1.「自家受粉」と「他家受粉」
花は「自家受粉」するものを除いて、昆虫などの動物の助けを借りる「他家受粉」によって、実をつけ子孫を増やしています。
(1)自家受粉
①自家受粉とは
「自家受粉」とは、「同じ花」や「同じ株」からの花粉で受粉し、受精が成立して種子を作る仕組みのことをいいます。植物の中には雌しべと雄しべが同じ花にある種があり、このような種は花が咲くと雄しべの花粉が同一花の雌しべにふりかかり受粉し、受精します。自家受粉する植物では、ヒトや昆虫・鳥・風・水などの助けは必要ありません。
②自家受粉する植物
・エンドウ豆
エンドウ豆の花は5枚の花びらからできており、上部の大きな花びらを旗弁、その下に左右に分かれてついているものを翼弁、下部2枚を竜骨弁と呼びます。エンドウ豆の雌しべ、雄しべは竜骨弁に包まれているため、虫は侵入できません。エンドウ豆は、花が咲く前にそれぞれの個体の竜骨弁の中で受粉が終わる仕組みになっています。
・アサガオ
アサガオの開花は暗くなってから10時間後です。おしべはめしべより低い位置にありますが、夜間つぼみの中でおしべが伸び、そこでめしべと擦れ合い受粉します。つまり花が咲く前から受粉が終わり受精しているのです。
・稲
イネの穂の外側には「えい」と呼ばれる将来はもみ殻になる部分が存在します。その部分が開き、6本のおしべが伸びます。おしべの先端についている、やくの下部に穴が開くことで花粉が飛散する仕組みです。「えい」の中にある、めしべの柱頭に花粉が付着することで受粉成立です。花粉に向かって花粉菅が伸び、胚に花粉が送られ受精が完了します。受精後「えい」が閉じ、胚に栄養が送られるようになると子房が膨らみ、やがて受精から25日たつと玄米の姿に成長します。
③自家受粉のメリット
自家受粉のメリットは、実ができる確率がほぼ確実なことです。同じ個体の植物ですから、花粉を広く飛ばす必要もないため花粉の生産量が少なくてすみますし、虫を寄せ付けるための美しい花もかぐわしい香りの必要もありません。
④自家受粉のデメリット
自家受粉のデメリットは、遺伝的な組み合わせの多様性が失われることです。つまり、環境の変化に適応できず個体ごとの種の生存が危ぶまれる、ということを指します。同じ遺伝子が繰り返されることで種の力が弱まる傾向が強くなる(近交弱勢)デメリットもあります。
(2)他家受粉
①他家受粉とは
「他家受粉」とは、めしべの柱頭に「異なる株」の花粉が付き受粉することです。花粉を運ぶためにはいくつかの方法があります。他家受粉をする植物は「虫、鳥類」などの生物を利用し受粉を試みるものと、「水、風」などの自然や、植物が生息している環境を見方につけ受粉を試みるものが存在します。
②他家受粉する植物
自家受粉するエンドウ豆・アサガオ・稲・トマトなどを除いて、多くの植物が他家受粉をしています。
③他家受粉のメリット
他家受粉のメリットは、自分とは異なる種の花粉をもらうことで遺伝子の組み合わせが多様化されることです。多様化すると個体ごとの種の適応力が高まり「近交弱勢」を妨げます。そしてその結果、種を拡散することが可能になるのです。
④他家受粉のデメリット
他家受粉でのデメリットは、実の付きが確実ではない可能性があることです。花の落下や時期のずれにより個体ごとのタイミングが合わなければ実ができる可能性は低くなります。また、確実に実を付けるためには個体ごとに大量の花粉を生産しなければなりません。
2.花の受粉を助ける昆虫やその他の動物
「送粉者(そうふんしゃ)」( pollinator)とは、植物の花粉を運んで受粉させ(送粉)、花粉の雄性配偶子と花の胚珠を受精させる動物のことです。花粉媒介者(かふんばいかいしゃ)・授粉者(じゅふんしゃ)・ポリネーターとも言います。送粉者によって媒介される受粉様式を動物媒と呼びます。
