囲碁から生まれた面白い言葉

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囲碁解説

前に「囲碁の天才少女仲邑菫さん」の記事を書きましたが、2018年2月には囲碁棋士の井山裕太九段(1989年~ )が「国民栄誉賞」を受賞するなど近年は囲碁界も話題に事欠きません。

囲碁天才少女井山裕太

ところで、日本語には「囲碁から生まれた面白い言葉」がたくさんあります。

1.駄目(だめ)

「駄目」は、「してはいけないこと」「できないこと」「良くない状態」を表す言葉として日常よく使います。

囲碁で「駄目」とは、「両者の境にあってどちらの所有にもならない、打つ価値のない場所(目)」を指します。「目」とは、「碁石を置く場所」のことで、縦横の直線の交差点です。

ちなみに、念のため駄目を碁石(どちらの碁石でもよい)で埋めて、両者の陣地を分かりやすくすることを「駄目押し」と言います。この言葉も、日常的に「念のためもう一度確かめておく」という意味で、あるいはスポーツの試合で「ほとんど勝敗は決しているのに、さらに点を取ったり攻撃を加えて勝利を決定的にすること」の意味に使われています。

2.岡目八目(おかめはちもく)

「岡目八目」とは、「事の当事者よりも、そばで見ている第三者の方が物事の様子、物事の良し悪し、情勢や利害得失などを正しく判断できること」です。

囲碁をわきから見ていると、実際に打っている人よりも冷静に考えられるので、実力の上で八目の差があるくらい先が読める(あるいは八目も先まで手を見越すことが出来る)ということから来た言葉です。「岡目」とは、他人がしていることをわきで見ていることです。

なお「岡目」は「傍目」とも書きます。

余談ですが、「岡」の付く言葉としてはほかに、「岡惚(ぼ)れ」「岡焼き」「岡評議」があります。岡惚れは、わきから密かにその人に恋をすることで、岡焼きは、直接自分に関係がないのに、わきから他人の仲のいいのを妬(ねた)むことです。岡評議は、局外者の無用で無駄な評議のことです。「岡吟味」とも言います。

3.一目置く(いちもくおく)

「一目置く」とは、「自分より相手が優れていることを認め、敬意を払うこと」です。強調して「一目も二目も置く」という場合もあります。

囲碁では、対戦者同士に実力差がある場合、ハンデとして弱い方があらかじめ碁盤に石を置いて対局することがあります。「置き碁」というハンデ戦です。

囲碁は通常、「黒が先手」と決まっているのですが、置き碁では白が先手となります。一目置いただけでは通常の碁と変わらないため、置き碁では、弱い方が対戦が始まる前に二目以上の碁石を置きます。

将棋でも、上手の人から飛車・角行の大駒を取り除いて行う「二枚落ち」、あるいは角行だけを取り除く「角落ち」というハンデ戦がありますね。

4.白黒つける(しろくろつける)

「白黒つける」とは、「物事の是非・善悪・真偽などを決める、決着をつけること」です。「黒白(こくびゃく)をつける」とも言います。

囲碁が白石と黒石で勝負をつけることから来た言葉です。

5.布石を打つ(ふせきをうつ)

「布石を打つ」とは、「将来に備えてあらかじめ手はずを整えておくこと」です。

囲碁では「対局の序盤での要所要所への石の配置」のことを「布石」と言います。

これからどのように打ち進めて行くかの土台作りが、「将来のための準備」という意味に転じたものです。

6.捨て石(すていし)

「捨て石」とは、「将来、または大きな目的のために、その場では無用とも見える物事を行うこと」や「大きな目的を達成するために、見捨ててしまう事柄」「将来のためにあえて犠牲になること」です。

囲碁では、「自分の形勢を有利に導くために、あえて相手に取らせるように打つ石」を「捨て石」と言います。

私は大学生の時に、光文社から出ていた「第2集 きけわだつみのこえ」を読みました。全体のトーンとしては、戦争を真っ向から批判するものはなく、学業半ばにしてやむなく戦場に赴く無念・諦観や、平和のための「捨て石」になるといった悲壮な決意、あるいは自己の内面を省察する哲学的な内容が綴られていたように記憶しています。

7.目論見(もくろみ)

「目論見」とは。「物事をしようとして考えをめぐらすこと」です。

囲碁では「対局中に自分と相手の地を数えて形勢を判断すること」を「目算(もくさん)」と言います。「目論む」とは「目算をすること」です。

8.活路(かつろ)

「活路」とは、「苦しい状況から生き延びる方法のこと」です。

囲碁では、「石が生きる道」のことを「活路」と言います。

9.死活問題(しかつもんだい)

「死活問題」とは、「死ぬか生きるかの重大な問題のこと」です。

囲碁では、「相手に絶対取られることのない石」「取られても新しく取られない石を置ける石」を「活きた石」、「それ以外の相手に取られる石」を「死んだ石」と表現するため、これを合わせて「死活」と呼びます。

10.八百長(やおちょう)

「八百長」とは、「真剣に勝負を争うように見せかけ、実は前もって約束しておいた通りに勝負の結末をつけること」です。

ただし、この「八百長」は囲碁のゲーム本来から出た言葉ではありません。

この「八百長」は、明治時代の八百屋の店主「長兵衛(ちょうべえ)」に由来します。長兵衛は通称「八百長」と言い、相撲の年寄「伊勢海五太夫」の碁仲間でした。

碁の実力は長兵衛が勝っていましたが、商売上の打算から、わざと負けたりして勝敗をうまく調整し、伊勢海五太夫のご機嫌を取っていました

この話から、勝敗を調整してわざと負けることを相撲界では「八百長」と言うようになったのです。やがて、事前に示し合わせて勝負することを広く指すようになり、相撲以外の勝負でも、この言葉は使われるようになりました。

11.玄人(くろうと)・素人(しろうと)

「玄人」とは、「ある分野について専門的な人」のことで、「素人」とは、「専門的な知識や技術を持たない人」のことです。

これは本来囲碁から生まれた言葉かどうか微妙です。

我々のような「アマチュア」とも呼べないレベルの素人の囲碁では強い人が白石を持ち、弱い人が黒石を持つので、ちょっと反対のような気もしますね。

ただ現代では上位者が「白石」、下位者が「黒石」を持ちますが、昔は上位者が「黒石」を持ったようです。

なお、素人・玄人の語源については次のような説もあります。

平安時代には、「白塗りをしただけで芸のない遊芸人」を「白人(しろひと)」と呼び、それが室町時代に「しらうと」、江戸時代に「しろうと」に変化したというものです。

「白人」が「素人」の漢字表記に変わった理由ははっきりしませんが、「素」には「ありのまま」という意味のほかに、「平凡な」「みすぼらしい」という意味もありますので、そこから来たとも考えられます。

「素人」の対義語「玄人」は、「白人」に対して生じた言葉で、もともとは「黒人(くろひと)」と言ったそうです。「くろひと」が音便化して「くろうと」になったものです。

「玄」も「黒」という意味です。「黒」よりも「玄」の方が奥深く容易ではない意味合いが強いので「玄人」と書くようになったそうです。



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