「雑記ブログ」は「日記文学」や「随筆」と似ている!?

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紀貫之

1.私が「雑記ブログ」を始めたきっかけ

(1)長男のブログ

私がブログを始めた直接のきっかけは、長男がブログを始めたことです

(2)父の日記

もう一つのきっかけは、私の父が長年「日記」を付けていたことです。確か「3年日記」とか「5年日記」という「連年日記」を愛用していました。

私は父が亡くなった後の遺品整理をした時の記憶では、「日記」は10冊以上あったように思います。しかしぱらぱらと見て、毎日の出来事や感想を2~3行書いたメモのようなものだったので、廃品に出しました。今思うと申し訳ないような気持ちですが、その当時は、じっくり読む心のゆとりもないような状態でした。

父は私と同様に酒も飲まず無口な人間でしたので、父の人生経験や考え方などをじっくり聞く機会もないまま、亡くなってしまいました。

そこで、私は父の轍を踏まないように、自分の人生経験や考え方を「雑記ブログ」に書き残すことにしたのです。

ただ、個人的に身内に伝えるだけの内容では、一般の人に読んでもらえませんので、時事問題についての私の考えや、私の失敗談でほかの人にも参考になりそうなことを書き残すことにしました。

(3)平安・鎌倉時代の日記文学や随筆

最後に、これはきっかけというよりもヒントというべきかもしれませんが、平安時代から鎌倉時代にかけて盛んに作られた「日記文学」や「随筆」です。

平安時代には、紀貫之の「土佐日記」、藤原道綱母の「蜻蛉(かげろう)日記」、紫式部の「紫式部日記」、和泉式部の「和泉式部日記」、菅原孝標女の「更級日記」などがあります。

鎌倉時代には、吉田兼好の「徒然草」、鴨長明の「方丈記」、弁内侍の「弁内侍日記」、阿仏尼の「十六夜(いざよい)日記」などがあります。

これらは優れた文学作品で、私が目指している「実用性重視の話(役に立つ話、面白いエピソード)」「歴史の面白さを伝えること」「昆虫や植物に関する個人的な興味の披露」「政治批評・社会批評」とは方向性が異なりますが、これらの作品に触発されたことは事実です。

私は、平安時代から鎌倉時代に書かれた日記文学や随筆は、現代の「雑記ブログ」の源流ではないかと思っています。

2.平安・鎌倉時代の日記文学・随筆と現代の雑記ブログとの共通点と相違点

(1)共通点

①世の中の変動が目まぐるしいこと

平安時代から鎌倉時代にかけては、「方丈記」や「平家物語」に代表されるような「有為転変」「栄枯盛衰」「無常観」というものが人々の心の底流にありました。

現代は、科学技術が過去とは比べものにならないほど、急速なスピードで進歩・進化し、団塊世代以上の老人世代は付いていけないことが多くなるばかりです。

②自己を客観化して内省・観照(自照文学)し、「自己表現」したい欲求が高まっていること

このような時代には、一度立ち止まって、自分の人生を振り返ったり、今後どのように生きて行くべきかを自問自答する気持ちが強くなるものです。

(2)相違点

①現代の雑記ブログは、「アフィリエイト」(広告代理店収入のようなもの)志向の性格を併せ持つものも多いこと

平安時代から鎌倉時代のころは、「商業」と結びついておらず(謝礼をもらって「写本」を許可するということもあったかもしれませんが)、純粋に文学的志向だったと思います。

現代の雑記ブログにも、全く広告を掲載していないものもありますが、大半は広告を掲載しています。

②現代の雑記ブログは、「一般人」が自己の趣味や嗜好を多くの人(極端な話、日本をはじめ世界中の人)に「拡散」し、「共有」したいという欲求をもつものも多いこと

平安時代から鎌倉時代のころは、印刷技術がないため、「写本」(書写本)によって、一部の人々に読まれただけですが、現代はインターネットの発達によっで、ブログを通じて全世界の人が見ることが可能(中国や北朝鮮のように、一部または全部のサイトが閲覧不能の国もありますが)になっています。


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