現在は、花や花木の名前も、昆虫の名前と同様に植物や動物全般に「カタカナ表記」が多くなりました。しかし、花や花木の漢字名を知ると、カタカナでは味わえない風情が感じられて愛着がさらに深まるように私は思います。
百花繚乱の画像とともにお楽しみください。
まずは日本に古くからある花についてご紹介しましょう。
1.漢字で書いた花や花木の名前
(1)あ行:葵・蕣(朝顔)・紫陽花・馬酔木・敦盛草・菖蒲(文目/綾目)・碇草(錨草)・大犬の陰嚢・大手毬・翁草・含羞草(お辞儀草)・白粉花(白粧花)・苧環・弟切草・男郎花・女郎花・万年青
(2)か行:杜若(燕子花)・片栗・烏瓜・枳殻(枸橘)・桔梗・擬宝珠・夾竹桃・桐・金盞花・金鳳花・金木犀・梔子・鶏頭・辛夷
2.漢字で書いた花や花木の読み方
(1)あ行
①葵(あおい)
「葵」は冒頭の画像のような草花ですが、最近は「アオイ」と言えば「タチアオイ(立葵)」(ホリホック)のことを指す場合が多いようです。
ところで「葵」と言えば、徳川家の紋所「徳川葵」や京都の「葵祭」で有名ですね。
「徳川葵」は「フタバアオイ(二葉葵)」を図案化した「丸に三つ葉葵」です。「葵祭」の「葵」は賀茂神社の神紋「賀茂葵」(二葉葵)に由来します。
②蕣/朝顔(あさがお)
「朝顔」と言えば、小学生の頃に夏休みに種から育てた経験のある方が多いのではないでしょうか?
加賀千代女の「蕣(あさがほ)に釣瓶とられてもらひ水」という俳句が有名ですね。なお、この句の「上五」は千代女が35歳の頃に「蕣や」に詠み直して「切れ字」としています。
「朝顔」は、平安時代初期に中国から薬用植物として伝来し、当初は漢名の「牽牛子(けにごし)」の名で呼ばれていました。
なぜ「あさがお」と呼ばれるようになったかについては、朝に咲いて昼に萎むことに由来するとする説や、「朝の容花(あさのかおばな)」(朝に美しく咲く花)に由来するとする説などがあります。
中国から「けにごし」が伝来する以前に、日本では「桔梗」や「木槿」を「あさがお」と呼んでおり、万葉集に「秋の七草」として詠まれているのは「桔梗」です。
「けにごし」が「あさがお」と呼ばれるようになったのは10世紀初め頃で、「朝顔」という表記が定着したのは江戸時代後期と考えられています。
江戸時代には園芸や品種改良が盛んになり、文化・文政期(1804年~1830年)と、嘉永・安政期(1848年~1860年)の2度にわたって「朝顔ブーム」が起きています。
③紫陽花(あじさい)
「紫陽花」は現在、世界中で広く親しまれている花ですが、「日本原産」の「ガクアジサイ(額紫陽花)」(上の右側の画像)が原種です。
鎖国時代にオランダ商館員の一員として来日したドイツ人医師で博物学者のシーボルトによってオランダに持ち帰られて西洋で人気に火が付き、全世界に広まりました。「西洋アジサイ」はヨーロッパで品種改良されたものです。
世界最古の「バブル」は、1630年代にオランダで起きた「チューリップバブル」(チューリップの球根が異常に高騰)です。江戸時代の日本と同様、オランダにも「園芸ブーム」の素地があったようです。
なお紫陽花は土壌のpH(酸性度)によって花の色が変わり、一般に「酸性ならば青、アルカリ性ならば赤」になります。
④馬酔木(あせび)
房状の美しい花ですが、花・樹皮・葉には毒がある植物です。「馬酔木」という名前は、「馬が葉を食べると毒に当たり、酔った如くにふらつくようになる木」というところから付けられました。
⑤敦盛草(あつもりそう)
「アツモリソウ」の名前の由来については、「植物の名前は漢字で書くほうが想像しやすく、名前の由来もわかる!」という記事に詳しく書いていますので、ぜひご覧ください。
⑥菖蒲/文目/綾目(あやめ)
「あやめ」と「しょうぶ」と「かきつばた」はよく似た花なので、見分けがつかない(あるいは間違う)方も多いのではないでしょうか?
