「辛に一本足せば幸になる」とよく言いますが、「幸」という漢字の成り立ちは?

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幸という漢字の成り立ち

ネガティブな思考を捨ててポジティブな思考になるように指導する本などに、「辛に一本(一画)足せば幸になる」と書かれているのを見た記憶があります。

では、「幸」という漢字の成り立ちはどのようなものなのでしょうか?「辛」という漢字の成り立ちとも関係があるのでしょうか?

1.「幸」という漢字の成り立ち

「幸」は「手枷(てかせ)」の「象形文字」です。

「さいわいにも手枷をはめられるのを免れた」(「さいわいにも手枷をはめられるだけの軽い刑罰で済んだ」ことを意味するという説もあり)ということを意味し、そこから「しあわせ」を意味する「幸」という漢字が成り立ちました。

「倖」という字も「しあわせ」を意味する「形声文字」(人+幸)です。「横から見た人」の象形(「人」の意味)と「手かせ」の象形(幸いにも手枷をはめられるのを免れて「幸せ」の意味)から、「さいわい(幸せ)」を意味する「倖」という漢字が成り立ちました。

「手枷をはめられる程度の刑罰で済むのは、重い刑罰を逃れて僥倖(ぎょこう・・・思いがけない幸せ)」という解釈も成り立ちます。

私は最初「結婚は人生の墓場」などという言葉もありますので、「幸せには何かと束縛が伴う」というのがこの漢字の由来かと思っていましたが、的外れでした。

2.古代中国の厳しい刑罰の歴史

古代中国では、集団を統治するには規律が必要であると考えた皇帝や皇后が、罪を犯した罪人には極めて厳しい刑罰を与えていたと言います。

罪人(犯罪者など)に対する厳しい処罰は現代でも存在しますが、大昔のようなものはありません。

きびしい刑罰というのは、生き埋めにする、四肢を動車に繋ぎ引き裂く、斬首などです。

中国三大悪女の一人の呂后なども、随分残虐な刑罰を加えたようです。

司馬遷が著した歴史書「史記」には、前漢高祖劉邦の皇后の呂后は実子恵帝の即位後、側室戚夫人の四肢を切断し両目と耳を潰して厠に落として、これを人豚と呼ばせたとあります。

命を取られなくても、身体の一部を切断すると言った残酷な刑罰が当然のように行なわれていました。

そのような酷い刑罰を与えられている人もいるのに、同じ罪人でも手枷枷をはめられるだけの刑罰で済む人もいます。

手枷枷だけの刑罰で済んだある罪人は「ひどい刑罰を受ける人もいるのに、自分手枷枷だけで済んでいる、本当に自分は幸運だ、自分は幸せだ」と心から思ったそうです。



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コメント

  1. とある漢字好き より:

     こんにちは。あなたのブログをしばしば読んでいる者です。

     「幸」が手枷の象形であるという説は有名ですが、その正確性については疑問があるようです。それは、「幸」は早死にを意味する「夭(夭折の夭です)」と逆らうことを意味する「屰(逆の字に含まれています)」の会意であるという説です。手枷の象形は「㚔」であって、これが漢の時代に幸と混同され、「幸の字源は手枷」という半分誤った説ができたようです。
     「幸」に限らず、漢字の成り立ちというものはいまいち信憑性に欠けるものが多く、どれを信じればいいか分からないのが現状です(少なくとも、インターネットで見つけられる情報は、疑ってかかったほうがいいと思います)。
     
     また、「辛に一本足すと幸になる」というのも実は場合により、「辛」の「十」の部分に一本足すと、「辛」の意味を保った別の字(異体字)が出来てしまうそうです。漢字というのは面白いものです。

     最後にはなりますが、あなたの健康が末長く続くことを祈っております。