中村天風とは?松下幸之助や大谷翔平も感銘した中村天風の哲学と名言とは?

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中村天風

以前から新聞で時々、『中村天風 運命を拓く』の広告が載っており、書店でも何冊か見かけるので気になっていたのですが、手に取ってじっくり読む機会がありませんでした。

私は芹沢光治良の『人間の運命』を読むのを最初躊躇したのと同じく、「運命」というタイトルに「運命論・宿命論」や「宗教的な匂い」を感じて、あえて避けていたのです。

ところが、昨年メジャーリーグで「二刀流」の大活躍をし、MVPに輝いた大谷翔平(1994年~ )が愛読して影響を受けたということで、昭和の実業家、思想家の中村天風がにわかに再注目されていることから読む気になりました。

天風の著書は、パナソニックの創業者・松下幸之助(1894年~1989年)、京セラの創業者・稲盛和夫(1932年~ )など多くの経営者のほか、作家の宇野千代(1897年~1996年)、大相撲の横綱双葉山(1912年~1968年)、プロ野球監督の広岡達朗(1932年~ )、プロテニス選手の松岡修造(1967年~ )にも影響を与えています。

あるスポーツ紙デスクは次のように話しています。

大谷はかなりの読者家で、渡米前に天風の著書『運命を拓く』を愛読していたということで再注目されています。要するに自己啓発本ですが、テニスの松岡修造も、メンタルトレーニングで一番良かったものとして天風の名前を挙げています。ネガティブな性格からポジティブになれたと話していました。

大谷の受賞をきっかけに、Amazonの売れ筋書籍ランキングの総合30位以内に、天風の『ほんとうの心の力』(PHP研究所=2006年)と『運命を拓く』(講談社文庫=1998年)の2冊がランクインしました。

また、米心理学博士で医学博士の鈴木丈織氏は次のように述べています。

〈自分の欲を捨てろ〉という本もいっぱいありますが、天風さんの場合は真逆。〈自分の欲をかき立てろ〉というものです。こうなりたいといった自分の欲をポジティブな方向に燃やして目標を達成していくことを示唆しているのですが、具体的なアドバイスは何もありません。自分なりに応用していくしかないのですが、それで失敗する人が多いようですね。

天風の著書に啓発されて、その気になって高すぎる目標を立てて挫折するというパターンが多く、読むだけで終わってしまう。ポジティブになるのはいいですし、目標は高い方がいいのですが、高いだけではダメ。大谷投手も自分の欲をかき立てつつも、現実的な目標をひとつひとつクリアし、徐々に目標を高くして、あの高みにたどり着いたはずです。

1.中村天風とは?

中村天風

中村天風(なかむらてんぷう)(1876年~1968年)という名前は聞き慣れない方も多いかもしれませんが、「経営の神様」と呼ばれた松下幸之助や京セラ創業者の稲盛和夫のほか、日本電産会長の永守重信(1944年~ )、H.I.S.会長兼社長の澤田秀雄(1951年~ )ら、多くの財界人が座右の書として天風の本を挙げており、その世界では有名な存在です。

大型の書店では、ビジネス書のコーナーに「天風本」の棚が用意されており、いまでも毎月のように、その言葉や講演を解説した新刊が出版されています。

2021年11月29日に『感動の創造 新訳 中村天風の言葉』(講談社刊)を上梓した平野秀典氏は次のように述べています。

中村天風は波乱万丈の人生を送った人で、その過程で、自身の思想を『心身統一法』という実践的な方法にまとめあげ、世間に広く普及させました。『人生哲学』の第一人者とも言われています。

中村天風の本名は中村三郎です。1876年、大蔵省紙幣寮抄紙局(現・国立印刷局)初代局長・中村祐興の息子として東京で生まれたのち、福岡の知人に預けられます。

6歳の時から立花家伝の剣術随変流の修業を始めます。随変流は立花宗茂を流祖とし 戦国時代に成立した流派で、剣術と抜刀術を持ちます。天風は後に随変流を極めることとなります。

