「百人一首」の「暗誦」や「漢文の素読」の効用

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百人一首

私が中学生か高校生の頃だったと思いますが、「教育学者」や「教育評論家」と称する人々が、馬鹿の一つ覚えのように「詰め込み教育反対」、「丸暗記は意味がない」といったステレオタイプの発言をよくしていました。

1.「詰め込み教育」と「ゆとり教育」

「詰め込み教育」とは、「多量の勉強による基礎学力の早期習得を目指す教育」や、「短期間に出来るだけ多くの事柄の学習を目指す教育」のことで、「ゆとり教育」と対比される言葉です。

1970年代までは、この教育方法が一般的でした。しかし、「テストを過ぎたら全て忘れる」(剥落学力)とか、「膨大な量の知識だけをひたすら暗記させた結果、『なぜそうなるのか』といった疑問を持つことや創造力が欠如する」あるいは「授業速度の上昇や、現場の準備不足、教師の力不足のため、『落ちこぼれ』と呼ばれる授業について行けない子供が増加した」と言われています。

その反省に立って、1980年代から「ゆとり教育」が生まれたのですが、これが失敗に終わったことは、前に記事に書きました。

2.「(丸)暗記」と「暗誦」

「丸暗記」とは、「そっくりそのまま覚えてしまうこと」です。「暗誦」は、「暗記したことを口に出して唱えること」です。

「試験勉強」として、いやいやながら暗記した人は、試験が終わったら「剥落学力」となる可能性はありますが、全員がそうだという訳ではありません。

3.「疑問を持つ心」や「創造力」は何によって培われるのか

「丸暗記」や「詰め込み勉強」をしなければ、「疑問を持つ心」や「創造力」を伸ばせるのかというと、私にはそうは思えません。むしろ逆ではないかと思うのです。

「疑問を持つ心」や「創造力」は、「記憶された情報」をもとに成り立つものだと私は思っています。ベースになる知識や情報が頭の中になければ、自分の意見を組み立てたり、推理を展開したりすることは不可能です。

ベースになる知識や情報が頭の中にないと、「新聞に書いてあることは全て正しいと頭から信じて、疑わない人間」、「新聞に洗脳されて、それがあたかも自分の意見でもあるかのように錯覚する人間」になってしまい、「自分の頭で考えることをしない、あるいは出来ない人間」をたくさん生み出すだけではないでしょうか?

4.暗誦の具体例

「漢文の素読」は、江戸時代から戦前までは広く行われてきた勉強法です。「読書百遍意自ずから通ず」ということです。

「教育勅語の暗誦」は、明治時代から戦前まで義務付けられていたことです。内容について、現代の民主主義にはそぐわないなどいろいろ批判はありますが、「暗誦」という意味では悪くないと思います。これを暗唱したからと言って、「内容を無批判に受け入れることにはならない」からです。

百人一首」の暗誦も、私は高校時代にやりましたが、良い勉強になると思います。この暗誦を出発点として、和歌の内容の理解を深め、作者についての知識も広げて行けばよい訳です。

「枕草子・源氏物語・平家物語・方丈記・徒然草などの『冒頭部分』の暗誦」も、良い勉強になります。何度も口ずさんでいると、平家物語のような七五調のリズムの良さがわかってきます。七五調でないものもありますが、名文はリズミカルで快いことが感得できると思います。

「戦友」という歌の暗誦も、面白いと思います。

この歌は、1番が「ここはお国を何百里 離れて遠き満州の 赤い夕日に照らされて 友は野末の石の下」で始まる歌ですが、14番まであります。

最後の14番は、「筆の運びはつたないが 行燈のかげで親達の 読まるる心思いやり 思わず落とす一雫(ひとしずく)」です。

激しい戦闘の末に戦死した戦友の最後の様子を、親御さんに伝える手紙を書く心情を綴った歌です。

この歌は、「軍歌」と一般には思われていますが、実は「唱歌」で「戦死者を弔う鎮魂歌」です。

1905年(明治38年)日露戦争がまだ続いている時に作られた歌で、元々は一人の兵士が出征後負傷して凱旋し、村長になるまでを歌った「学校及び家庭用言文一致叙事唱歌・戦績」という10編からなる唱歌の第3編です。

私が社会人になってからですが、戦友の全歌詞を知って感銘し、暗誦しました。今でも諳(そら)んじることが出来ます。

5.「大局的記憶」と「細部の記憶」と「相互の関連・関係の記憶」

歴史の勉強について言えば、「大局的記憶」は、「大まかな時代の流れの把握」です。「細部の記憶」は、「歴史的事件や改革などの原因と結果などの内容と年号の記憶」です。「相互の関係性の記憶」は、「『日本史』と『世界史』の流れを見て、相互に没交渉の場合もありますが、中国や韓国とは古来交流があり、西洋についても、鉄砲やキリスト教伝来以外にも、シルクロードを通じて、中国から日本に影響を与えていることもありますので、相互の関連・関係を理解し記憶すること」で、これは知識を「ばらばら」「細切れ」の状態から「有機的に結び付ける」役割を果たすもので、極めて重要です。