古来日本人は、中国から「漢語」を輸入して日本語化したのをはじめ、室町時代から江戸時代にかけてはポルトガル語やオランダ語由来の「外来語」がたくさん出来ました。
幕末から明治維新にかけては、鉄道用語はイギリス英語、医学用語はドイツ語、芸術・料理・服飾用語はフランス語由来の「外来語」がたくさん使われるようになりました。
日本語に翻訳した「和製漢語」も多く作られましたが、そのまま日本語として定着した言葉もあります。たとえば「科学」「郵便」「自由」「観念」「福祉」「革命」「意識」「右翼」「運動」「階級」「共産主義」「共和」「左翼」「失恋」「進化」「接吻」「唯物論」「人民」などです。
フランス語由来の外来語(フランス語から日本語への借用語)は、日本が幕末に開国して以来、欧米列強の学問や技術を取り入れる過程で日本語になりました。日本語になった外来語には、学術的な用語から料理・美術・ファッションなどの日常的な単語まで多岐にわたります。
そこで今回は、日本語として定着した(日本語になった)フランス語由来の「外来語」(その4:タ行・ナ行)をご紹介します。
1.デッサン(dessin)
「デッサン」とは、物体の形体、明暗などを平面に描画する美術の制作技法、過程、あるいは作品のことです。日本語で素描(そびょう、すがき)、英語でドローイング(drawing)と言います。
一般に、ペン、鉛筆、木炭、パステル、コンテなどが用いられ、輪郭線によって対象の視覚的特徴をつかむことが目的となります。したがって、輪郭線そのものの強弱や太さなどが、主題的となります。対象に見える陰影や固有色、質感、などをハッチングなどによって描き出すこともあります。
古代において、線彫や木墨によるデッサンは、呪術的な意味を持っていました。ルネサンス時代には、絵画や彫刻、建築の試作方法として大いに用いられるようになりました。
2.タルト(tarte)
「タルト」、洋菓子の一種で、「焼き菓子」に相当するラテン語「tōrta」に由来します。
パイ生地(あるいはビスケット状の生地)で作った器の上に、クリーム・果物等を盛りつけた菓子がそう呼ばれていますが、正確にはタルト生地(パートシュクレ:Pâte sucrée)というものが存在し、これを使ったものを指します。
3.ディスクール(discours)
「ディスクール」とは、言語・文化・社会を論じる際の専門用語としては、「書かれたこと」や「言われたこと」といった、言語で表現された内容の総体を意味する概念です。
日本語では意訳して「言説(げんせつ)」の語を当てています。
当初は言語学において考え出された概念でしたが、フランスの哲学者・思想史家・作家・政治活動家・文芸評論家のミシェル・フーコー(1926年~1984年)の『言葉と物』および『知の考古学』を経て、哲学や社会学でも用いられるようになりました。
批評用語としての「ディスクール」はフーコーが託した意味を引き継いで使われることが多く、単なる言語表現ではなく、制度や権力と結びつき、現実を反映するとともに現実を創造する言語表現であり、制度的権力のネットワークとされます。
フランス語における意味は、物事や考えを言葉で説明することであり、フランス語の普通名詞としては「演説」「論述」などの意味も持っています。
4.ディスコテーク(discothèque)
「ディスコテーク 」は、音楽 を流し、飲料を提供し、客に ダンス をさせるダンスホールです。略してディスコ ( disco )とも言います。
音楽については、生バンドが演奏するケースやレコードを流す、DJが場に合わせて選曲を行う場合もあります。
1990年代以降、ディスコはその内容や客層の変化、規模の縮小とともに「クラブ」という名称に変わっていきます。
ディスコの語源となったフランス語の「ディスコティーク」は、フランス・マルセイユ地方の方言で「レコード置き場」という意味です。
社交場としてのダンスホールは古くから存在しましたが、第二次世界大戦中、生バンド演奏が困難になりました。 困ったナイトクラブがバンド演奏の代わりにレコードを流したことが、ディスコ形態の始まりとされます。
1942年3月、パリに「ラ・ディスコティーク」と呼ばれるナイトクラブが開店し、第二次世界大戦後の1947年8月、同じパリに「ウイスキー・ア・ゴーゴー」がオープンしました。
フランス旅行中に同店を訪れ、刺激を受けたエルマー・ヴァレンタインが、そのアイデアをアメリカに持ち帰り、1964年1月にロサンゼルス・サンセット大通りにアメリカ版「ウイスキー・ア・ゴーゴー」を開店しました。生バンド演奏と女性DJによるレコード演奏を併用して評判を呼び、世界的なゴーゴーブームの起点となりました。
