「戦前の蕎麦屋の出前」と「歩荷(ぼっか)」は曲芸師のような驚異的な職人芸

フォローする



戦前の出前風景

1.戦前の蕎麦屋の出前の職人芸(職人技)は凄かった

戦前の蕎麦屋さんの出前風景写真(上の画像)を見ると、ものすごい数と高さの出前を片手で肩に担いでいます。

腕と肩の力に加えて絶妙なバランス感覚が必要で、まるで中国雑技団やボリショイサーカスなどの曲芸師か大道芸人のような「職人芸(職人技)」ですね。どうやって降ろすのか見たいものですが・・・

今のように車が多いとすぐに交通事故を起こしそうですし、片手運転(*)でしかも重い荷物を担いでいるので「自転車の危険運転」とも言えそうです。

(*)自転車の片手運転

現在の道路交通法(70条・71条)では、「自転車の片手運転」は「禁止」されており、違反すると「3年以下の懲役または5万円以下の罰金」に処せられます。

これは、「携帯電話の通話や操作をしたり、傘を差したり、物を担いだりすること」などによる片手運転は、交通事故の原因になるので禁止するというものです。

蕎麦屋の出前更科蕎麦の出前

今では自転車やバイクの後部に「出前機」が設置されるようになったため、高積みの蕎麦の配達は見られなくなりました。

「出前機」はカーブで曲がっても汁などをこぼさない「スイングシステム」を持っています。この出前機の開発の背景には、交通事故の発生があったものと思われます。

あこ

2.山小屋に食料などを背負子で運ぶ歩荷は縁の下の力持ち

尾瀬の歩荷歩荷

荷物を背負って山越えすること、特に山小屋に食料などを背負子(しょいこ)で運ぶことを「歩荷(ぼっか)」(ボッカ)と言います。

古くから信仰登山の対象であった富士山・白山・立山などでは、「室(むろ)」「石室(いしむろ)」「室堂(むろどう)」などと呼ばれる山小屋が設けられていました。

明治時代に「近代登山」が始まり、大正期に登山が近代スポーツとなって以降、北アルプス・南アルプス・八ヶ岳・奥秩父などの山脈の縦走路に沿って山小屋が点在するようになり、著名な山案内人が山小屋を経営する例も増えました。

そして現在に至るまで、登山家が宿泊する山小屋の従業員は、自分の身長を超えるような大量の荷物を背負子に高く積み上げて運んでいます。

肩と腰に相当な負担がありそうですが、それに加えて重い荷物なのでバランスを保つことも難しそうです。前につんのめったり、後ろに仰向けに倒れたりする危険性のほかに、左右にふらつく恐れもあります。

一休みする歩荷山小屋に到着した歩荷

こちらは地味な重労働で、「蕎麦屋の出前」ほど派手なパフォーマンスはありませんが、無くてはならないものです。「縁の下の力持ち」とも言うべき存在です。

なお、「登山案内」も行う「強力(ごうりき)」(「剛力(ごうりき)(*)」とも書きます)は、歩荷も行います。ヒマラヤ山脈などの「シェルパ」(「シェルパ」はネパールの少数民族の名前)もボッカを行っています。

(*)剛力にまつわる面白い話

ZOZOTOWN創業者の前澤友作氏の恋人として話題になった女優の剛力彩芽さんの「剛力」は、芸名ではなく本名です。

「剛力」という苗字は、全国に12世帯しかないそうです。姓氏研究家の森岡浩氏によると「発祥は静岡県三島市で、ルーツは「強力(ごうりき)」を生業としていた人が、そのまま「剛力」に転じたもの」だそうです。

多分彼女のご先祖も、信仰登山の対象でもあった富士山の「強力」をしていたのでしょう。

剛力彩芽

歩荷の1回の運搬量は数十kgで、時には100kg弱になることもあるそうです。日本で多くの「強力(ごうりき)」が活躍していた富士山や立山では、100kgを超える荷物を背負って標高3,000m程度の高所まで登る者もいたそうです。



シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする