「睡眠」は、「食事」「運動」とともに人間の健康にとって不可欠なものです。人生の約3分の1は「睡眠」です。ところで、最近「スリープテック(睡眠テック)」という言葉をよく聞くようになりました。
CMでも、味の素の「グリナ」やハウスウェルネスフーズの「ネルノダ」、大塚製薬の「賢者の快眠」など睡眠を助けるサプリメントの宣伝をよく見ます。悟空のきもちの「睡眠用うどん」というアイデア寝具も発売され人気のようです。
不眠に悩む人がいかに多いかということの表れだと思います。
そこで今回は、広く睡眠に関してさまざまな角度から面白い話をご紹介したいと思います。
1.睡眠の意味と効果、睡眠不足のリスク
(1)睡眠とは
「睡眠」とは、「眠ること、すなわち周期的に繰り返す意識を喪失する生理的な状態のこと」です。
具体的には「体の動きが止まり、外的刺激に対する反応が低下して意識も失われているが、簡単に目覚める状態のこと」です。
ヒトは通常は昼間に活動して夜間に睡眠をとりますが、他の動物は夜間に活動し昼間に睡眠をとるものが多いようです。
(2)睡眠の効果
「十分な睡眠時間」と「質の高い睡眠(熟睡)」が必要なことは誰でも漠然とはわかっています。では睡眠の具体的な効果とは何でしょうか?
①疲労回復
睡眠の代表的な効果は、「心身ともに疲労を回復させること」です。
睡眠のリズムの中で、深い睡眠(ノンレム睡眠)が得られるほど、体内の修復・回復を促す成長ホルモンが多く分泌され、体内での代謝活動が促進されます。
脳も休まり、自律神経の働きが整うため、ストレスからの回復・耐性も向上します。
②肥満防止
食欲をコントロールするホルモンを適切に分泌させることで、余分なカロリー摂取を防ぎ、身体の代謝を促します。
十分な睡眠がとれるとエネルギー代謝を促進するホルモンが働き、太りにくい体質づくりに役立ちます。
③ストレス解消
十分な睡眠をとることで脳内の疲労を解消し、内分泌系のリズムを整えることで、ストレスの解消につながります。
ストレスによって発生するコルチゾールが過剰になると脳の海馬を委縮させ、過剰な不安感に襲われるなど、抑うつ状態につながるリスクを持っています。
④肌質の改善
睡眠中に分泌される成長ホルモンは、肌のターンオーバー(肌の細胞の生まれ変わり)を向上させ、美しい肌質を作るのに不可欠です。
⑤記憶の定着
睡眠には、覚醒時の体験を整理し、記憶として脳に定着させる働きがあります。
深い眠り(ノンレム睡眠)で体験から得た感情や事柄を整理し、浅い眠り(レム睡眠)で記憶として定着させるリズムを作ります。
まとまった時間で睡眠のリズムを作ることは、不要な感情や体験を取り除き、記憶能力を十分に生かすことにつながります。
かつて「睡眠学習機」というものがブームになったことがありますが、これは効果のない眉唾物でしたが、「三上(さんじょう)」の一つの「枕上」は、72歳の私の経験からも効果があると思います。
これは睡眠によって「記憶の整理」や「頭の中の不要なゴミの除去」が行われてスッキリするためだと思います。
(3)睡眠不足のリスク
睡眠不足は身体にとってさまざまなリスクを伴います。体調不良や身体・精神的疾患の原因が睡眠不足にあることが多いものです。
①太りやすくなる
②抑うつ状態(うつ病・不安障害など)が発生する
③生活習慣病の発症リスクが高まる
2.睡眠の種類
(1)レム睡眠
「レム睡眠」とは、睡眠の一つの型で「浅い眠りの状態で、身体は眠っているが脳は覚醒に近い状態の睡眠のこと」です。
レム睡眠(REM sleep)という名前は、この睡眠に特徴的な現象の一つである「急速眼球運動」(rapid eye movement)(REMと略す)に由来します。
ほとんどの夢の体験は、このレム睡眠の時に起こるため、「夢見睡眠(ゆめみすいみん)」と呼ばれることもあります。
レム睡眠の時の脳波は、覚醒時と同様の波形を示します。人間だけでなく、他の哺乳類や鳥類にも脳波のパターンからレム睡眠があることが認められているそうです。
浅い眠りが続くと、身体の疲れが取れないだけでなく、自律神経にも悪影響を与えます。
(2)ノンレム睡眠
「ノンレム睡眠(non-REM sleep)」とは、睡眠の一つの型で「急速眼球運動(REM)を伴わない深い眠りの状態のこと」です。
脳の休息、成長ホルモンの分泌による体内組織の修復、免疫機能の向上などの効果があります。
ヒトは睡眠中に目を閉じ、体が動かず横になって寝ている姿は外見上同じように見えますが、「ノンレム睡眠」と「レム睡眠」という2つの異なる睡眠状態を90~120分で交互に繰り返しています。
一般的に深い眠りの「ノンレム睡眠」と浅い眠りの「レム睡眠」のサイクルを、一晩で4~5回繰り返しています。
この中で、最も深く眠っているのが1周期目の「ノンレム睡眠」で、この最初の90分は「黄金の90分」と呼ばれています。
3.睡眠時間
私の現役サラリーマン時代は仕事が忙しく、早朝から出勤して連日夜遅くまで残業しましたので、帰宅すると食事と風呂を済ませてすぐ寝るという状態が多かったため、睡眠時間も短く「慢性疲労状態」でした。今で言えば「過労死寸前」だったと言えます。
(1)人間
必要な睡眠時間は、新生児(0~3ヵ月)では14~17時間ですが、徐々に短くなり就学前(3~5歳)では10~13時間となり、成人では7~9時間です。
(2)その他の動物
前に「ゾウは立ったまま3時間の睡眠で活動できる」ことをご紹介しましたが、その他の動物の睡眠時間はどうなっているのでしょうか?