花の見た目だけでなく、花が咲く時期や群生して咲くところもよく似ています。パソコンやスマホで漢字変換すると、「あやめ」も「しょうぶ」も「菖蒲」と変換されるため、さらに紛らわしくなっています。
「あやめ」と「かきつばた」は同じ花の仲間(キジカクシ(雉隠)目アヤメ(菖蒲)科アヤメ属)ですが、「しょうぶ」は別のグループ(ショウブ(菖蒲)目ショウブ科ショウブ属)に属しています。
ただし、「はなしょうぶ(花菖蒲)」は、「キジカクシ目アヤメ科アヤメ属」に属する花なので、混同しやすいのも無理はありません。
「しょうぶ」(下の画像)は、小川や池などの水辺に生え、5月頃に花を咲かせます。花は長剣状の葉の間につける黄緑色の小さな花です。端午の節句に根や葉を風呂に入れて沸かす「菖蒲湯」で使われるのはこの「しょうぶ」です。「しょうぶ」は「尚武」に通じます。
「あやめ」は、日当たりの良い乾燥した草地に生え、高さは30~60cmです。開花時期は5月中下旬で、花弁の根元に黄色の網目模様があります。葉は細く、葉脈は目立ちません。
「かきつばた」は、湿地に生え、高さは50~70cmです。開花時期は5月中下旬で、「あやめ」よりも濃い紫色の花で、花弁の根元に白い細長の模様があります。葉は幅広く、葉脈は目立ちません。
「はなしょうぶ」(下の画像)は、主に湿地に生えますが、やや乾燥した土地でも生え、高さは80~100cmです。開花時期は5月下旬~6月で、花の色や花の形はさまざまです。
花弁の根元に黄色い細長の模様があります。葉の中央の葉脈がくっきりと見えます。
⑦碇草/錨草(いかりそう)
名前の由来は、花の形が和船の錨に似ていることから付けられました。
⑧大犬の陰嚢(おおいぬのふぐり)
名前の由来については、「植物の名前は漢字で書くほうが想像しやすく、名前の由来もわかる!」という記事に詳しく書いていますので、ぜひご覧ください。
⑨大手毬(おおでまり)
スイカズラ(吸葛)科の植物で紫陽花のような装飾花を咲かせます。「大きな手毬」に見立ててこの名があります。
なお、よく似た名前の「小手毬(こでまり)」(下の画像)はバラ(薔薇)科の落葉低木で、花の見た目も異なります。
⑩翁草(おきなぐさ)
名前の由来は、白く長い綿毛がある果実の集まった姿を老人の頭にたとえたものです。
⑪含羞草/お辞儀草(おじぎそう)
触れると小さな葉をぴたりと閉じ合わせ、葉の軸の付け根からガクンとした向きに折れる姿が面白いため、理科の教材としてもお馴染みですね。
「センシティブ・プラント(sensitive plant)」(「感覚植物(敏感な植物)」)の異名もあり、触れる以外にも熱や蒸発したアルコールなどにも反応し、同様の動きをします。また夜になったり、周りが薄暗くなっても葉を閉じます。
夏になると、葉の付け根にピンク色でボール状の可愛い花を咲かせます。
⑫白粉花/白粧花(おしろいばな)
黒い果実(種子)を割ると、白い粉質のもの(胚乳にあたる部分)があり、それが「おしろいの粉」のようであるため、この名前が付きました。
⑬苧環(おだまき)
名前の由来は、中心を空洞にして巻いた麻の糸玉「苧環」(上の右の画像)に花の形が似ているところから名付けられました。
オダマキの名前は、中心を空洞にして巻いた麻の糸玉「苧環」に花の形が似ているところから付けられました。花が開いた形と言うより、つぼみの形が苧環に近いと思います。
⑭弟切草(おとぎりそう)
「弟切草」は「鷹の傷薬(たかのきずぐすり)」や「血止め草(ちどめぐさ)」とも呼ばれます。
「弟切草」の名前の由来は、18世紀の書物「和漢三才図会(わかんさんさいずえ)」に次のように紹介されています。
平安時代に晴頼という鷹匠がいました。薬草を用いて鷹の傷を治すことで有名でしたが、薬草の名は秘密にして決して口外することはありませんでした。