ちなみに、「天風」という号は天風が最も得意とした随変流抜刀術の「天風」(あまつかぜ)という型から取られたものです。

全ての教科の授業に英語の原書を用いていた地元の名門・修猷館(しゅうゆうかん)中学(現・福岡県立修猷館高校)に進学したことから英語に堪能になり、柔道部のエースとして活躍しますが、練習試合に惨敗した熊本済々黌生に闇討ちされ、その復讐を行う過程で出刃包丁を抜いて飛びかかってきた生徒を刺殺してしまいました

正当防衛は認められたものの、修猷館を退学となりました。その後、1892年(明治25年)に玄洋社の頭山満(とうやまみつる)(1855年~1944年)のもとに預けられます。

天風は玄洋社で頭角を現し、気性の荒さから「玄洋社の豹」と恐れられました。16歳の時に頭山満の紹介で帝国陸軍の軍事探偵(諜報員)となって満州へ赴き、大連から遼東半島に潜入し錦州城、九連城の偵察を行いました

日露戦争が迫った1902年(明治35年)には再度満州に潜入し、松花江の鉄橋を爆破したり、仕込杖で青竜刀を持った馬賊と斬り合いを演じるなどの活躍を見せ「人斬り天風」と呼ばれたということです。

1904年(明治37年)3月21日にはコサック兵に囚われ、銃殺刑に処せられるところでしたが、すんでのところで部下に救出されました 。

その後天風は様々な危険を乗り越え、無事目的地の大連に到着しました。日露戦争に備えて参謀本部が放った軍事探偵は合わせて113名いましたが、そのうち生きて大連に到着したのはわずか9名でした。

日露戦争後は帝国陸軍で高等通訳官を務めていましたが、1906年(明治39年)に奔馬性(結核の症例の中で、急速に症状が進むもの。現代では「急速進展例」と呼ばれる)の肺結核を発病します。症状はひどく、死を覚悟したということです。

弱った心身を立て直す方法を模索した天風は、1909年、33歳のときに単身欧米に渡り、最先端の医学を学びます。しかし、病の解決法はなかなか見つかりませんでした。

「せめて日本で母の顔を見て死にたい」

失意の帰国を決めた天風でしたが、その帰路立ち寄ったエジプトのホテルでヨガの聖者カリアッパと出会います。

「あなたにはまだやっていないことがある。ついて来なさい」

聖者はヒマラヤ山脈の高山の麓にある村に天風を導き、そこで天風は約2年半にわたる修行を積みました。この修行を経て、天風は悟りを啓(ひら)き、それまで悩まされ続けてきた肺結核も治癒したということです。

このときの体験が天風の人生観を大きく変え、思想家としての出発点となったと言われています。

帰国後は、新聞記者などを経て、東京実業貯蔵銀行(後に旧三菱銀行と合併)の頭取にまで上り詰めます。また、大日本製粉の重役など数々の会社経営に参画し、成功を収めました。

実業界で財を成したものの、戦後恐慌に晒され困窮する人々を目の当たりにした天風は「今こそ自身の体験を広めていくべきときだ」と感じます。

そこで1919年、43歳のときに突然すべての地位と財産をなげうって「統一哲医学会」(現在の公益財団法人天風会)を立ち上げ、自身の哲学を広め始めました。

以後、天風は日本全国を行脚し、自らの人生哲学を説く講演家として約50年間にわたって活動しました。

1968年、92歳でこの世を去っています。

なお彼は、「辛亥革命」(1911年~1912年)の指導者で中華民国を建国した孫文(1866年~1925年)と交遊があり、中華民国最高顧問の称号も持っていました。これは、日本に亡命した孫文が、宮崎滔天の紹介で玄洋社の頭山満と出会い、頭山を通じて平岡浩太郎から東京での活動費と生活費の援助を受けましたが、その時彼が孫文の身辺警護に当たった縁からです。

彼は1913年春にヨガの聖者カリアッパのもとを去り、帰国するために上海に向かいました。その頃の中国は辛亥革命の2年後で、大総統・袁世凱の独裁政治に対して、孫文が再び蜂起しようとしていました。1913年5月、中国特命全権公使の山座円次郎(玄洋社社員)から、孫文の蜂起を助けるよう依頼され、「第二辛亥革命」に参加したとのことです。

