1.高野聖
泉鏡花(1873年~1939年)(下の写真)に「高野聖(こうやひじり)」という幻想小説があります。
当時28歳だった鏡花が作家としての地歩を築いた作品で、幻想小説の名作でもあります。高野山の旅僧が旅の途中で道連れとなった若者に、自分がかつて体験した不思議な怪奇譚を聞かせる物語です。難儀な蛇と山蛭の山路を抜け、妖艶な美女の住む孤家にたどり着いた僧侶の体験した超現実的な幽玄世界が、鏡花独特の語彙豊かで視覚的な、体言止めを駆使したリズム感のある文体で綴られています。
「高野聖」とは、中世に高野山を本拠とした遊行者(ゆぎょうしゃ)です。高野聖は中世以来、高野山から諸地方に出向き、勧進と呼ばれる募金活動のために勧化、唱導、納骨などを行いました。
2.旅僧の怪談
「高野聖」のように全国を行脚する遊行僧は、各地でさまざまな珍しい怪談や怪異談を聞いたり、実際にそういう恐怖体験をしたこともあったのでしょう。
「見聞随筆」という写本があります。これは諸国奇談を中心とした雑話を多数収めた本ですが、外題(げだい)(表紙など本の外側に書かれた書名)も内題(ないだい)(本文の冒頭など本の内側に書かれた書名)もなく、著者も不明ですが、次のような怪談話があります。
知り合いの廻国の僧・浄念が語る話です。丹波園部(京都府南丹市)辺の山中で、ある家に宿ったところ、その家の女房が病でその日に亡くなったとのこと。夫婦二人住まいなので、親族に知らせに行く間、留守番を頼まれました。
炉のそばにうずくまっていると、外から小さな猫が一匹入って来ました。「猫が亡者に近付くと魔が差す」という話を聞いていたので、試してみようと死人の近くに放ちやると、猫は何かに怖れて近付きません。
見ると、死者の枕元に斧(おの)が置いてあったので、それを取りのけたところ、猫は死人の懐に入ってゆきました。
そしてしばらくすると、その死骸がむくむくと起き上がり、目を開いてゆらゆらと歩き出したということです。
3.上方落語の「七度狐」
上方落語の「七度狐(しちどぎつね/ななたびぎつね)」の中にも、旅人が山寺で留守番をしている時に、棺桶を持ち込まれ、そこから金貸しのおさよ婆さんの死骸が立ち上がり、「カネ返せえ」と迫る似たような話が出てきます。
何時しか日はとっぷりと暮れ、しかも道幅がどんどん狭くなってきた。
「こらぁ野宿やな」
「野宿? 参ったなぁ。こんなとこ歩いてて何も出て来ぇへんやろか?」
「うーん…『カメ』が出る」
「カメ?」
「あぁ。頭に『お』の字を付けて、『お』を長ごぉ引っ張って『かめ』と言ぅねん」
「お~かめ…、狼やないか!?」
「そうなるな」
「『ソウナルナ』やないで、ホンマ!」喜六がパニックになっているのを尻目に、清八がふと上を見ると…明かりがチラチラと見えた!
「ちょっとお頼の申します」
そこは山寺だった。中に入ると尼さんがいて、話をすると快く泊めてくれた。
「何もありませんが、『ベチョタレ雑炊』でもあがりませんか。」
「へえ。腹空いてますねん。ありがとうさんで。・・・」
食べて見るとどうも変な味である。聞けば、赤土の出汁に藁が入っているという奇妙な物。
「もう、よろしい。これで、左官入ったら腹ン中壁出来るわ。」と早々に切り上げる。
しばらくして…。
「泊った早々、こんなことお願いして何でございまんねやが、実はちょっとお二人に留守番がお願いしたいんで」
何でも、下の村で高利貸しのおさよ後家という婆さんが亡くなって、死後もお金に執念があるのか化けて出るので成仏させに行くというのだ。
「寺も宵の口は寂しゅございますが、夜が更けると幽霊で賑やかになります」
「何の賑やかや!?」「阿弥陀様の前の、お灯明さえ消えなければ幽霊は出ません」と言って尼さんは出かけてしまった。
「おい、もぉ油何ぼも入ってないで」
「そらいかん、継ぎ足しぃな!」喜六が油と間違えて醤油を注いでしまったせいで、とうとう灯は消えてしまった…。
二人がぶるぶる震えていると、棺おけを担いだ集団がなだれ込んできた。
何でも、例の『金貸しの婆さん』があまりにも恐ろしいので、早く成仏させてもらおうとお寺に運んできたのだという。
遠回りをしてきたので、尼さんとすれ違いになってしまったのだ。
「尼はんじきにこっち戻ってもらいまっさかい、これ預かっといて」
集団は、棺おけを下ろすとさっさと帰ってしまった。それからしばらく経って…。
「金返せぇ~」
棺おけのふたがポ~ンと飛ぶと、中から老いさらばえた老婆が白髪振り乱して、それへズ~ッ!
「出た、出た出た…、わたしらあんにお金お借りしたもんと違います。伊勢参りの旅のもん、旅のもん!」
「旅のもん?伊勢参りか、だったら伊勢音頭を唄え」
とんでもない事になったが、もはや歌わないわけにはいかないだろう。
「伊勢わぁ~津でもぉ~つ 津わぁ~伊勢でぇもぉつぅ~♪」
「よ~い、よ~い!」
「あんたは黙ってなはれ」