前に旧約聖書に出て来る「予言者ダニエル」についての記事を書きましたが、このダニエルは、シェイクスピアの「ヴェニスの商人」などにも「名判官」の代名詞として出て来ます。
1.シェイクスピアの「ヴェニスの商人」
皆さんよくご存じの「ヴェニスの商人」の中で、愛するアントーニオの危機を助けようと男装して裁判官になりすましたポーシャが、酷薄で執念深いユダヤ人の金貸しシャイロックの心を試すために、初めはわざと彼の主張を認めて、債務を弁済できなかった被告アントーニオの胸の肉1ポンドを切り取ることを許します。
老金貸しは喜び勇んで「ダニエル様!ダニエル様の再来」と裁判官を褒め称えたのです。
しかし、シャイロックが鋭いナイフを手にして被告に近寄ると、ポーシャは「被告の胸の肉は1ポンドより多くても少なくてもならず、また血は一滴も流してはならない」と警告したので、シャイロックは進退窮まってしまいます。
これを見た被告の親友バッサーニオは、やはり「ダニエル様!ダニエル様の再来」と囃し立てたのです。
2.旧約聖書の外伝「アポクリファ」
ダニエルは、予言者エゼキエルによって「知恵と正義との典型」と賞賛されています。エゼキエルは旧約聖書に登場する紀元前6世紀頃のユダヤ人の予言者です。
旧約聖書の外伝「アポクリファ」に面白い逸話が載っています。
バグダッドの富豪の美貌の妻スザンナを、隣家の二人の長老が見初(みそ)め、彼女が庭園で沐浴中に追いかけて、「我々の意に従わなければ、あなたが庭で若い男と密通しているのを見たと訴えて死刑にさせる」と脅迫しました。
スザンナがこの不当な要求を撥ねつけたため、二人の長老は彼女を訴えました。
審理にあたった若きダニエルは、二人の証人を別々に尋問して、「スザンナがどこで密通したか?」と尋ねたところ、一人は「漆(うるし)の木の下」と答え、もう一人は「柊(ひいらぎ)の木の下」と答えたので、彼らの証言が虚偽であることを見破ったのです。
<「スザンナの沐浴」(ルーベンス作)>
このエピソードは、「名裁判の始まり」とされるだけでなく、「西欧の推理小説の原型」とも言われます。なお、「スザンナの沐浴」は、しばしば画題とされえおり、ルーベンス、レンブラント、ファン・ダイクのものが有名です。
3.大岡政談
日本でも、「大岡裁き」の名奉行として有名な「大岡忠相(おおおかただすけ)」(1677年~1751年)がいます。
彼は当時から名奉行として評判の高かった江戸町奉行(在任期間:1717年~1736年)で、「大岡政談」は彼を主人公にした創作です。内容は、中国宋代に作られた「棠陰比事(とういんひじ)」を模したものです。
天一坊・白子屋阿熊・煙草屋喜八・村井長庵など16編から成っています。民衆が公正で人情味のある裁判を渇望していて、その夢を叶えるような物語です。
4.判官贔屓(ほうがんびいき/はんがんびいき)
「判官贔屓」とは、「人々が源義経(1159年~1189年)に対して抱く客観的視点を欠いた同情や哀惜の心情のこと」です。さらに広い意味では、「弱い立場に置かれている者に対して、あえて冷静に理非曲直を正そうとしないで、同情を寄せてしまう心理のこと」「同情や憐憫の気持ちによって、相対的に立場の弱い者へ肩入れしてしまうこと」です。
「判官」は、源義経が「検非違使(けびいし)」の「尉(判官)」で、「九郎判官」と呼ばれたためです。