2.中村天風の哲学

天風の教えは「健康も運命も心一つの置きどころ」という思想にもとづいています。

その主軸にあるのが心身統一法(*)です。

(*)「心身統一法」とは「天風哲学」と呼ばれる宇宙観、生命観、人生観をバックグラウンドにして組み立てられたもので、“いのちの力”を充分に発揮するための中村天風オリジナルの理論と実践論です。

心の態度を積極的にし、体の状態を健全に保つことで、健康で幸福な人生を堂々と歩むことができるというものです。昔から学者、識者、宗教家による幸福論は多数ありますが、そのすべてが「How to say」という理想論に終始し、具体的な実践論である「How to do」が示されたことはほとんどありませんでした。

偉大な“いのちの力”は生まれながら誰にでも与えられているもので、心身統一法を実践することで、ほんとうに生きがいのある充実した価値高い人生を獲得できるとしています。

心身統一法が目指すのは、次の3つのテーマです。

(1)成功と繁栄

天風の教えの根底には、人は成功と繁栄を必ず実現できるという強い信念があります。

心の持ち方一つで運命が変わることもあれば、大きな問題を解決することもできると天風は説きます。

私たちは「成功できるのは一握りの人に過ぎない」といった消極的な考えを無意識のうちに抱きがちです。

しかし、人生を切り拓いていくには、まずこうした消極的な思考を改めなくてはなりません。

人はだれでも成功と繁栄を実現するべく、創造的な人生を歩むことができるのです。

(2)健康と長寿

現代においては、心の持ちようが健康状態に影響を及ぼすことは医学的にも証明されつつあります。

天風は自らの体験を通してこの事実に気づき、日本で先駆けて自然良能作用を活性化させることの重要性を説いたのです。

身体に痛みや不調があるとき、私たちは「痛い」「苦しい」と口に出すばかりか、つい心までネガティブな思考に引き寄せられがちです。

しかし、心のあり方まで積極性を失ってしまうと、ますます健康と長寿から遠のく結果をもたらしかねません。

医療など自分の外側にある力に頼るのではなく、まずは自身の「心の態度」を変革していくべきだ、と天風は説いているのです。

私の知人でガンを患った人が、いろいろな医者に診てもらっても治癒しないため、ガン治療で有名な秋田県の玉川温泉にも通ったほか、日本全国を旅行するなど積極的な活動を続けた結果、ガンが完治し、医者も驚いたという話を聞いたことがあります。これも「積極的な心の持ち方」のおかげかもしれません。

(3)心の平穏と安心

心の状態を常に平穏に保つことは、非常に難しいと多くの人が考えがちです。
しかし、天風は「人間は感情を制御できる」と明言しています。

人生の中で、腹が立つ出来事に遭遇したり、自分は不幸だと感じたりすることがあるでしょう。

何が起きたとしても事実を受け入れ、自身の心を自在に切り替えることで真の「安心」を得られると天風は説いています。

天風自身が92歳まで情熱を燃やし続け、大往生を遂げたことからも、心の平安と安心を実感しながら生きることの大切さが立証されたといえるでしょう。

「心身統一法」の主な方法は次の通りです。

(1)積極心の基礎づくり 観念要素の更改法

夜寝る前の連想暗示法、鏡に向かいなりたい自分の精神状態を命令する命令暗示法、その効果をより的確にする断定暗示法やそれに付随する方法により、消極的な心を一掃させます。

(2)積極心で活きる 積極観念の養成法

毎日の生活の中でともすれば不平不満、愚痴、不安や心配など、心を消極的に使う癖がついているのを訂正して、積極方向に習慣づけることにより心を強化する方法です。

(3)積極心を保つ 神経反射の調節法(クンバハカ)

外部から与えられる精神的·肉体的ショックから受ける自律神経の動揺を防止し、精神の安定を確保することができる体勢のとり方とその訓練法です。マイナスの感情に振り回されることがなくなり、生命に大きなダメージを与えるようなストレスから身を守ります。

(4)呼吸操練

生命を維持する上で最も大事なものは空気です。この空気の中から、新鮮な活力を各器官に受け入れているというイメージと共に行う呼吸法で新陳代謝を促し自律神経を強化します。

