夕陽や昇ったばかりの満月が大きく赤く見えるのはなぜ?

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大きな夕陽

皆さんは西に沈む夕陽(夕日)や、地平線から昇ったばかりの満月がひときわ大きく見えたという経験があると思います。

しかも地平線に沈む太陽は「朝陽の掛け軸」にあるような赤色に近くなり、満月も赤味がかって見えますよね。これはなぜなのでしょうか?

朝陽の掛け軸

1.西に沈む夕陽が大きく赤く見える理由

夕陽が大きく赤く見える理由

太陽の大きさは原則として常に一定です。地球の公転軌道は楕円形ですが、太陽の見かけの大きさに差が生じるほどの大きなズレはありません。

夕陽が大きく見えるのは、「目の錯覚」(脳の誤認)によるものです。

下の図のような線の長さの錯覚と同様です。

線の長さの錯覚

ではなぜ錯覚するのかと言うと、それは「比較対象の有無」です。

太陽が中天(上空)にある時は、広い空の中一つだけ太陽があるので小さく感じ、夕陽の時には周りの景色(遠方のビルや家々の屋根など)との関係から、夕陽を大きいと感じる(脳が勝手に想像して大きいと意識させる)のです。

夕陽と明石海峡大橋

一方、夕陽が赤く見えるのは、頭上から垂直に降りてくる日中の太陽の光よりも、沈む夕陽から届く水平の光の方が、地球を取り巻く空気の層を多く通過するため空気中の塵や水蒸気にぶつかって、青系の光が途中で散乱して届かず、赤系の光しか目に入らなくなるからです。

朝陽についても同様です。

夕陽が赤く見える理由

私はあまり早起きではないので、地平線から昇る朝陽(朝日)を見た経験はありませんが、富士山などの高山に登って元旦の荘厳な日の出(ご来光)を拝む人々の様子をテレビで見たことはあります。

夕陽については、幼い頃稲刈りをする両親について行った時に、田んぼから西に沈む大きな赤い太陽を見て驚いた記憶があります。

2.東の地平線から昇ったばかりの満月が大きく赤く見える理由

赤い月

この現象も、夕陽や朝陽が大きく赤く見えるのと同様の理由によるものです。

3.「山の端(やまのは)」と「山際(やまぎわ)」の違い

山の端と山際

蛇足ながら、「山の端」と「山際」の違いについてご説明します。

清少納言の「枕草子」にも両方出て来ますので紛らわしいですが、上の画像を見ると一目瞭然です。「山の端」は「空に接する山の部分」で、「山際」は「山に接する空の部分」です。

春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山際、少し明かりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。

夏は夜。月のころはさらなり。闇もなほ、蛍の多く飛びちがひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。雨など降るもをかし。

秋は夕暮れ。夕日の差して、山の端いと近うなりたるに、烏の寝所へ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり。まいて雁などの連ねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし。日入り果てて、風の音、虫の音など、はた言ふべきにあらず。



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