私は外国語学習としては英語とドイツ語を習いましたが、必ずしも上達したとは言えません。
欧米欧米人には今でもアジア系民族への人種差別意識が根強くありますが、彼らから英語で揶揄されても岡倉天心のように、当意即妙に英語で応酬することは私にはできません。
語学の天才か帰国子女でもない限り、英語の微妙なニュアンスまで体得することは至難の業です。
我々日本人としてはそんな無理なことに挑戦するよりも、俳句の季語のような豊かで細やかな日本語、美しい日本語をもっと深く知るほうがよほど易しいし、気持ちを豊かにしてくれると思います。
これまでにも、「四季の季節感を表す美しい言葉(その1「春」)」「四季の季節感を表す美しい言葉(その2「夏」)」「四季の季節感を表す美しい言葉(その3「秋」)」「四季の季節感を表す美しい言葉(その4「冬」)」「豊かで細やかな季語(その1「新年」)今朝の春・花の春・初空・若水など」「豊かで細やかな季語(その2「春」)薄氷・余寒・野火・初花・忘れ霜など」「豊かで細やかな季語(その3「夏」)新茶・御祓・日除け・赤富士など」「豊かで細やかな季語(その4「秋」)燈籠流し・新涼・菊供養・草紅葉など」「豊かで細やかな季語(その5「冬」)初霜・帰り花・朴落葉・焼藷・懐炉・角巻」などで多くの季語をご紹介して来ました。
日本に「俳句」という17音節からなる世界で最も短い詩のスタイルが存在することは、日本人として誇らしい気持ちです。
季語には日本文化のエッセンスが詰まっています。しかし意外と知られていない美しい季語がまだまだあります。
今回は「新年」の季語と例句をご紹介します。
(1)松の内(まつのうち):門松などの正月の松飾りのある期間のことです。関東では元日から七日までが普通ですが、関西では十四日または十五日までが慣習になっており、三日までのところもあるなど、地方によってさまざまです。
松のあるうちは正月気分が続きます。
<子季語・関連季語>
・注連の内(しめのうち)
・松七日(まつなぬか)
<例句>
・口紅や 四十の顔も 松の内(正岡子規)
・古き世の 顔も匂ふや 松の内(室生犀星)
・鎌倉は 古き都や 注連(しめ)の内(高浜虚子)
・松の内 社前に統(す)べし 舳かな(杉田久女)
・更けて焼く 餅の匂や 松の内(日野草城)
・昼は日に 夜(よ)は月星に 松の内(原石鼎)
・幕あひの さざめきたのし 松の内(水原秋桜子)
・広小路や 鶴放したき 松の内(丁水)
(2)若菜野(わかなの):七草粥の若菜を摘みに出かける野のことです。「若菜」は春の七草の総称であり、七草粥に入れる菜です。
七草(七種)の前日の一月六日に摘みます。
<子季語・関連季語>
なし
<例句>
・わか菜野に 三輪の酒うり 出そめけり(加藤暁台)
・若菜野を 伏見参りの 人やらん(花木伏)
・三足程 旅めきにけり 野はわか菜(小林一茶)
・若菜野や 赤裳引きずる 雪の上(高桑闌更)
・若菜野の 濃みどり若菜 のみならず(皆吉爽雨)
・若菜野や 果なる山も 朗らかに(服部嵐翠)
・若菜野や 八つ谷原の 長命寺(石田波郷)
・水音に 添ひ行き若菜 野に出でぬ(菖蒲あや)
(3)春駒(はるこま):正月、家々をまわり、新春の祝詞を述べる新年の門付け芸の一つです。
木で作った馬の首にまたがり、頬かむり、裁着袴(たっつけばかま)のいでたちで、「めでたやめでたや春の初めの春駒なんぞや、夢に見てさえよいとや申す」などと、三味線や太鼓の囃子に乗ってにぎやかに節おもしろく歌い囃して歩く芸です。
江戸時代には諸国で見られましたが、現在では二人で行う新潟県佐渡市の相川地区のもの、山梨県甲州市、沖縄県などに残るのみです。
<子季語・関連季語>
・春駒舞(はるこままい)
・春駒踊(はるこまおどり)
・春駒万歳(はるこままんざい)
<例句>
・春駒や よい子育し 小屋の者(炭太祇)
・春駒や 人が真似ても いさましき(小林一茶)
・春駒や 己が宿より 舞ふて出づ(松瀬青々)
・春駒に 童つきゆく 浦曲みち(中川文彦)
・春駒の 昨日廻りし 村に泊(は)つ(高澤良一)
・春駒の 胸の下なる 膝やすまず(中村草田男)
・酔うて来し 春駒みれば 女なる(前川龍二)
・つと出でて 妹の春駒 いさむかな(菊池芳女)
(4)菱葩餅(ひしはなびらもち):元は宮中(皇室)の新年のお節料理の一つです。円くのばした白い餅に、小豆の渋で染めた菱餅を重ね、甘煮にした牛蒡と白味噌をのせて二つに折ったものです。
平安時代にはあった新年の行事「歯固(はがため)」(長寿を願って、鏡餅、牛蒡など、固いものを食べる)を簡略化した料理と言えます。
「菱葩餅」をもとに、明治時代以降、菓子の「花弁餅」が作られ、広まりました。今では新年を代表する菓子になっています。
<子季語・関連季語>
・葩餅(はなびらもち)
・花弁餅(はなびらもち)
・お祝いかちん(おいわいかちん)
・御焼餅(おやきかちん)
<例句>
・あけぼのの 色とも見えて 花びら餅(能村登四郎)