5.デジャヴ(déjà vu)・ジャメヴ(jamais vu)
「デジャヴ」とは、実際は一度も体験したことがないのに、すでにどこかで体験したことのように感じる現象です。日本語で「既視感(きしかん)」と言います。
デジャブ、デジャビュ、デジャビュー、デジャヴー、デジャヴューなどとも呼ばれます。
フランス語の vu (「見る」を意味する動詞 voir の過去分詞)、および訳語の「視」は、いずれも視覚を意味するものですが、聴覚、触覚など視覚以外の要素もここでいう「体験」のうちに含まれるため、「既知感」とも言います。
「デジャヴ」(既視感)と逆に、見慣れたはずのものが未知のものに感じられることを「ジャメヴ」(未視感)と言います。
ジャメブ、ジャメビュ、ジャメビュー、ジャメヴー、ジャメヴューなどとも呼ばれます。
6.タブロー(tableau, 複数形: tableaux)
「タブロー」とは、絵画のことです。美術用語としては、次のような意味があります。
・板絵・キャンバス画・紙画のこと。壁画と対置されます。
・絵画において完成作品ないし、完成を目的として制作されたもの。訓練としての習作(エチュード)や素描(デッサン)などと対称を成しますが、タブローとそれらの関係は曖昧です。タブローの中にも訓練的要素を含んだ作品があり、またデッサンの中にも完成作品として制作されたものや、完成作品としての価値を認められるものがあります。
・活人画という意味で使われることもあり、クリスマスの時期になると、全国各地の多くのキリスト教系の学校でクリスマスタブローと称したキリスト生誕の様子を模した劇が行われることがあります。
・油彩画制作の際、仕上げ用に使う画面保護用ワニス(ニス)のこと。
7.トリュフ(truffe)
「トリュフ」は、セイヨウショウロの料理での総称です。
フランス料理のソース類の香りづけや、かき卵などの卵料理に入れ、また鶏や野鳥料理に添えます。アンディーブなどとともにトリュフのサラダとしても賞味されます。とくにフォアグラのパテの中心部にはかならず黒いトリュフが埋め込まれていることで有名です。
「キャビア」、「フォアグラ」とともに「世界三大珍味」と称され、きわめて高価です。
南フランスのペリゴール地方産が最上品とされ、ほかにネラック、マルテル、カオール地方産も上級品として知られています。イタリアのピエモンテ・トリュフは白色で、風味はフランス産の黒いトリュフtruffe noirに劣らず優れています。
8.ヌーヴォー・ロマン(Nouveau roman)
「ヌーヴォー・ロマン」とは、1950年代に登場したフランス小説の傾向のことです。「アンチ・ロマン(anti-roman)」(反小説)とも呼ばれます。
第二次世界大戦後のフランスで発表された前衛的な小説作品群を形容した呼称で、1957年5月22日、ル・モンド誌上の論評においてエミール・アンリオが用いた造語です。
ジャーナリストによる便宜上の呼称であって、流派でも運動でもありません。サロートやロブ・グリエ、ビュトール、C.シモンの小説に代表されます。
19世紀の心理小説・行動小説のもつ筋立てや作中人物の典型や性格、年代的な時間の流れといった伝統的な小説形式を拒否し、作者の虚構世界の創造よりも、作者が個人的に感じる現実を伝えようとするのが特徴です。
9.ヌーヴェルヴァーグ(Nouvelle Vague)
「ヌーヴェルヴァーグ」は、1950年代末に始まったフランスにおける映画運動のことです。ヌーベルバーグ、ヌーヴェル・ヴァーグとも表記され、「新しい波」(ニュー・ウェーブ)という意味です。
1950年代後半から 1960年代前半にかけてのフランスで、商業映画に束縛されず自由な映画制作を行なった若手グループの映画です。
映画評論誌『カイエ・デュ・シネマ』Cahiers du cinémaのアンドレ・バザンを理論的な指導者に、映画作家の自由な映画制作を主張していたクロード・シャブロル、フランソア・トリュフォー、ジャン=リュック・ゴダールらが資金を持ち寄って、おのおの『いとこ同志』Les Cousins(1959)、『大人は判ってくれない』Les Quatre Cents Coups(1959)、『勝手にしやがれ』À bout de souffle(1959)を発表し、世界各国の若い映画人に大きな影響を与えました。