文化や芸術において「西洋文明の源流」とも言うべき繁栄を誇った古代ギリシャですが、現代のギリシャは、「ギリシャ危機」(*)という言葉に象徴されるように国家破綻の危機に陥るほどの惨憺たる有様です。
(*)「ギリシャ危機」とは、2009年に発覚した同国の経済危機のことをいいます。当時のギリシャは公務員が労働者人口の約4分の1を占め、年金受給開始年齢も55歳からという手厚い社会制度が負担になっていました。財政赤字はGDP比で13.6%に達し、一時は「国家の破綻処理」までささやかれました。
2015年に誕生したチプラス政権はEUが支援の見返りとして要求した緊縮財政を拒否したため、「デフォルト(債務不履行)」や「EU離脱の可能性」が一気に高まりました。
最終的にはギリシャ側がEUに譲歩し「金融支援プログラム」が実施されましたが、プログラム終了から約1年後の19年7月、チプラス政権は退陣に追い込まれました。
古代ギリシャには、「ギリシャ神話」があり、優れた歴史家がいたほか、哲学・自然哲学・数学の分野で天才的学者が現れ、彫刻や演劇(悲劇・喜劇)・叙事詩の分野でも傑作を残す芸術家が現れ、「西洋文明の源流」とも言うべき輝かしい文化を開花させました。
古代ギリシャに関しては、前に「ギリシャ神話は面白い(その1)ギリシャ神話の5つの時代」「ギリシャ神話は面白い(その28)アプロディーテーは愛と美と性の女神」「ギリシャ神話の有名なオリュンポス12神にまつわる面白い話」「ギリシャ神話・ローマ神話が西洋文明に及ぼした大きな影響」「万物の根源(アルケー)とは何かを考え抜いた古代ギリシャの自然哲学者たち」「ソクラテスが都市国家アテナイで死刑判決を受けたのはなぜか?」「ソクラテスの妻クサンティッペは本当に悪妻だったのか?悪妻伝説の真相に迫ります」「快楽主義か禁欲主義か?魂の平静と健康で質素な生活による精神的快楽主義に賛同」「人を動かす三原則とは?デール・カーネギーとアリストテレスの主張を解説」「ゼノンとは?なぜアキレスと亀のパラドックスを作ったのか?」「ミロのヴィーナスはなぜ腕がなく地中に埋もれていたのか?作者と制作目的は?」「ホメーロスとはどんな人物?イーリアス・オデュッセイアはどう伝えられたのか?」「ホメーロスの叙事詩オデュッセイアで有名な英雄オデュッセウスとは?」「ペルシア戦争とは?『歴史』を書いたヘロドトスとはどんな人物か?」「ペロポネソス戦争とは?『戦史』を書いたトゥキディデスとはどんな人物か?」などの記事を書きました。
そこで今回は、「ギリシャ悲劇」についてわかりやすくご紹介したいと思います。
1.「ギリシャ悲劇」とは
ギリシア悲劇(古代ギリシャ語: τραγῳδία, tragōidia、トラゴーイディア)とは、古代ギリシアのアテナイ(アテネ)を中心に紀元前5世紀ごろ盛んに上演された演劇です。「アッティカ悲劇」とも呼ばれます。
アテナイ(アテネ)で毎年春に行われるディオニューシア祭(酒神ディオニューソスの祝祭)において上演された悲劇またそれに範を取った劇を指します。
ディオニューソスについては、「ギリシャ神話は面白い(その8)ディオニューソスと踊り狂う信女たち」という記事に詳しく書いていますので、ぜひご覧下さい。
運命に逆らい、また、流される人間を主題とした荘重・沈痛な悲劇で、仮面をつけた俳優とコロス(合唱団)によって演じられました。
ギリシャ悲劇は、ポリス共同体が生んだ最高の芸術的達成の一つです。ホメロスの叙事詩や神話のなかの英雄を、合唱隊(コロス)とともに行動させることで観客に生き生きと蘇らせ、新しい人間像を描きました。
アイスキュロスの〈オレステイア三部作〉は劇中対話の技術において画期をなし,ソポクレスは倫理的価値をめぐる煩悶を描き,エウリピデスはそうした価値さえ存在しない世界に生きる人間の悲劇を描きました。いずれも、以後の西欧演劇・文学に与えた影響は計り知れません。
ギリシャ悲劇は、もともと祝祭に伴うお楽しみのイベントとして上演され、コンテスト形式で行われました。聴衆は最も優れていたと思う作品に投票し、優勝者を決めていました。
そのため優秀な作品は何度も上演され、紀元前に演じられたものにもかかわらず、現存しているものがあるのです。
芸能は本来、その時その場に居合わせた観客だけが感動を共にできる「瞬間芸術」です。今でこそ録音や録画で楽しむことができますが、紀元前の時代にはそのようなものはありませんでしたので、作品が残っているだけでも奇跡的なことです。
これについては「芸能はほとんど瞬間芸術だが、今では録音・録画や印刷で多くの人々が楽しめる」という記事に詳しく書いていますので、ぜひご覧下さい。
