「西」を含むことわざ・慣用句・熟語

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西と言ったら東と悟れ

1.西と言ったら(言うたら)東と悟れ

「人の言葉には裏表があるから、まともに受け取らず本心を見抜く(相手の言葉の裏にある真意を察する)心構えが必要である」ということです。

私が現役サラリーマンの頃、「酒席で『ビールを注ごうか?』とか『酒はどうや?』と言われたら、すかさず相手にまず酌をするように」と先輩から注意されたことがあります。

その心は、「相手がそう言うのは、こちらにもビールか酒を注いで(勧めて)ほしいという合図だから」というわけです。

2.犬が西向きゃ尾は東

当たり前すぎるほど当たり前であることのたとえです。類語には「雨の降る日は天気が悪い」があります。

なお、与謝蕪村の俳句「西吹けば東にたまる落葉かな」も字面的には同じような意味です。西風が吹くと、落葉が東の方に吹き付けられて溜まってしまうという情景を詠んだもので、老境に入る侘しさが感じられる句です。

3.西方浄土(さいほうじょうど/せいほうじょうど)

仏教用語で、「阿弥陀仏(あみだぶつ)がいるとされる苦しみのない安楽の世界」のことです。「極楽浄土(ごくらくじょうど)」とも言います。

西方に向かって十万億土のかなたにあり、全く煩悩や苦しみのない安寧と喜びに満ちた安楽な理想の世界だということです。

4.西王母(せいおうぼ)が桃

「西王母」は、中国、西方の崑崙(こんろん)山に住む神女の名前です。

西王母が漢の武帝に献じた桃は、三千年に一度花が咲き実がなるという伝説から、「珍しく得がたいもの」のことです。また、「長寿のたとえ」です。

5.西施(せいし)の顰(ひそ)みに倣(なら)う

「顰み」は眉間(みけん)にしわを寄せて顔をしかめることです。

西施が眉をしかめた表情を真似るという意味で、「物事の本質を捉えず、うわべだけむやみに人の真似をして、世間の物笑いになること」です。

また、人に倣って物事をする場合に、謙遜して使う言葉でもあります。

6.西施捧心(せいしほうしん)

「病気に悩む美女の様子」のことです。また「同じ行いでも人や場合により価値に差が生まれるたとえ」です。「西施心(むね)を捧(ささ)ぐ」と訓読します。出典は「荘子(そうじ)」です。

中国の春秋時代、越の絶世の美女・西施が病気になり、病む胸を手で押さえ、眉をひそめて歩いていました。その姿の美しさに人々が見とれたのを見て、村の醜い女が自分も同じようにすれば美しく見えるかと思って、顔をしかめて歩いたら人々は皆逃げたという故事です。

7.西施に唐突す(せいしにとうとつす)

「極めて優れた人にたとえられること」です。

8.西施にも醜なる所あり

「世の中には完全で過失のない人もいないし、全く取り柄のない人もいない」ということです。出典は「淮南子(えなんじ/わいなんし)」です。

9.西河之痛(せいかのいたみ/せいかのつう)

「自分の子を亡くして激しく悲しむことのたとえ」です。

中国の春秋時代、孔子の弟子の子夏が、孔子の死後、西河で教えを説いていた時、自分の子の死を悲しむあまり失明してしまったという故事です。

10.西狩獲麟(せいしゅかくりん)

中国の春秋時代、魯の哀公が、西方に狩りに行って麒麟(きりん)を得たという故事から、「絶筆」「物事の終わり」のことです。「西狩(せいしゅ)して麟を獲(え)たり」と訓読します。

「麟」は麒麟のことで、想像上の動物です。からだは鹿、尾は牛で、毛は五色に輝き、聖人が世に現れるのに応じて出現すると言われていました。

この麒麟が乱世に現れたのに感じて、孔子は「春秋」の中でこの語を記して筆を置いたと言われています。このことから「文章の書き終わり」(絶筆)、転じて「物事の終わり」などの意に用いられます。「獲麟」だけでもその意で用いられます。

2020年のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」にも麒麟の話が出てきたので、ご存知の方も多いかもしれません。



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