(西 周)
1.西洋古代文学や日本古典文学を学ぶ重要性
「そんな古い書物のことは知らなくてもよい」というのも一つの考え方ですが、日本国民の教養として人類の英知の遺産を広く知ってもらうことも大切ではないかと私は思います。
従来は、日本の古典文学についても、一般の人は名前だけは知っているが読んだことはない場合がほとんどで、一方専門家は、詳細な解説書はたくさん執筆していても、一般の人にもわかりやすい啓蒙的な要約書・入門書はあまり書いていないように思います。
14世紀に西洋で起こった「ルネサンス」ではありませんが、今の日本にも「古典文学再評価運動」が必要な気がします。現在日本では、ギリシャ・ローマ時代の西洋古代文学はもとより、日本の古典文学についても、作品の名前を知っている程度で中身は読んだことがないという人が大半ではないでしょうか?
その原因は、「簡単な要約書・入門書が少ない」ことと、「人々の関心も薄い」ことでしょう。
ただ、ごく最近は「マンガ○○」」や「超訳○○」「自由訳○○」という本がちらほら出て来たのは喜ばしいことです。しかし、今のところ、大きな文化運動には至っていないように思います。
2019年のノーベル化学賞を受賞した吉野彰氏が影響を受けたというファラデーの「ロウソクの科学」も「科学の啓蒙書」です。
日本でも明治時代には、数多くの「啓蒙書」が出版されました。啓蒙家の西周(にしあまね)(1829年~1897年)は「百学連環」「百一新論」「致知啓蒙」などの啓蒙書を出しました。彼は「哲学」「科学」「芸術」「理性」「意識」「知識」「概念」「定義」「命題」「分解」など多数の訳語を考案しました。ダーウィンの進化論を平易に解説した丘浅次郎の「進化論講話」も啓蒙書です。私はこの「進化論講話」を大学時代に生物学の参考図書として読みました。
2.「古典の普及」と日本国民の「教養の向上」の方策
(1)「啓蒙書」「要約書・入門書」の出版促進
古典文学・古典文化の「厳正で緻密な解釈書」ではなく、若干不正確なところがあってもよいので子供にもわかるような「啓蒙書」「要約書・入門書」をぜひ作ってほしいものです。
(2)テレビの「文化・教養番組」の強化
また、テレビも「啓蒙運動」の担い手になるべきものです。NHK(総合、Eテレ、BS)に限らず、民放でも文化・教養番組を増やしてほしいものです。美術の方面ですが、Eテレの「日曜美術館」やBSテレ東の「美の巨人たち」は良い番組だと思います。
「放送法」第2条第29号では「教養番組」を「教育番組以外の放送番組であって、国民の一般的教養の向上を直接の目的とするもの」と定義しています。
またNHKでは、「番組基準」第2章第1項で「一般的教養の向上を図り、文化水準を高めることを旨とする」と定めています。
最近のNHKは、この理念を忘れたのではないかと疑わしくなります。
今のテレビのお昼のワイドショー番組は、どの局も「芸能・ゴシップ新聞」(タブロイド新聞)のようで、評論家の大宅壮一が言った「一億総白痴化」という警句が当たっているように思います。これは「テレビというメディアは非常に低俗なものであり、テレビばかり見ていると人間の想像力や思考力を低下させてしまう」という意味です。
3.ルネサンス期に再評価された古代ギリシャの小説
古代ギリシャの「エチオピア物語」という小説の名前を聞いたことのある人は少ないのではないでしょうか?ましてやその内容を知っている人はほとんどいないのではないでしょうか?
実は私も、つい最近まで「エチオピア物語」のことを知りませんでした。
これは、3世紀のギリシャの小説家へリオドロス(生没年不詳)の10巻もある恋愛小説です。正式の題名は「テアゲネスとカリクレイアに関するエチオピア物語」で、当時流行の恋愛冒険物語の最高傑作で、「現存する古代ギリシャの小説の白眉」と言われています。あらすじは次のようなものです。
エチオピアの王女カリクレイアは白い肌を持って生まれたため捨てられ、デルフォイの巫女として育ちます。テッサリアの貴公子テアゲネスと恋仲になってエジプトに駆け落ちしますが、海賊の手に落ちたり、別れ別れになったりして、数々の冒険の末にエチオピア軍の捕虜になって、まさに犠牲に捧げられようとした時に、カリクレイアがエチオピア王の娘だったことがわかり、二人はめでたく結婚するという物語です。
4.「ルネサンス」でのギリシャ・ローマ文化の再評価
この小説は、ビザンティン、ルネサンス期に絶賛を受け、イタリアの叙事詩人タッソ(1544年~1595年)や「ドン・キホーテ」で有名なスペインの作家セルバンテス(1547年~1616年)などの作品の手本となったそうです。
「ルネサンス」は言うまでもなく、14世紀にイタリアで始まり、やがて西欧各国に広まった文芸復興運動で、「古典古代(ギリシャ・ローマ)の文化を復興しようとする文化運動」です。
キリスト教はおよそ1000年間にわたって「ローマ帝国」の「国教」となり、西洋人の大多数が信仰する宗教となりましたが、西欧圏では古代ギリシャ・ローマ文化の破壊が行われ、多様性を失うことによって自由な文化的展開が見られませんでした。中世が「暗黒時代」と呼ばれる所以です。カトリック教会による「宗教裁判」「魔女裁判」などはその典型的な例です。
ギリシャを初めとする古典的な知の遺産は、8世紀から9世紀にかけて「アラビア語」に次々と翻訳され、初期の「イスラム文化」の発達に多大な貢献をしました。
ルネサンス期のヨーロッパの学者たちは、膨大な百科全書のような「ギリシャーイスラム文献」に取り組みました。こうした文献は、多くのヨーロッパの言語に翻訳され、印刷技術の飛躍的な革新によってヨーロッパ全土に広まりました。
イスラム文化が衰退の一途を辿り始めた一方で、ギリシャーイスラムの知の遺産を継承した西洋が旺盛な活力を獲得し、イスラム文化にとって代わって世界史の表舞台に登場したのは歴史の皮肉です。
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