ギリシャ悲劇は、ヨーロッパにおいては古典古代およびルネサンス以降、詩文芸の範例とみなされています。
ギリシア悲劇を意味する「トラゴーイディア」(τραγῳδία)は、「山羊」(ディオニューソスの象徴の1つ)を意味する「トラゴス」(τράγος tragos)と、「歌(頌歌)」を意味する「オーイデー」(ᾠδή ōidē)の合成語であり、「山羊の歌」という意味です。英語の tragedy(悲劇) 等も、この語に由来します。
アリストテレスによれば、ギリシア悲劇はディオニューソスに捧げるディテュランボス(酒神讃歌)のコロス(合唱隊)と、その音頭取りのやり取りが発展して成立したものだということです。
アテナイにおける悲劇の上演は競演の形を取り、競作に参加する悲劇詩人は、三つの悲劇(三部作、トリロギア)と一つの「サテュロス劇」(*)をひとまとめにして上演する必要がありました。
(*)「サテュロス劇」とは、ギリシア神話の神ディオニューソスの従者といわれるサテュロスから成るコロス(合唱隊)を伴う滑稽な劇のことです。
現在まで三つの悲劇がこの形で残っているのは、アイスキュロスのオレステイア三部作のみです。 いずれにしても、題材はギリシア神話やそれに類するものから取られました。聴衆は参加した悲劇詩人のうちで誰のものが最も優れていたかを投票し、優勝者を決めていました。
2.「ギリシャ悲劇」の演劇形態
悲劇は仮面をつけた俳優と舞踊合唱隊(コロス)の掛け合いによって進行します。コロスの登場する舞台を「オルケストラ」といい、劇場は円形のオルケストラを底とする、すり鉢状の形を取りました。
現存する最も整ったギリシアの劇場の遺構はエピダウロス(上の写真)に見られます。俳優は最初はひとりでしたが、アイスキュロスが2人に増やしました。これによってドラマチックな演出が可能となり、舞台芸能として大きく進歩したと言われます。その後にエウリピデスがもう1人増やして三人となりました。
但し、ここで言うところの俳優とは台詞のある役を演ずる者のことです。実際には「黙役(だんまり役)」と言う台詞の無い役を演ずる俳優がそれ以外に登場することがあります。また、当時既に子役俳優も存在しましたが、やはり「黙役」です。子供の役であっても台詞がある場合には大人の俳優がそれを演じます。
3.「ギリシャ悲劇」の三大悲劇詩人(三大悲劇作者)
最も有名な悲劇詩人は、三大悲劇詩人(三大悲劇作者)として知られているアテナイのアイスキュロス、ソポクレス、エウリピデスです。プラトンも最初は悲劇詩人を目指していました。古代ギリシアの喜劇詩人アリストパネスは、その作品「蛙」の中で三大詩人の批評をしています。
4.「ギリシャ悲劇」の現存する作品
ギリシア悲劇のほとんどは散逸しており、現存するのは次の作品だけです。
・アイスキュロスの作品中、7篇
・ソポクレスの作品中、7篇
・エウリピデスの作品中、18篇(+サテュロス劇『キュクロプス』1篇)
この現存作品32篇(+1篇)を、内容ごとに分類すると、以下のようになります。
- トロイア圏・アガメムノン・オデュッセウス関連 — 15篇(+1篇)
- オレステイア
- アガメムノン
- 供養する女たち
- 慈しみの女神たち
- アイアース
- エレクトラ(ソポクレス)
- ピロクテテス
- アンドロマケ
- ヘカベ
- トロイアの女
- エレクトラ(エウリピデス)
- タウリケのイピゲネイア
- ヘレネ
- オレステス
- アウリスのイピゲネイア
- レソス
- (キュクロプス(サテュロス劇))
- オレステイア
- テーバイ圏・オイディプス関連 — 7篇
- テーバイ攻めの七将
- アンティゴネー
- オイディプス王
- コロノスのオイディプス
- 救いを求める女たち(エウリピデス)
- フェニキアの女たち
- バッコスの信女
- ヘラクレス関連 — 4篇
- トラキスの女たち
- アルケスティス
- ヘラクレスの子供たち
- ヘラクレス
- その他 — 6篇
- ペルシア人
- 救いを求める女たち(アイスキュロス)
- 縛られたプロメテウス
- メデイア
- ヒッポリュトス
- イオン
5.「ギリシャ悲劇」に関する著作
古代における悲劇論では、アリストテレスの『詩学』が、根本文献です。
近代でギリシア悲劇の成立について記した文献に、フリードリヒ・ニーチェ(1844年~1900年)の初期代表作『音楽の精髄からの悲劇の誕生 (悲劇の誕生)』がありますが、ニーチェ自身の思想表明が多大で、文献学研究的には、発刊当時も今日もほぼ支持されていません。
イギリスの著名な女性の古典学者、ジェーン・エレン・ハリスン(1850年~1928年)に、『古代芸術と祭式』があります。