私が子供の頃、東映の時代劇映画をよく見ましたが、最初に荒磯に波が砕け散る映像が「東映」のロゴとともに流れ、最後に「終」という一文字が出できました。これがとても印象に残っています。
ところで、「終」という漢字の由来は何でしょうか?「冬」と「糸」が入っているのも不思議といえば不思議ですね。じっと見つめていると「ゲシュタルト崩壊」を起こしそうになります。
1.「終」という漢字の成り立ち
「終」は「会意兼形声文字」(糸+冬)です。
「撚糸(よりいと)の象形」と「糸の両端を結んだ象形」から、糸の結び目、「おわり」を意味する「終」という漢字が成り立ちました。
実は「おわり」を意味する漢字は、古くは単に「冬」と書かれていました。「冬」は針を通した糸の両端を、それぞれ末端で結び留めた形です。
つまり、「冬」という字は、初めから季節の名前を表すために作られた漢字ではなく、本来は「糸の両端」から「おしまい・最後」という意味を表していたのです。
それがやがて、1年のうちの最後の季節をこの漢字で表すようになったのです。
ところが、その「冬」がやがてもっぱら季節の意味で使われるようになったため、「おしまい」を表していた「冬」に改めて「糸へん」を加えて「終」という漢字が作られたのです。
2.「終」を含む言葉
(1)怙終(こしゅう)
悪い行いをしながら正しいと信じ、改めずに悪い行いを繰り返すこと。
(2)終曲(しゅうきょく)
交響曲や組曲などの最後の楽章。フィナーレ。対義語は「序曲」です。
(3)終局(しゅうきょく)
①囲碁や将棋などの勝負が終わること。
②物事の終わり。結末。
(4)終極(しゅうきょく)
物事の終わり。最後。果て。
(5)終車(しゅうしゃ)
その日の運行で最後に出る電車やバスなど。
3.「終」を含む四字熟語
(1)凶終隙末(きょうしゅうげきまつ)
仲良く付き合っていた関係が、最後には争い合う関係になることがよくあるということ。
「凶終」は最終的に相手を傷つけるような、激しい争いになるということ。
「隙末」は不仲になること。
中国の戦国時代の秦の張耳と陳余や、漢の蕭育と朱博は非常に仲がよかったが、最終的に殺し合いをする間柄になったという故事から。
「終わりを凶にし末に隙あらしむ」とも読みます。
(2)終歳馳駆(しゅうさいちく)
極めて忙しく、一年中走り回ること。
「終歳」は一年中、いつもという意味。「馳駆」は走り回る、尽力すること。
(3)終南捷径(しゅうなんしょうけい)
正規の試験などをすることなく官職につくこと。または、終南山には仕官への近道があるということ。
「終南」は長安の南にある山の終南山のこと。「捷径」は近道、最短距離の道のこと。
終南山で隠居していた盧蔵用が、則天武后に召されて官職を得た故事から、終南山で隠者のふりをすることで名声が上がって仕官への近道になるという意味。
(4)慎始敬終(しんしけいしゅう)
最初から最後まで、気をゆるめずに慎重に行うこと。または、物事は最初と最後が大切であるということ。
「慎」と「敬」はどちらも細心の注意を払うこと。
「始めを慎み終わりを敬しむ」とも読みます。
(5)同始異終(どうしいしゅう)
原因が同じでも、状況が違えば結果も変わるということ。
「同始」は始まりが同じであること。「異終」は終わりが違うこと。
「始めを同じくするも終わりを異にす」とも読みます。
(6)婦怨無終(ふえんむしゅう)
男性からの愛を失った女性は、その怨みをいつまでも忘れることはないということ。
「婦の怨みは終わり無し」とも読みます。
(7)飽食終日(ほうしょくしゅうじつ)
一日飯を食べるだけで、他に何もせずに無駄に過ごすこと。
一日が終わるほどに、飽きるくらい飯を食べるという意味から。
(8)無始無終(むしむじゅう)
始まりも終わりもないこと。
仏教語で、死んでは生まれ変わる輪廻を永遠と繰り返すということから。
(9)臨終正念(りんじゅうしょうねん)
死に臨む時も心を乱さずに、心を穏やかに保つこと。
仏教の言葉で、心静かに念仏を唱え、極楽往生を願いながら死んでいくことをいう。
「臨終」は死ぬ直前のこと。「正念」は心を正しい状態に保つこと。
(10)臨命終時(りんみょうじゅうじ)
死ぬ直前。死の時に臨むこと。
「命終」は死ぬこと。元は仏教語で、「臨終」と略して使われることが多い言葉。