知徳に優れた人を表す四字熟語(その1)鶴鳴九皐・冠前絶後・胸襟秀麗・君子九思など

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鶴鳴九皐

4000年の歴史を持つ中国には、多くの故事やそれに由来する「四字熟語」がたくさんあります。これは人類の叡智の結晶と言っても過言ではありません。

「知徳に優れた人」についても多くの四字熟語があります。そこで3回に分けてご紹介したいと思います。

1.鶴鳴九皐(かくめいきゅうこう)

山中の奥深い沼沢で鶴が鳴くことから、賢者は山中の奥深くに隠居していても、その名声はおのずから遠くまで達することのたとえです。「九皐鳴鶴(きゅうこうのめいかく)」とも言います。出典は「詩経」です。

鶴の鳴き声は山中の奥深いところで鳴いても遠くまで達することから、山中に隠居する賢者の名声が遠くまで知れ渡ることにたとえています。

「九皐」は山中の奥深い沼沢です。「鶴九皐に鳴く」と訓読します。

2.鶴鳴之士(かくめいのし)

在野にあって、才徳が備わり名声の高い人のたとえです。また、在野にいて、不遇な賢人のたとえです。出典は「易経」です。

高貴な鳥である鶴の鳴き声は聞こえても、奥深いところにいてその姿は見えないことから、山林に隠れ住む賢人にたとえたものです。

3.鶴鳴之嘆(かくめいのたん)

在野にいる賢人の用いられることなく不遇なことの嘆きです。「鶴鳴之歎(かくめいのたん)」とも書きます。

高貴な鳥である鶴の鳴き声は聞こえても、奥深いところにいてその姿は見えないことから、山林に隠れ住む賢人にたとえたもので、「鶴鳴之士」の類義語です。

4.冠前絶後(かんぜんぜつご)

ずば抜けて優れていることの形容です。また非常に珍しいことの形容です。出典は「宣和画譜(せんながふ)」です。

「冠」はかんむりで、人の一番上につけることから、最高に優れている意です。略して「冠絶(かんぜつ)」とも言います。今までで最高であり、これからもないであろうという意から。

中国北宋の皇帝徽宗(きそう)が、「東晋の顧愷之(こがいし)の絵は彼以前で最高であり、梁の張僧繇(ちょうそうよう)の絵は彼以後は比べられるものがないと言われるが、唐の呉道子(ごどうし)はこれらを兼ね備えたほど偉大な画人である」と評した故事が由来です。

5.胸襟秀麗(きょうきんしゅうれい)

考え方や心構えが正しく立派なさまのことです。

「胸襟」は胸のうち、心の中の意で、「襟」も心・胸の意。「秀麗」は優れて美しいさまのことです。

6.君子九思(くんしのきゅうし)

君子が思い心がけるべき九つのことです。「君子」は教養や徳の高い立派な人のことです。出典は「論語」です。

物を見るときははっきりと見、聞くときはさとく正確に聞きたいと思い、顔つきは穏和を心がけ、姿は恭(うやうや)しくありたいと思い、言葉は誠実でありたいと思い、仕事には慎重を心がけ、疑念には質問を心がけ、怒るときはその後の困難な事態を思い、利益に対しては道義を考えてよしあしを吟味するということです。

7.君子不器(くんしふき)

君子は一能一芸にのみ優れるのではなく、広く何事にも通用する人徳を持つということです。出典は「論語」です。

器物はある用途にのみ有効であるが、君子には偏りがないということです。「君子は器(うつわ)ならず」と訓読します。

8.荊山之玉(けいざんのぎょく)

荊山から出る玉を抱いている人の意から、優れて賢い人のたとえです。出典は「文選(もんぜん)」です。

「荊山」は、中国春秋時代、楚の卞和(べんか)が玉の原石を手に入れたといわれる山です。

9.瓊枝栴檀(けいしせんだん)

有徳の人や優れた詩文のたとえです。

「瓊枝」は美しい玉を生じるといわれる木です。「栴檀」は香木で「白檀(びゃくだん)」のことです。「栴檀は双葉より芳し」ということわざにある栴檀です。

「瓊枝」も「栴檀」もいずれも優れたもののたとえです、

10.景星鳳凰(けいせいほうおう)

聖人や賢人が世に現れるめでたい兆し、また賢人のたとえです。出典は「韓愈(かんゆ)」

です。「景星鳳皇」とも書きます。

「景星」はめでたい星です。「鳳凰」は想像上のめでたい鳥で、雄を鳳、雌を凰と言い、徳の高い天子や聖賢が世に出た時に現れるということです。

11.見賢思斉(けんけんしせい)

賢人を見ては自分もそのような人になりたいと思うことです。出典は「論語」です。

「斉」は等しいことです。

「賢(けん)を見ては斉(ひと)しからんことを思う」と訓読します。

12.高材疾足(こうざいしっそく)

知勇を兼ね備えた優れた人物のたとえ、優れた才能や能力を持つ者のたとえです。出典は「史記」です。

「高才疾足」とも書き、「こうさいしっそく」とも読みます。

「高材」は優れた才能、「疾足」は足の速いことです。

13.高山景行(こうざんけいこう)

徳が高く行いが立派なことのたとえです。また誰にも尊敬される物事のたとえです。出典は「詩経」です。

高い山と大きな道の意で、高い山は人が仰ぎ見るもの、大きな道は明白で規範となるものであることから。

「景」は大きい、「行」は道路の意。

14.参天弐地(さんてんじち)

天地と同じほどの大きな徳を持つことです。出典は「易経」です。

「参」は交わる意で、「参天」は天に交わることです。「弐地」は地に並ぶ意です。

また「参」は三、「弐」は二で、自分で徳を地に比すことを「弐地」といい、地と自分とを天に並び合わせて三となるのを「参天」と言います。

「天に参じ地に弐(じ)す」と訓読します。

余談ですが、「参天製薬」という目薬メーカーがありますね。この社名の由来は儒教の「四書」の一つである「中庸」にある次の言葉です。

「天地の化育を賛(たす)く可(べ)ければ、即ち以て天地と参となる可し」

現代語訳すると「本来聖人は万物の秩序と原理(天)と人間社会(地)の調和を助ける」ということです。

またこれによって、同社の企業理念を「天機に参与する」(目をはじめとする特定の専門分野に努力を傾注し、それによって参天ならではの知恵と組織的能力を培い、患者さんと患者さんを愛する人たちを中心として社会への寄与を行う)としています。

ちなみにsanteはフランス語で「健康」という意味があります。



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