(5)統一式運動法

18種類の運動によって組み立てられ、各動作はいずれも精神を強くし信念を確立するような哲学的意味が配されています。運動神経を活発にし、筋肉を鍛え内臓器官を強化します。

(6)養動法

座った体勢、立った体勢、横たわった体勢で体を動かし、心と体を調和させます。神経の興奮を静め気持ちを安定させるとともに、内臓の働きを高め、消化を促進させ、運動不足を補います。

(7)安定打坐法(あんじょうだざほう)(天風式坐禅法)

人生の不安や悩み、煩わしい日常生活でのストレスなどで疲れきった心を、余計なことを考えず何事にも捉われない純粋無垢な生まれたての心にリセットし、命の中にある無限の力を自覚するための行法です。ブザーの音に耳を傾けて心を集中し、ブザーの音が途切れた瞬間に「無」の心を体験することが出来ます。宮本武蔵や現代の一流スポーツ選手、天才芸術家などと称される人々が事に臨んで最大の力を発揮することができる、いわゆる「無念無想」の境地です。「無」の瞬間を繰り返し体験することにより、私たちも日常生活においてもまた人生に事あるときも変わることのない絶対的な強さをもつ心を発揮することができます。

(8)精神能力開発訓練

「無念無想」の状態から人間の潜在的な能力を現実化させる訓練です。感性が磨かれ、日常生活や仕事においてはインスピレーションやアイデアが湧くようになります。また人の気持ちを敏感に感じ取れるようになり、夫婦や親子、職場での人間関係がスムーズになります。

(9)真理瞑想行

安定打坐で雑念妄念を取り去った状態で、中村天風が悟った宇宙真理(宇宙観、生命観、人生観)を自悟・自覚することを目的とする行修で、原則として「修練会」でのみ行われるものです。
毎回の真理瞑想の締めくくりに、その内容を凝縮した「暗示誦句」が与えられます。この誦句は、中村天風が自ら真理と取り組み、瞑想し、悟った珠玉の言葉で綴られたもので、天風哲学のエッセンスといえるものです。

天風の「心身統一法」は、「マインドフルネス瞑想法」にも似ているように私は思います。

3.中村天風の名言

(1)人生の全ては積極精神で決定される

人生の一切合財のすべてが、この積極精神というもので決定されるのです。

現代ではさまざまな成功哲学が広く知られるようになり、いわゆる「ポジティブマインド」の重要性を多くの識者が説いています。

天風は「積極精神」に日本でいち早く着目し、人生を決定づける重要な要素として位置づけたのです。

積極的な姿勢・思考で人生と向き合うことは、天風哲学を実践する上での原点ともいえるでしょう。

(2)人間の欲望を否定しない

人生は積極性を発揮して、大いに欲望の火を燃やせ。

自己啓発や既成宗教においては、欲望を抑え制御することが重要と説かれる傾向があります。

しかし、天風は欲望こそが人生を切り拓く原動力になると捉え、むやみに欲望を否定しないよう説いているのです。

進歩や向上を実現するには、雑念や妄念を取り払い、真理をまっすぐに見据えて目標を掲げる必要があります。

より良く生きたいという前向きな欲望は大いに燃やすべきだ、という天風の言葉は現代にも通じる普遍的な教えといえるでしょう。

(3)人はいつでも幸せになれる

本当の世界ってものは、幸福でもなければ、不幸福でもなければ、不健康でもなければ、また健康でもない。

不幸な出来事に立ち合ったとき、自身の不遇を嘆いたり、つい不平不満を口にしたりしていませんか?

私たちを取り巻く世界はそもそも幸福でも不幸でもなく、ありのままの姿しか見せていないと天風は説きます。

心が怒りや悲しみに支配されているとき、私たちは無意識のうちに感情に執着しているものです。

感情に振り回されることなく、より根源的な「世界の姿」へと目を向けようとすることで、人は周囲に感謝の気持ちを持つことができ、いつでも幸せを実感できると天風は説いているのです。


中村天風一日一話 元気と勇気がわいてくる哲人の教え366話 [ 財団法人天風会 ]


ほんとうの心の力 [ 中村天風 ]



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