送粉者となる動物は主に昆虫類と脊椎動物であり、送粉者に花粉媒介をされる植物は主に「被子植物」(*)です。送粉者の訪花行動と摂食器官の形態は、「送粉シンドローム」(被子植物の花の形態と開花様式など)と密接な関連があり、送粉者と被子植物の間で「共進化」があったと考えられています。
(*)「被子植物」とは、「種子植物(顕花植物)のうち、一般に花と呼ばれる生殖器官の特殊化が進んで、胚珠が心皮にくるまれて子房の中に収まったもの」を言います。反対に「裸子植物」は、「種子植物のうち胚珠がむきだしになっているもの」です。
花を訪れる動物の中で送粉を行わず蜜のみを採る動物を「盗蜜者」と呼びます。同一の動物種でも訪れる花によって送粉者として振舞う場合と盗蜜者として振舞う場合が分かれるものもあります
(1)ハチ(膜翅目)
(2)ハエ(双翅目)
(3)チョウ(鱗翅目)
(4)コウチュウ(鞘翅目)
(5)アザミウマ(総翅目)
(6)鳥
(7)コウモリ
3.絶対送粉共生
「送粉者」と植物との関係は、多くの場合柔軟なもので、「互いにこの相手でないと絶対にダメ」というわけではありません。
しかし、中には「互いにこの相手でないと絶対にダメ」というものもあります。それが「絶対送粉共生」と呼ばれるものです。
(1)イチジクとイチジクコバチ(無花果小蜂)
(2)ユッカとユッカガ(ユッカ蛾)
(3)コミカンソウ(小蜜柑草)科とハナホソガ(鼻細蛾)
(4)サトイモ科植物とタロイモショウジョウバエ(タロ芋猩猩蠅)
4.訪花者による花の選択
「絶対送粉共生」の場合を除く「訪花者」(花を訪れる昆虫など)による花の選択は、植物の多様性を支える行動です。
(1)選好性
①色や匂いに対する認知能力や嗜好性の違い
多くの訪花者は、視覚と嗅覚を頼りに花を訪れます。視覚への依存度が高い訪花者は、視覚的に目立つ花を訪れ、嗅覚への依存度が高い訪花者は、匂いのある花をより多く訪れる傾向があります。
なお、色に比べて匂いの種類のほうがずっと多いのです。
②口吻長の違いと種間競争
口吻の短い訪花者は、花蜜が露出している花や、花筒が短い花ばかりを利用します。
一方、口吻の長い訪花者は、花筒が長い花ばかり訪れます。花筒が長い花のほうが、花筒が短い花よりも花蜜が豊富なことと、花筒が短い花では長すぎる口吻を持て余すため、採餌の効率が下がるためです。
③花を訪れる目的の違い
多くの訪花者は、花蜜や花粉という一般的な花の報酬を求めて花を訪れます。
しかし、それ以外の目的で花を訪れる訪花者も少なくありません。
芳香物質を集めるためにランの花を訪れるシタバチのオス、クサレダマの花から花油を採るクサレダマバチの仲間、産卵基質の匂いに騙されて花を訪れるキノコバエの仲間、サトイモ科の肉穂花序に産卵するタロイモショウジョウバエの仲間などです。
(2)定花性
①採餌技術習得のコスト仮説と情報収集のコスト仮説
訪花者がスムーズに吸蜜したり花粉を採取するには、それぞれの花に特化した採餌技術の習得が必要です。あれこれと花を迷うよりも慣れた花から採餌するほうが効率的です。
また、利用価値のある花を1種類でも見つけているなら、手間をかけてまで他にも利用価値のある花がないかを調べることが、良い結果を生むとは限らないのです。
②採餌技術記憶の干渉仮説
人に限らず、意識や行動に直結する記憶領域である「短期記憶」の容量は小さいため、ある情報を短期記憶に格納すると、それまで短期記憶に格納されていた情報は、短期記憶から失われやすくなります。これを「短期記憶の干渉」と言います。
そのため、別々の花を訪れるよりも、同種の花を訪れるほうが効率的なわけです。
③探索イメージ仮説
一種類の花に専念して探したほうが、効率的に花を見つけることができるからです。