薩摩藩主の島津斉彬や俳優の中尾彬などの「彬」の意味や由来は?

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彬という漢字の成り立ち

「彬」という漢字は、名前としても一般的な言葉としてもあまりお目にかかりませんが、私には「古風でどこか格好いい名前」というイメージがあります。

やはり下級武士であった西郷隆盛や大久保利通らの逸材を見出して登用した開明的な薩摩藩主島津斉彬の印象が強いからでしょう。

1.「彬」という漢字の成り立ち

「彬」は「形声文字」(焚の省略形+彡)です。

「木が並び立つ木の象形と、燃え立つ炎の象形(のちに省略)」(「林を火で焼く」の意味ですが、ここでは「賁(フン)」に通じ(同じ読みを持つ)「賁」と同じ意味を持つようになって)、「飾り」の意味)と「長く流れる艶やかな髪」の象形(「模様」の意味)から、「目をみはる(目を大きく開いてしまう)ような飾り・模様」を意味する「彬」という漢字が成り立ちました。

2.島津斉彬とは

島津斉彬

島津斉彬(しまづなりあきら)(1809年~1858年)は、江戸時代後期から幕末の大名で、薩摩藩11代藩主で、島津氏28代当主です。

今和泉島津家出身で斉彬の養女となった天璋院は、13代将軍徳川家定の正室となりました。

薩摩藩による富国強兵や殖産興業に着手し国政改革にも貢献した幕末の名君です。西郷隆盛ら幕末に活躍する人材も育てました。

3.中尾彬とは

中尾彬

俳優・タレントの中尾彬(なかおあきら)さん(1942年~ )は、千葉県木更津市出身で武蔵野美術大学を中退しています。

彼は演ずる場合は身につけるがネクタイが嫌いで、池波が「ねじねじ」と称するスカーフやマフラーなどを首元からぐるぐる巻き降ろすスタイルを好み、自他ともに認めるトレードマークです。

1990年代前半に海外ロケの移動中に、飛行機の中でイライラしながらマフラーをよじっていると取れなくなり、そのままにしていたところ、「オシャレだな(レストランのシェフみたいで)」と共演していた神田正輝から褒められたことが端緒だそうです。

「ねじねじ」は300本、春夏秋冬、冠婚葬祭により使い分け、葬儀の際は黒のマフラーを着用し、夏季は「ねじねじ」がプリントされたTシャツを着用するそうです。

4.「彬」を含む言葉

(1)彬彬(ひんぴん/ひんひん)

①外形と内容とが調和し、充実しているさま。

②文化的な事物の盛んに起こるさま。

(2)仰木彬(おおぎあきら)

仰木 彬(おおぎ あきら)(1935年~2005年)は、福岡県出身のプロ野球選手、プロ野球監督、野球解説者です

昭和30年代の西鉄ライオンズ黄金時代に正二塁手として活躍し、引退後は西鉄、近鉄、オリックスのコーチ・監督を歴任しました。

1987年オフ、岡本伊三美の後任として近鉄監督に就任し、1年目は西武との激しい優勝争いの末、リーグ優勝を逃しました。しかし前年度最下位のチームを率いて当時黄金期の西武をあと一歩のところまで追い詰めた、様々な奇策による好采配は、恩師・三原の「三原マジック」に倣って仰木マジックと称されました。

(3)鶴彬(つるあきら)

これは反戦川柳作家のペンネームです。

鶴彬(1909年~1938年)(本名:「喜多 一二(きた かつじ)」)は、石川県出身で日本のプロレタリア文学の影響を強く受けた「反戦川柳作家」で、佐高信は彼を「『川柳界の小林多喜二』と言われた」と自著で紹介しています。

5.「彬」を含む四字熟語

(1)文質彬彬(ぶんしつひんぴん)

外面の美しさと内面の質朴さが、ほどよく調和しているさま。洗練された教養や態度と、飾り気のない本性が、よく調和しているさま。

「文」は表面の美しさ。洗練された教養や美しい態度、容貌ようぼうなどの外見。「質」は内実、実質。飾らない本性。「彬彬」はほどよくつりあっているさま。

「論語」(雍也篇)にある次の言葉に由来します。

質 文に勝てば則ち野なり。文 質に勝てば則ち史なり。文質彬彬として然る後に君子なり。

人間は虚栄心ばかりではもちろん困りますが、といって全く飾らないのもちょっと粗野に過ぎるイメージがあります。

ですから孔子は、人柄において素朴さと飾りがほどよく調和しているのが理想的な君子だと考えたわけです。



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