ライオンやトラの睡眠時間は平均15時間、キリンは4.6時間、野生のアフリカゾウは3.3時間と言われています。
一般的に動物の睡眠時間は肉食動物⇒雑食動物⇒草食動物の順に短くなると言われています。
ただし、コアラ(22時間)やナマケモノ(20時間)のように、1日のほとんどを寝て過ごしている動物もいます。
(3)植物
人間以外の動物も眠るというのは、だいたい察しがつきますが、植物は眠るのでしょうか?
植物の場合は1日のうちで「眠る時間」と「活動する時間」が分かれているわけではありません。
ネムノキ(合歓の木)が夜になると葉が合わさって閉じる(就眠運動)ことや、スイレン(睡蓮)の花が夕方になると閉じることがあるので、眠るように見えますが、これは睡眠ではありません。オジギソウ(お辞儀草/含羞草/眠り草)が手を触れるなど刺激を与えると葉が閉じるのも、ネムノキと同じです。
しかし、植物生理学における「休眠」という現象があります。「休眠」とは、「植物が成長を停止する期間」のことで、種子や芽の休眠がよく知られています。
「古代ハス」(「大賀ハス」は約2000年前と推定)が1000年以上の眠りから覚めて開花したというニュースもありました。
多くの植物種は、冬季や乾季など生育に適さない気候を生き抜くための戦略として「休眠」を用いています。
植物は周囲の環境の変化を感知し、休眠に入る時期を決定していると考えられています。休眠の誘導または打破に関与する外部からの刺激としては、日長・気温・湿度や土壌の含水量の変化などが知られています。
たとえば、多くの木本植物では、自身が持つ概日リズムによって日長の変化を感じ、短日になる(限界日長を超える)と成長が阻害され、休眠芽を形成することが知られています。
「植物に学ぶ生存戦略」「ボディーガードを呼ぶ植物」「美しい花には毒がある」の記事でもご紹介しましたが、植物の力は決して侮れません。
3.睡眠形態
(1)体を横たえて眠るヒト
ヒトは普通横になって眠ります。ソファーに座って居眠りしたり、よほど睡眠不足の時は立ったままでも眠ってしまうこともあるかもしれませんが・・・
(2)立ったままで眠る草食動物
上に述べたゾウもそうですが、ウシやウマ、キリンなどの草食動物は立ったまま眠ります。
敵が来たらすぐ逃げられるようにするためもあるかもしれませんが、横になると体の構造の問題でげっぷができなくなることが大きな理由です。
草食動物の胃の中には、草を消化するための細菌がおり、これが二酸化炭素やメタンなどのガスを大量に出しています。横になると、このガスをげっぷで出せなくなり、内臓が破裂して死んでしまうそうです。
(3)空を飛びながら眠る鳥
高槻市役所付近でよく見かけるムクドリは、夕方になると大群で街路樹のケヤキ並木に羽を休めて眠っています。
しかし中には空を飛びながら眠ることができるアマツバメやグンカンドリのような渡り鳥もいます。彼らは1週間もの間、休みなく飛び続けることができ、しかも同時に眠ることができるそうです。
2016年8月号のネイチャー誌に載せられた研究結果によると、「研究者が15羽のグンカンドリを捕獲し、頭にセンサーを付けて放し、3000kmにも及ぶ10日間の飛行中の脳波を調べたところ、飛行しながら眠っていることがわかった」ということです。
空を飛びながら眠るのは、従来の研究では脳の半分ずつ交互に眠る「半球睡眠」と思われていました。
しかしこのネイチャー誌の研究結果によると、日中は覚醒した状態で飛び、日が沈むと脳波に変化が見られ最長で数分間の「徐波睡眠」に入ることが分かったそうです。しかも、「徐波睡眠」は脳の半球ではなく脳全体に見られたそうです。
(4)泳ぎながら眠る魚
泳ぎながら眠る魚の代表例は、「大型回遊魚」のマグロやカツオです。サバやイワシなどの「小型回遊魚」も泳ぎながら眠ります。
「回遊魚」とは、「ある一定の場所にとどまらずに、海の中を泳ぎ回って生きている魚のこと」です。
これらの回遊魚が泳ぎながら眠る理由は次の二つです。
①酸素を取り込むため
魚も人間と同様に酸素を体内に取り込む必要があり、多くの魚は「エラ呼吸」で酸素を取り込みます。一般的なエラ呼吸は、エラを開閉することで、水と同時に酸素を取り込みます。
しかし、マグロやカツオのエラは開閉できないため、エラ呼吸ができません。その代わりに口を開けて泳ぐことで水をエラへ送り込み、同時に水に含まれる酸素を取り込む呼吸の仕方(ラムジュート換水法)をしています。
つまり彼らは泳ぎ続けないと酸素を取り込むことができず死に至るので、泳ぎ続ける必要があるのです。
これが寝ている間も泳ぎ続ける主な理由です。
②沈んでしまわないため
体が沈まないようにすることも、寝ながら泳ぎ続ける理由の一つです。
多くの魚は体が沈んでしまわないように「浮き袋」という器官を持っています。しかしマグロやカツオには「浮き袋」はあるものの、それが未発達のため泳ぐことを止めると海底に体が沈んでしまうのです。
ただし、すべての回遊魚が泳ぎながら眠るわけではありません。
たとえば「小型回遊魚」であるアジは、エラを開閉させることができるため、エラ呼吸が可能です。