日本語の面白い語源・由来(あ-⑧)行燈・明日葉・愛くるしい・当てずっぽう・暁

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行燈

日本語の語源には面白いものがたくさんあります。

前に「国語辞典を読む楽しみ」という記事を書きましたが、語源を知ることは日本語を深く知る手掛かりにもなりますので、ぜひ気楽に楽しんでお読みください。

以前にも散発的に「日本語の面白い語源・由来」の記事をいくつか書きましたが、検索の便宜も考えて前回に引き続き、「50音順」にシリーズで、面白い言葉の意味と語源が何かをご紹介したいと思います。季語のある言葉については、例句もご紹介します。

1.行燈/行灯(あんどん)

行灯

行燈/行灯」は照明器具のひとつです。

語源は、もとは持ち運ぶものであり、「行(あん=持ち歩くの意)」と「燈(ともしび)」の文字が使われました

「アンドン」という言葉は、「行灯」の唐宋音(とうそうおん)で、室町時代に禅家によって広められ、携行用の灯火という意味で使われるようになりました。

「行」は「行脚(あんぎゃ)」という言葉でも、歩くという意味で使われていますね。

2.明日葉(あしたば)

明日葉

明日葉」とは、セリ科の多年草で、海岸近くに生えます。高さ1~2メートル。「八丈草(はちじょうそう)」「明日草(あしたぐさ)」「明日穂(あしたぼ)」とも言います。

生命力が強く、若葉は食用にされます。春の「季語」でもあります。

明日葉は、葉を摘んでも明日には新芽が出るというところから付けられた名前です。明日葉は非常に強壮な植物で、発育が早いことからこのように言われます。

しかし、実際にそこまで早いわけではなく、「明日に新芽が出るほど」といったたとえです。

宝永七年刊行の「大和本草(やまとほんぞう)」では、「あした」とされていることから、もともと「あした」と呼ばれていた草が、「朝(あした)」と区別するために、「あしたば」と呼ばれるようになったと考えられます。

明日葉は八丈島の名産であるため、「八丈草」とも呼ばれています。

「明日葉」は、春の季語ですが、例句は見当たりませんでした。

3.愛くるしい(あいくるしい)

愛くるしい

愛くるしい」とは、子供などが大変かわいらしいさま、非常に愛嬌があるさまのことです。

愛くるしいは、漢語の「愛」に小柄で丸くクリクリした感じを表す「くる(くろ)」が付き、形容詞化したとする説と、「愛」に「狂おしい」が付き、「見苦しい」などの「くるしい」にひかれて「あいくるしい」になったとする説があります。

江戸時代から「愛くるし」と「愛くろし」の用例が見られますが、どちらが古いかは不明です。

「愛くるし」と「愛くろし」の成立の前後が分かったとしても、クリクリした感じを表す「くる(くろ)」が付いたとする説も、「狂おしい」が付いたとする説も共に考えられるため、愛くるしいの語源の特定は困難です。

4.当てずっぽう(あてずっぽう)

当てずっぽう

あてずっぽう」とは、何の根拠もなしに事を行うこと。また、そのさまのことです。「あてずっぽ」「あてすっぽ」とも言います。

江戸時代、根拠もなく推し量ることを「当て推量(あてずいりょう)」といい、「あてずいとも略されました

「あてずい」が擬人化され「あてずい坊」となり、これが変化して「あてずっぽう」となりました

5.暁(あかつき)

暁

あかつき」とは、夜明け、明け方、太陽が昇る前の空が少し明るくなり始める頃、ある物事が実現したその時などの意味があります。

あかつきは「あかとき(明時)」が転じた語で、奈良時代には「あかとき」と言い、平安時代から「あかつき」が用いられるようになりました。

古くは、朝を中心とした時間区分ではなく、夜を中心とした時間区分のひとつで、「宵」「夜中」に続くのが「あかつき」でした。

また、夜半から夜が明けるまでの暗い時刻の区分では、「あかつき」「しののめ」「あけぼの」があり、「あかつき」は「夜深い時刻」「未明」をいった語で、現在のように空が白みはじめる頃を指した言葉ではありませんでした。

「選挙に当選した暁には」などと、物事が実現・完成した時の意味で用いられる「あかつき」は、「準備期間」「未完時期」を「夜」と考え、「実現」を「朝」としたもので、「明け方」の意味に基づいた用法です。

漢字の「暁」は、「日」+音符「堯(ぎょう)」で、東の空が白むことを表しています。
昔の時刻区分ではなく、現代の時刻区分から当てられた漢字です。

余談ですが、「暁」という言葉がタイトルに入った歌に、野村俊夫作詞・古関裕而作曲で伊藤久男が歌った「暁に祈る」という軍歌があります。

この詩と曲には、望郷の念にかられる兵士達の思いが見事に描かれており、それが大衆に受け、当初の目的である「軍馬PR映画」の枠を超えてレコードは大ヒットを記録しました。

この曲や、同じく古関裕而作曲である「露営の歌」などの歌詞やメロディをよく見ると、実は「反戦の歌」であることがわかります。本心では家族と別れ戦争に行きたくはなかった兵士達に共感を得て愛唱された結果、ヒットしました。現在でも戦中派に愛唱されています。