しかしある日、人の良い弟がその薬草の名を他人に漏らしてしまったのです。これを知った晴頼は怒って、弟を斬ってしまいました。その時に庭に栽培していた薬草に弟の血潮が飛び散り、その跡が葉に残っており、弟切草の名がついたということです。
葉を見るだけでは黒点ですが、生葉をすり潰してみると赤紫から赤褐色の汁が出て、伝説を知っていれば血のように思えます。
⑮男郎花(おとこえし)
「男郎花」は、花の色が白く地味で、茎や葉は同じオミナエシ(女郎花)科の多年草「女郎花」より大きくて、姿がはるかに逞しく男性的な感じがするところから、このように名付けられました。
⑯女郎花(おみなえし)
「女郎花」は「秋の七草」の一つに数えられ、万葉集の時代から愛されている花です。
この花の花言葉は、「美人、はかない恋、親切」で、女性的な花姿から連想される言葉が由来となっています。
⑰万年青(おもと)
私が子供の頃住んでいた家の前栽に明治時代から置いてあると思われる「万年青」の鉢植えがありました。いつもは太くて青い葉を茂らせているだけだと思っていたのですが、ある時、葉の根元に鮮やかな赤い実を付けているのを発見して驚いた記憶があります。
名前の由来については、質の良い万年青が育っていた地名によるという説や、根元や茎が大きく堂々としている姿から『大本または大元(おおもと)』という言葉が由来という説、葉が常緑なので『青本(あおもと)』からという説などがあります。
寿命が長く、葉がいつも変わらず青いことから「万年青」と書きます。
名前にふさわしく、一年を通して青々とした葉を楽しめるため、繁栄などの良い意味で縁起物として重宝されます。
(2)か行
①杜若/燕子花(かきつばた)
「かきつばた」と「あやめ」と「しょうぶ」はよく似た花で見分けがつきにくいですが、その区別については「あやめ」の項目で詳しく解説しています。
②片栗(かたくり)
名前の由来は、傾いた籠のような花「傾籠(かたかご)」から転訛したという説や、鱗茎の姿が栗の片割れに似ていることから「片栗」になったとする説などがあります。
なお、かつてはこの「片栗」の球根から「片栗粉(かたくりこ)」が作られていました。現在大量生産されて市場に流通している「片栗粉」は、ジャガイモ(馬鈴薯)から作られる「馬鈴薯澱粉(ばれいしょでんぷん)」です。
③烏瓜(からすうり)
「烏瓜」と言えば、真っ赤な実を思い浮かべる方が多いと思いますが、花は夜(日没後から日の出まで)に咲くので見る機会が少なくあまり知られていません。
名前の由来は、熟すとカラスが好んで食べる瓜から来たという説、『唐朱瓜(からしゅうり)』の意で、唐から輸入された朱赤色で卵型の朱の原鉱に類似しているためとする説、枝にいつまでも残る果実をカラスの食べ残しに見立てたものとする説などがあります。
④枳殻/枸橘(からたち)
「枳殻(からたち)」は「唐(から)の橘」の意です。
北原白秋作詞・山田耕筰作曲の童謡「からたちの花」は有名ですね。
余談ですが、京都市下京区東六条にある東本願寺の別邸「渉成園」(下の写真)は、周囲にカラタチが植えてあったことから、別名「枳殻邸(きこくてい)」とも呼ばれています。
なお「渉成園」という名称は、中国六朝時代の詩人陶淵明の『帰去来辞』にある「園日渉以成趣」(*)の詞にちなむものです。
(*)「園は日に渉(わた)りて以(もっ)て趣(おもむき)を成す。」と読み、「庭園は日に日に趣が増してくる」という意味です。
⑤桔梗(ききょう)
名前の由来は、薬草としての漢名「桔梗」を音読みした「きちこう」が転訛したものです。
漢名「桔梗」の語源は、乾燥した根が硬いという意味に由来します。
丸いつぼみの形から、英語では「バルーンフラワー(balloon flower)」と言います。
⑥擬宝珠(ぎぼうし)
名前の由来は、「擬宝珠」のつぼみの形が、橋の柱などの建築物の飾りである「擬宝珠」(ぎぼし/ぎぼうしゅ)(上の右側の画像)に似ていることから付けられたものです。