・花びら餅 女系家族に 一女増え(下村志津子)
・葩びら餅 長子の嫁と なる人や(大石悦子)
(5)福引(ふくびき):「籤引き(くじ引き)」の一種で、くじを引いてさまざまな品物を取り合うものです。
数本の長い糸のうちの一本に景品を結びつけ、それを束ねて手に持ち、端を引かせて、引き当てた者を勝ちとする「宝引(ほうびき)」が変化したものです。
その年の運試しとして挑戦する人が多かったようですが、現在では、くじを引いて豪華な景品をあてるという、客寄せの催し物として通っています。
もともとは、正月に二人で一つの餅を引き合って、ちぎれた餅の大小によってその年の禍福を占ったものです。
<子季語・関連季語>
・笑籤(わらいくじ)
・宝引(ほうびき)
<例句>
・福引の 興まださめず 母の居間(高浜虚子)
・福引の 順にあたりて 物さびし(大江丸)
・福引や 女があてし 大蕪(野村喜舟)
・福引や 初音の君に 竹箒(紫暁)
・福引の 紙紐の端 ちよと赤く(川端龍子)
・大当り せぬが無難や 福引す(西岡正保)
・宝引の 紐のもつれも 一さわぎ(後藤綾子)
・福引に あたりしものを 重宝す(富安風生)
(6)なまはげ:秋田県男鹿半島に伝わる大晦日の晩の行事です。かつては小正月に行われました。
村の若者たちが二、三人一組となり、恐ろしい異形の鬼の面をかぶり、蓑を着て、藁沓を履いて鬼に扮し、木製の出刃包丁や御幣、手桶などを持って家々を訪れます。
「なまみこはげたか」「泣く子はいないか、怠け者はいないか」などと怒号したのち、祝言を述べます。家の主人は正装で迎え、餅や酒でもてなします。
「なまみ」は「火斑(ひがた)」のことで、火の傍らで怠けている者の肌にできるシミです。それを包丁で剝ぎ取るぞと脅し、懲らしめるのです。
国の重要無形民俗文化財で、数百年の歴史を持ちます。「来訪神」の一つとして、「ユネスコ無形文化遺産」にも登録されています。
<子季語・関連季語>
・生身剥(なまみはぎ)
・なごめ剥(なごめはぎ)
・なもみたくり(なもみたくり)
・ひがたたくり(ひがたたくり)
・ななみたくり(ななみたくり)
・あまみ剥(あまみはぎ)
・なもみ剥(なもみはぎ)
<例句>
・なまはげに 持ち込まれたる 土間の雪(川瀬一貫)
・なまはげを 襖のかげで 見る子かな(中村苑子)
・なまはげに 父の円坐の 踏まれけり(小原啄葉)
・なまはげの 吼(ほ)え星空を 沸き立たす(川口襄)
・なまはげの 面の中より 優男(やさおとこ)(鍋谷福枝)
・なまはげの 解(げ)せぬ口上 秋田弁(杉山青風)
・なまはげの 足踏み鳴らす 屋台骨(高澤良一)
・なまはげの 躍り狂ひし 座敷掃く(西沢信生)
(7)藪入(やぶいり):江戸時代、正月十六日に奉公人が休みを貰い、親元に帰ることです。親元の遠い者は寺社巡り、芝居見物などをしました。盂蘭盆明けの七月十六日にもあり、これは「後の薮入」と呼びました。
本来は先祖を祀るための休みであり帰郷でしたが、その意味合いはしだいに薄れ、奉公人の休みとしての意味合いが強くなりました。この日は、奉公人は主人からお仕着せの着物や小遣いをもらって送り出されました。現在のような休日制度のなかった時代、薮入りは、奉公人たちにとって首を長くして待つ日でした。
<子季語・関連季語>
・家父入(やぶいり)
・養父入(やぶいり)
・走百病(やぶいり)
・宿入(やどいり)
・宿下り(やどさがり)
・六入り(ろくいり)
・十六日遊び(じゅうろくにちあそび)
<例句>
・やぶいりや 牛合点して 大原まで(宝井其角)
・やぶ入の 寝るやひとりの 親の側(炭大祇)
・やぶ入の 夢や小豆の 煮るうち(与謝蕪村)
・薮入や 泪(なみだ)先立つ 人の親(小林一茶)
・薮入の 二人落ちあふ 渡しかな(正岡子規)
・薮入の 母が焚(た)く炉の 煙たさよ(高野素十)
・薮入と いふなつかしき 日なりけり(細川加賀)
・薮入や 古き港に 鴎舞ひ(山本洋子)
(8)初天神(はつてんじん):正月二十五日に新年初めて天満宮に参詣すること(またその縁日のこと)です。
二十五日であるのは祭神の菅原道真が、承和十二年六月二十五日生、延喜三年二月二十五日没のためです。
京都の天満宮では境内一円に露店が並びます。大阪の天満宮では、雷除けの護符を出し、境内で天神花・天神旗を売ります。東京の亀戸天神では鷽替え(うそかえ)の神事が行われます。
なお「初天神」は、古典落語の演目の一つでもあります。
<子季語・関連季語>
・天神花(てんじんばな)
・天神旗(てんじんばた)
・宵天神(よいてんじん)
・残り天神(のこりてんじん)
<例句>
・受験の子 あれば心に 初天神(轡田進)
・我も又 初天神の 人となり(工藤隆子)
・湯の道も 初天神の 人通り(岡本松浜)
・初天神 学問の絵馬 恋の絵馬(結城一雄)
・初天神 易者の見台 遠巻きに(脇坂啓子
・雪風や 宵天神の 橋長く(青水月斗)
・宵天神 晩学の願 ねむごろに(草村素子)
・命濃き 天神花の 翳(かざ)さるる(後藤夜半)