助を受けたアジアやアフリカの独裁者とその妻たちが横領してぜいたくな暮らしをし、高級衣服や宝石類の購入、スイスへの隠し預金やヨーロッパでの不動産購入で私腹を肥やしていた現実があります。
国民は貧困や失業に喘ぎ、民主化運動に対しては容赦のない武力弾圧や言論統制を行い、かつてのヨーロッパ諸国よりもひどい「独裁国家」を作り上げ、クーデターで倒れるまで長期政権を維持しました。
我が国は、このような歴史の現実を直視し、「経済援助」については見直しをすべき時に来ていると思います。「人道援助」についても同様です。
もちろん「経済援助」や「人道支援」は、日本だけではなく、アメリカをはじめとする西側諸国も行ってきたものですが、それが対象国の国民生活の向上に使われず、多くが独裁者の私腹を肥やすことに使われていたのであれば、西側諸国が独裁者に加担したと言われても仕方がありません。
NHKのBSで「独裁者の妻たち」という特集番組がありました。特にイメルダ夫人の話が強く印象に残っています。
1.フィリピンのマルコス大統領とイメルダ夫人
フィリピンのマルコス大統領(1917年~1989年)は、1965年から1986年まで独裁政権を続けました。
「三千足の靴を持つ女」と呼ばれたマルコス大統領夫人のイメルダ(1929年~ )は、現在もフィリピンの豪邸に暮らし、現役の政治家として復権を狙っています。
独自外交で、中国の毛沢東やキューバのカストロとも会談した「鋼鉄の蝶」は、ミケランジェロやピカソの絵画が飾られた自宅で、「醜いことは罪」「人々にはスターが必要」「貧しい人と会う時は2時間かけてドレスアップします。彼らは美しいものを求めているから」とイメルダ節を全開させていました。
1986年に起こった「エドゥサ革命(ピープルパワー革命)」でマルコス大統領が失脚した時、彼女は夫とともにハワイに亡命しましたが、マラカニアン宮殿には、靴のほか、ミンクのコートやガウン、高級ハンドバッグなどが多数残されていたそうです。
2.コンゴのモブツ大統領と双子のファーストレディー
コンゴのモブツ大統領(1930年~1997年)は、1965年から1997年まで独裁政権を続けました。彼の最初の妻は1977年に病死し、ボビ・ラダワ夫人と再婚しますが、彼女の双子の妹コシアを側室として迎え入れています。
独裁大統領のモブツは亡命先のモロッコで客死しましたが、夫人と側室は現在もモロッコで優雅な生活を送っています。彼女たちはモブツが国家の資産を横領して築いた財産で今も贅沢な暮らしをしているのには、コンゴ国民ならずとも義憤を感じます。
3.チュニジアのベンアリ大統領とレイラ夫人
チュニジアのベンアリ大統領(1936年~ )は、1987年から23年以上にわたって独裁政権を続けましたが、高い失業率と物価の高騰で国民の不満が高まりデモが多発したため、2011年にサウジアラビアに亡命し、政権は事実上崩壊しました。
ベンアリ大統領とレイラ夫人は、亡命の際に金塊1.5トンを持ち逃げしたほか、不正蓄財の疑いも持たれています。
4.ジンバブエのムガベ大統領と夫人
ジンバブエのムガベ大統領(1924年~ )は、1987年から2017年まで独裁政権を続けましたが、国防軍にクーデターを起こされ辞任しました。
彼は、最初の夫人サリーとは死別し、グレースと再婚しましたが、グレースは贅沢好きの浪費家で、国民の700万人が飢餓状態にあっても、常に豪奢な生活を送り続けました。グレース夫人は、グレース(grace)(「優美」「上品さ」)とは反対のディスグレース(disgrace)(「不名誉」「恥辱」)と陰口を叩かれたそうです。
イギリスの歴史家・思想家のジョン・アクトンの「権力は腐敗する。絶対的権力は絶対に腐敗する。」という有名な言葉があります。これはけだし名言だと私は思います。