⑦夾竹桃(きょうちくとう)
「キョウチクトウ」など毒性のある花については、「美しい花には毒がある。知らないと危険、身近な植物の毒性に注意!」という記事に詳しく書いています。
「夾竹桃」という名前は、中国名を音読みしたものです。中国名の「夾竹桃」は、「竹と桃を混ぜた」という意味で、葉が竹に似ていて、花が桃に似ていることにちなみます。
⑧桐(きり)
「桐」については、「高槻「あくあぴあ芥川」近くの桐の花が今盛り!」という記事に詳しく書いています。ぜひご一読ください。
⑨金盞花(きんせんか)
名前の由来は、盃状の花姿と黄金色の見た目から「金盞花」と名付けられました。「盞」は小さな杯のことです。
⑩金鳳花(きんぽうげ)
「金鳳花」は、本来黄色の5弁の花びらを持つ一重咲きの小さな花ですが、それが変化して八重咲になったものを称賛の意味も含めて「金色の鳳(おおとり)」という字を当てて名付けられました。
⑪金木犀(きんもくせい)
「金木犀」は9月下旬から10月中旬に、強い芳香のある橙黄色の小さな花を枝に密生させて咲きます。特に夜間は、近くになくても香りがわかるほど強く香ります。
この「犀」は動物のサイに由来します。「金木犀」の樹皮がサイの皮膚と似ており、金色の花を咲かせることからこのように名付けられました。
⑫梔子(くちなし)
「梔子」と言えば、渡哲也の「くちなしの花」という歌を思い出す方も多いと思います。
花の名前については、「口無し」を意味し、実が熟しても自然に割れないことに由来しているという説や、上部に残る咢を「口(くち)」、細かい種子のある果実を「梨(なし)」とし、口のある梨であるとする説などがあります。。日本では迷信ですが「嫁の口がない(嫁の貰い手がない)」という意味に通じるとして、女の子のいる家には植えない方がよいと言われたりもします。
「梔子」は、「金木犀」「沈丁花」とともに「三大香木」と言われます。余談ですが、私は個人的にはこの「梔子」の独特の強い香りは昔から苦手です。
⑬鶏頭(けいとう)
名前の由来は上の画像を見れば一目瞭然ですが、雄鶏の赤くて立派なとさかに似ているためです。
余談ですが、「鶏頭」と言えば正岡子規の「鶏頭の十四五本もありぬべし」という俳句の評価を巡る有名な「鶏頭論争」というのがありましたね。
⑭辛夷(こぶし)
千昌夫の「北国の春」の歌詞にも出てきますね。
名前の由来については、次のように諸説あって定説がありません。
①つぼみが開く前、開花の様子が小さな子どもの握りこぶしのように見えるという説。
②つぼみの形を握りこぶしに見立てたものだとする説。
③果実(集合果)の形がでこぼこしていて、(子どもの)握りこぶしに見立てたことに由来するとする説
実は「辛夷(しんい)」は中国ではモクレン(「木蘭(もくらん)、「木蓮(もくれん)」)のことを指す言葉です。
モクレンは平安時代中期に編纂された「和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)」にもその名が見られるように、古い時代に中国から渡来しました。
昔は「木蘭(もくらん)」と呼ばれていたこともありますが、これは花がラン(蘭)に似ていることに由来します。しかし今日では、ランよりもハス(蓮)の花に似ているとして「木蓮(もくれん)」と呼ばれるようになりました。
もともとは観賞用ではなく、漢方で「辛夷(しんい)」と呼ばれるつぼみを頭痛や鼻炎の薬とするために植えられたようです。
モクレンによく似た日本固有種である「こぶし」に、木蓮と区別するために「辛夷」という字をあてたようです。
「辛夷」の花は私の住む大阪府ではあまり見かけません。しかし、「辛夷」とよく似た花である「白木蓮(はくもくれん)」(下の画像)は庭や公園によく植えられています。