ソクラテスが都市国家アテナイで死刑判決を受けたのはなぜか?

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ソクラテスと思想家

ソクラテス(B.C.469年頃~B.C.399年)はアテナイの民衆裁判によって死刑判決を受け、毒人参の汁を飲んでで刑死しました。

彼は、当時賢人と呼ばれていた政治家や詩人など様々な人を訪ねて、「アポロンの宣託通り、自分が最も知恵があるのかどうか」を検証するために「対話」を行いました。そして彼が賢者であるという評判が広まる一方、無知を指摘された人々の反感・憎悪を買い、ついには「アテナイの国家が信じる神々とは異なる神々を信じ、若者を堕落させた」という罪状で死刑に処せられたのです。弟子のプラトンなどから逃亡・亡命も勧められましたが、彼はこれを拒否し、自身の「知への愛」(フィロソフィア)と「単に生きるのではなく、善く生きる」意志を貫いて、親しい人物たちと最後の問答を交わした後、従容(しょうよう)として死に臨んだそうです。

1.都市国家アテナイでソクラテスがなぜ死刑になったのか

アテナイのような民主国家で、ソクラテスが死刑になったのが私にはずっと疑問でした。しかし今まではあまり気に留めずに今日まで来ました。前に悪妻として有名な「ソクラテスの妻クサンティッペ」の記事を書いて、再び気になったので今回はこれについて考えてみたいと思います。

(1)ソフィスト

当時アテナイは「民主政治」が行われていましたが、現代と異なり市民は告訴・弁護・政治演説など何でも自分でしなければなりませんでした。

そこで「知の教師」として職業的に報酬をもらってうまく生きる「弁論術」「処世術」を教える「ソフィスト」たちがいました。彼らは社会の尺度は人間が決める、AとでもBとでも言いくるめる弁論法を教えました。

当時は「ペロポネソス戦争」(B.C.431年~B.C.404年)の時期で「アテナイのポリス民主政の衰退期」に当たり、アテナイの政治的支配の権威が失墜し、道徳や価値観の混乱が起きていました。

アテナイとスパルタは、ギリシャの覇権を争う二大ポリスでした。「ペロポネソス戦争」はアテナイを中心とする「デロス同盟」と、スパルタを中心とする「ペロポネソス同盟」との間で起きた古代ギリシャ世界全域を巻き込んだ戦争です。結果はアテナイの降伏で終わりました。

プラトンは著書「ソクラテスの弁明」の中でソフィストを次のように評しています。

「金持ちの青年たちを狩る金で雇われた猟師」「魂のための知識を商う一種の貿易商人」「知識の自製販売人」「言論の競技における一種の競技家」

ソフィストは「相対主義」的考え方ですが、アリストテレスは「絶対的な真理の探究」によって人間の徳や魂のあり方に迫る「哲学」を目指しました。

(2)衆愚政治

アテナイの政治的支配の権威が失墜した結果「衆愚政治」の状態となっていました。ソクラテスは、ソフィストのような場当たり的な世界観はおかしい、どこかに真理があるのではないかということで、無償で市民たちと対話・議論を始めたのです。

彼は「理性の法則(ロゴス)」に従った問答法によって、普遍的・客観的な真理を求めようとしました。

2.イエス・キリストとの類似点

(1)世迷い言(よまいごと)

ソクラテスの哲学思想は、当時の権力者や有力者たちにとっては自分たちを批判する都合の悪い世間を惑わす「世迷い言」だったのでしょう。

その点でイエス・キリスト(B.C.6年か4年~A.D.30年頃)の宣教に対するローマ皇帝の迫害と、似ています。

イエスは「自らをユダヤ人の王であると名乗り、また『神の子』あるいは『メシア(聖別された者、救世主)』であると自称した罪」により、衆議会の裁判にかけられた後、ローマ総督府に引き渡されゴルゴダの丘で磔刑に処せられました。

イエスは、それまでの伝統的なユダヤ教を批判し、もっと本質的な信仰が必要だとして「悔い改める信仰」を説きました。そのため、ユダヤ教関係者やそれによって利益を得ていた権力者から「反逆者」とみなされたのです。

なお聖書によれば、「その後、イエスは十字架から降ろされて墓に埋葬されたが、3日目に『復活』し、大勢の弟子たちの前に現れた。40日間弟子たちと生活し、その後天に昇って行った」ことになっています。これは現代の合理的な考え方からすれば、全く「世迷い言」で信用できない話です。

ただ、これについては、「処刑で気絶しただけでまだ死んでいなかったイエスが。3日後に目を覚ましたが回復せず、40日後に亡くなった」という解釈をする研究者もいるそうです。

一方、ソクラテスの処刑の後日談があります。アテナイの人々は、不当な裁判によってあまりにも偉大な人を殺してしまったと後悔し、告訴人たちを裁判抜きで処刑したと言われています。

(2)神への信仰心

「哲学思想」と「宗教思想」というと、哲学思想は宗教とは相容れない合理的思想と思われます。しかしソクラテスは、「アポロンの託宣」を受けたと述べていますので、古代ギリシャの伝統的な世界観・人間観を持っていたようです。つまり、「世界を司り、恒久的な寿命と超人的な能力を持つ神々」に対して、人間は「すぐに死に行くはかない無知な存在」「神々には決してかなわない卑小な存在」という考え方です。

3.ソクラテスの名言

(1)自分自身が無知であることを知っている人間は、自分自身が無知であることを知らない人間より賢い

(2)財産や名誉を得ることのみに執心し、己の魂を善くすることに努めないのを恥とは思わないのか

(3)魂の探求のない生活は、人間にとって生きがいのないものである

(4)汝自らを知れ

(5)世界を動かそうと思ったら、まず自分自身を動かせ

(6)指導者とは、自己を売って、正義を買った人だ

(7)一番大切なことは、単に生きることではなく、善く生きることである

(8)幸福になろうとするならば、節制と正義とが自己に備わるように行動しなければならない

(9)ねたみは魂の腐敗である

(10)悪法もまた法なり

(11)私は最小限の欲望しか持たない。したがって、私は最も神に近い

(12)出発の時間が来た。そして私たちはそれぞれの道を行く。私は死ぬ。あなたは生きる。どっちが良いのかは神だけが知っている

(13)我々はアテナイ人にあらず、ギリシャ人にあらずして、世界市民なり


ソクラテスの弁明/クリトン改版 (岩波文庫) [ プラトン ]



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